第2話 エルフとヒューマン
君たちのいる世界と違う点としてもっとも代表的なのが、様々な種族が存在するという点だろう。種族といっても、鳥類や魚類なんかの事ではない。ここでいう種族というのは、主にエルフなどの知的生命体に対して使われることが多い。ちなみに、そうではない生物は種とよばれている。
さて、一部の種族を紹介させていただこう。
まずはエルフ。この種族は君たちも聞き覚えがあるだろう。外見的な特徴をあげれば、長い四肢や尖った耳が目立つのと同時に、容姿の良い者が多い種族としても知られている。しかし、エルフ最大の特徴はそこではない。
エルフ最大の特徴、それは他種族とは比べ物にならない程の魔力量である。以前、エルフについて「魔法に長けている」と述べたことを覚えているだろうか。魔力は魔法の源ともいえる為、魔力が多いと必然的に魔法を使うようになる。つまりはそういうことだ。
つぎにヒューマン。この種族は、いわば君たち人間と似たような存在だ。平均的な体格で角や尻尾は持たない、きわめて平凡、悪く表現をするなら面白みのない外見をしている。
しかし、当たり前だが君たちとヒューマンは違う。だが、その違いについて説明するのはとても難しい。というよりかは、説明できる者がこの世界にはいないのだ。なぜならこの世界においてヒューマンは、ほとんどの情報が判明しておらず、分かっているのは魔力を持たないということだけだ。
この世界には、まだまだ数多くの種族が存在する。
だが、それらを君たちが知ることになるのは、まだまだ先の事だろう―――
▼
「あれ……おねーさんたち……だれ…?」
声の主は、倒れていた少年だった。その少年は、まるで昼寝から目を覚ましたときのように眠たげで、気の抜けた声色をしていた。
誰しもが、蟲たちまでもが動きを止め、その少年を凝視する。そんなことを知ってか否か、少年はなおも目を
「……? どーした、の…?」
そこでようやく、私は白昼夢から覚めたようにハッとした。そして素早く
しかしそれでも、少年は怯えや動揺は全く見せることない。眉一つ動かさず剣先を見つめていた。
まず言葉を発したのはキュリアだった。
「貴様、ここで何をしている?」
「何って……昼寝、だけど…」
キョトン、としているような態度を見せる少年。しかし私には、かえってそれが不気味に見えた。コイツはほぼ間違いなくあのヒューマンだろう。今までの人生で実物は見たことは無いが、外見的情報がいつか読んだ
「昼寝だと?」
後ろで構えているキュリアが、ふざけるな、とでも言うように聞き返す。
何度も繰り返すが、ここは強力な魔物たちが
さらに指摘するならば、このヒューマンの服装は、あまりにも無防備すぎた。鎧や防具のようなものは一切身に着けておらず、着ているのはサイズがやや大きいシャツとパーカー、ズボンは短パンで土ぼこりなどで汚れボロボロになっている。
そして、一番気になる部分がある。
「貴様のような小僧がこんな場所で昼寝だと? 舐めるのも大概にしろ」
「………」
キュリアが言ってくれたように、あまりに若いのだ。少年といったほうがいいかもしれないほどに。見たところ、筋肉もさほどあるわけでもない、ヒョロヒョロだ。そんなヤツが
ともかく、この少年には謎が多すぎた。今も、私に剣先を向けられているというのに、怯えや恐怖を一辺たりとも見せない。
「それに、あの蟲共もだ。改めて聞くぞ。貴様……何者だ?」
「……」
緊迫した空気が私たちの中で流れているにもかかわらず、少年はまるで平然としている。
しかし唐突に、その空気をあの馬鹿がぶち壊した。
「あのー……この蟲、取っ払ってくれませんッスか……?」
スパーンッ、と。
キュリアがトロアの頭を
「痛いっ!? 何するんスかキュリアさん!」
「馬鹿者! なぜお前はいつも空気を全く読まないんだ!」
「だってもう我慢の限界ッスよ! 俺、いつでも殺される立場なんスよ!?」
「だからって――」
「いい、よ…」
「――は?」
「みんな、離れて…」
その瞬間、蟲たちが一斉に動き出した。その蟲たちはトロアに関心を失ったように飛び立ち、少年の足元に群がる。その様は、まるで王のそばで控える
私の口から、次のような言葉が出るとは私自身驚きだった。私は、
「……な…何者なんだ……君は……」
「シュウ…」
それでも少年は、やはりマイペースすぎる口調で、ハッキリと名乗った。
「シュウ=エクリア…」
▼
その後、私たちは剣を収め話し合いの場を簡易的ではあるが設けることにした。とはいっても、場所は変わっていないし、少年と私たちで向かい合っているだけだ。それに、蟲たちも少年が先ほどまで寝ていたという木の根元に控えている。
