嫌われ者のオオカミは決して自分を好きになれない
じゃけのそん
告白編
第1話 告白
「あのね六月むつきくん。話があるんだけど……」
夕暮れ時の神社の境内——そこで俺は1人の女の子と向かい合っていた。
背は低からずも高からず平均的な印象で、髪は短くほのかに茶色びているのがわかる。
顔は結構整っていて、胸やお尻も制服の上からはっきりとわかるほどには出ている。
一言で表すならば "可愛らしい女子高生" といった雰囲気の女の子だった。
「えっとね……。すごく恥ずかしいんだけどね……」
そんな彼女は頬を高揚させながら、俺と神社に付いている紐の間で、チラチラと目線を泳がせていた。
両手を胸元で遊ばせている様子から、相当言いにくい話だということが見て取れる。
「あの……その……」
「おう」
かなり緊張している様子の彼女に対して、俺はいたって冷静だった。
彼女が目を泳がせている間も、俺は一時足りとも彼女から目を逸らしたりはせず、ただ一途に彼女の目だけを見つめ続けた。
「い、一回しか言わないから……よく聞いてね?」
そして——。
彼女の目を一途に見続けていた俺の視線と、今まで目を泳がせていた彼女の視線が、初めて長くぶつかった。
「気づいてたかもしれないけど、私ずっと前から六月くんのことが好きだったの!」
その表情は真剣そのものだった。
普段は明るく振舞っている彼女がこういう顔つきをするのは、とても新鮮で意外とまで思った。
「六月くんすごく優しいし、こんな私にも親切にしてくれて本当に嬉しかったの。だからね、こうして六月くんに告白しようって……。それでね、もし六月くんがよかったら私と付き合ってもらえないかな?」
胸の内を吐き出した彼女からは、先ほどまでの恥じらいは感じらず、ただひたすら俺の目だけを見て、俺が次に口にする言葉を待っているといった様子だった。
言葉以上に何かを訴えかけてくるような彼女の視線に押し負けそうになるも、それでも俺は合わせた視線を逸らすことはしなかった——。
「だめ、かな」
「…………」
いや、違う——。
正しくはそうじゃない。
彼女の気持ちを聞いた俺は、初めてそれに気がついた。
俺は目を "逸らさ" なかったんじゃなくて、目を "逸らせ" なかったんだと。
彼女の真剣な気持ちから、目を背けることができなかったんだと。
「正直な気持ちでいいから聞かせて」
嘘偽りない彼女の言葉一つ一つが胸に刺さるように痛い。
彼女から向けられている期待と不安の視線が、焼けるように脳に刻まれていく。
何の価値もない俺から可能性さえもを奪っていく。
そんな気がした。
彼女とは同じクラスの同級生として知り合った。
教室でほとんど話しをしない俺には、友達と呼べる存在は1人だけ。
そんな俺に彼女の方から話しかけてきてくれたのだ。
「六月くん。もし良かったら連絡先交換しない?」
そう言われた俺は断る理由もなく、彼女と連絡先を交換することとなった。
普段ゲームをするくらいしか機能していなかった俺のケータイが、初めて本来の機能を発揮し始めた瞬間だった。
それからというもの——。
俺と彼女は毎日のように連絡を取り合った。
名前すら知らなかった彼女のことを下の名前で呼ぶようにもなり、学校でも話すようになった。
ただの時間つぶしでしかなかった俺の日常が、少しずつ楽しくなっていくような気がしていた——。
「どうかな? 六月くん」
「俺は……」
「私のこと嫌い?」
「そんなことは……」
「じゃあ付き合ってくれる?」
再度彼女の告白を受けた俺は、ここで初めて目線を左へと逸らした。
それはまるで、俺と彼女の気持ちのすれ違いを感じさせるかのように。
「わるいけどそれはできない……」
「どうして? 私のこと嫌いじゃないんでしょ?」
「
「でも?」
食い気味にそう尋ねてくる彼女が、少し恐ろしくも感じられた。
目を逸らしてもなお感じる彼女の視線が、肌を焼くように痛い。
「ごめん……わからない……」
「わからないって何? 六月くんは私のこと好きじゃないの?」
「それは……」
俺が彼女にどういう感情を抱いているのか。それは自分自身でもわからなかった。
連絡を取り合っている時も、学校で話している時も、俺は変わらず楽しいと感じていた。
しかし今振り返ってみれば、そこに "好き" という感情がどこにもなかったことを思い出す。
——彼女は俺にとってどんな存在なのか。
その問題の答えは、俺の中ですでに出ていた。
そしてそれは、初めて彼女と出会った時から何ら変わりのない答えだった。
「わるい。俺は美咲さんのこと "友達" だと思ってた」
「友達って……今でもそう思ってるってこと? あんなにいろんな話したのに?」
「ああ、すまん……」
「じゃああの時私に可愛いって言ってくれたのは?」
「あれは……見たままの感想を述べただけで……」
「信じられない……」
俺は以前、彼女に私服や髪型、さらには水着の感想などを求められたことがある。
そしてその都度俺は『可愛い』と、それに対する感想を述べてきた。
しかしそれは決して嘘じゃない。
俺は彼女の容姿を見て可愛いと思ったから可愛いと述べたのであって、そこに好意などという感情は持ち合わせていなかったのだ。
以前から俺は彼女が向ける好意に少なからず気づいていた。
なのに彼女に期待させるだけさせて、最後にはこうして突き放す。
そんな俺の最低さに、自分でも嫌気がさしてくる。