まあ、さっきまでよりかは
「さてと……改めて聞くが。君は何者だ?」
「シュウ=エクリア。ヒューマン…」
「それは聞いたし見ればわかる。そういう事ではないくらいは分かるだろう?」
「………?」
少年の表情は特に変わることなく、しかし如何にも「わかりません」とでもいうかのような少年の態度に、思わずため息をついてしまう。
「はぁ…分かった、質問を変えよう。君はどこからここへ来た? この、迷いの森にだ」
「………『バステック』…」
「バステック?」
聞いたことのない単語に、私は少年に聞き返してしまう。だが、それも当然といえば当然だ。なぜなら、ヒューマンという種族は一切合切が謎のベールに包まれた、そんな存在なのだから。
目撃証言はあるものの極めて断片的であり、時には面白半分でデマ情報ですら流す馬鹿共がいるほど珍しい種族だ。何処に住んでいるのか、何をしているのか、どういった文化があるのか、そもそも団体行動をしているのか、その全てがあやふやで、確証を持たない説ばかりがフォルテル……どころか世界中で飛び交っている。
そんな超希少種族が言い放った単語など、私が知るわけはない。
「ヒューマンの、国? みたいな…」
「ま、待ってくださいッス! え、ヒューマンの国なんてものがあるんスか!?」
少年は、トロアの問いに「うん」と頷き返す。トロアは「ほえ~」と意外そうな顔で何度も頷いていた。その辺も気になるところだが、まずは聞かねばならないことから聞いておくとしよう。
「それで? 何故ここに来た」
「居心地、悪かったから……にげてきちゃった、の…」
「こんな
「うん…」
アホか、と思わず口走りそうになった。そんな、くだらない家出のような理由でこんな死地に単身乗り込むなど、「今から死にに行きます」とでも言っているようなものだ。普通で考えるならば、そんな事はあり得るはずはない。しかし、この少年が嘘をついているような様子はなさそうだった。
これでも、『リーフ』の隊長だ。目の前にいる人物が嘘をついているのか、それとも吐いていないのかくらいを見極める程度の観察眼は持っている。
ならば、とりあえずは保護という名目でフォルテルに連れ帰った方がいいのだろうか――いや、この少年はヒューマンとかいう超希少種族、一説によると絶滅したとか絶滅する寸前だとか言われている種族だ。普通に連れ帰っては、フォルテルが軽いパニックになる恐れも…
「でも、大丈夫。3年、くらい……かな。ここには、住んでるから…」
「さんねんッッ!?」
私の思考は、またも綺麗にすっ飛んで行ってしまった。
「馬鹿言うな! 君、ここに3年も住んでいるだと!? そんなわけ――」
「住んでるのは、西…? 側かな…」
「にしぃッッ!!??」
迷いの森の西側は、特に危険エリアだ。その大きな理由は、毒の
しかし、それ以上にキノコが多く生えており、しかもその
「嘘をつくな! あそこは毒が蔓延していて、
「うん。最初は、苦労した…」
「最初は、って………」
私は言葉を失い、思わず手を額に当ててしまう。
なんなんだ、この少年は。何もかもが不思議かつ非現実的すぎる。迷いの森で白昼堂々寝ていたこともそうだが、迷いの森トップの危険エリアに寝泊まりしているなど、誰に言ったとしても「寝言は寝て言え」と言われてしまうのがオチだ。
とはいえ、今はこの少年がそう言っているだけだ。真偽の判定は、今は必要ないだろう。
「分かった…今はそれはいい。それより、説明してくれないか。その、蟲たちについて」
「ん…?」
「いや、ん? じゃなくてだな。君の後ろにいる蟲たちについてだよ」
「ああ……この子、たち…」
少年がゆっくりと振り返り、蟲たちの方を向く。私には、その蟲たちが一瞬だけ動いたように見えた。
「友達……みたい、な…?」
「と、友達?」
「うん…」
正直、理解に苦しんだ。蟲と友達です、などと言われても私たちはどんな反応をすればいいのか知っているわけがない。だからだろうか、私は思わず
「本当に、何者なんだ君は………」
とにかく、この少年をこのままここに放置しておくわけにはいかない。先ほどは予想外の連続で、何度も思考がぶった切られたが……やはり当初の予定通り、この少年をフォルテルに連れ帰るべきだろう。その過程で、少年を見られてはならないという関門があるが、何も案がないわけではない。
私はため息を吐きながら少年にそのことを伝えることにした。
「さて、君に言っておくことがある」
「…?」
「私たちは見ての通りエルフだ。そして、私たちはエルフの国、フォルテルの騎士だ。ここまではいいか?」
少年は頷く。
「私たちは今、この迷いの森の調査というか、見回りの任務でここに来ている。何か異常がないかを確認するためにな」
「…」
「現時点で、君はその異常なんだ。よって、君にはフォルテルに来てもらわねばならない」
少年は依然無表情だ。しかし、何となく困ったような雰囲気を出しているように見えた。
「それって、いつ、まで…?」
「はっきりとは分からないが、2、3日は拘束されるだろうな」
「それは……こま、る…」
「困る?」
「うん…」
少年はまたも頷き肯定する。
「待ち合わせ…明日、だから…」
「待ち合わせ? 誰とだ」
「それは…」
ここで初めて、少年の無表情が崩れた。眉を少し下げ、明らかに困ったような迷っているような表情をしている。そして、少年の答えは私の予想通りだった。
「ちょっと…言え、ない…」
「言えない、か」
「ええと、ごめん、なさい…」
もちろん、聞きださなければならない事ではあるが、まあ今はいいとしよう。どうせフォルテルに連れて行かなければならないのだし、その時にゆっくり話をすればいい。
まあその前に、その少年を連れ帰る必要があるが。
「…なら、明日の昼には終わらせてやる。どうやら君に悪意は無いようだし。それでどうだ?」
実は私にはいつ聞き取りが終わるかは分かるわけないし、調整もできるわけではない。それは調査員の仕事であり特殊部隊のリーダーであれど、そのような権限は持っていない。
だが、これまた策がないわけではない。問題は、少年が了承してくれるかどうかだが……
「それなら、いい…」
アッサリだった。正直ビックリした。
「そ、そうか。それなら早速行こう」
「うん……ええ、と…」
「ん、ああそうだったな。自己紹介をしておこう。私はエリーザ=セルシアだ。そして私の後ろにいる女性がキュリア=サーヴィス、軽そうな男がトロア=ガネッシュだ」
「軽そうッスか!?」
あんまりな言い分にトロアが抗議の声を上げるが、誰もが無視をする。
少年は私たちの名前を少し復唱して、「うん」と頷くと私の目を見てハッキリとした口調で言った。
「よろしく、エリーザさん…」
「ああ、よろしくな。少年」
そして少年、シュウ=エクリアを加えた私たちはフォルテルを目指し歩き出した。
▼
あれから数分経った頃。私たちの任務はもうすぐで終わりを迎えようとしている。そして、少年はといえば…
「へえ~! じゃあ、その『バステック』っていうのは今どこにあるんスか?」
「それは……わから、ない…」
「そうッスよね~。あ、シュウ君は好きな食べ物とかあるんスか? ちなみに俺はハンバーグとかの柔らかい肉ッス」
「リンゴ…」
「あ~! 確かにこの森の野生の果物は格別ッスよね~!」
「そう…なの…?」
「そりゃもう! 希少ってこともあると思うッスけどね」
トロアに捕まり、質問攻めを受けていた。時々、少年がこちらに「助けて」というような視線を送っている気がするが、さすがにできそうにない。ちなみにキュリアはトロアと少年の後ろに配置しており、ジト目でトロアを見ている。
まあ見ての通り集中力など
…だが、さすがにうるさくなってきた。そこの馬鹿は忘れているようだが、非常用アイテムがない為、油断禁物な状況下にあるのは変わらない。その上、少年という厄介な人物を連れているのだから、なおさらだ。
仕方ない、キツめに再三注意するとしよう。私は振り返らず、前を見続けながらトロアに低い声で言った。
「おい、トロア。三度目の注意になるが、そろそろ真面目に任務をしなければお前一人で夜の森に出る任務を追加で課すことになるが?」
「えっ」
「確かお前は言っていたな。『大した敵も出ないし退屈』だと」
「あ、いや、その~」
「それとも、お前の任務を毎回それにするか?」
「……」
どうやら静かになってくれたようだ。良かった良かっ…
「たい……ちょ…う……」
キュリアの呻くような声が聞こえたと思ったら。
ドサリ、と。
振り向くと、倒れている二人の部下。
少年は未だ無表情で突っ立っていた。
「二人ともッ!」
私は弾かれたように二人の元へ駆け出した。
と、思ったのだが。
(脚に力が……入ら……………)
私は瞬間的に原因を導き出した。
『毒』だ。これは、迷いの森の西側に
「何を……し…た………………」
私の意識が暗転する直前に見たのは、私たちを無表情で見下ろす少年の姿だった。
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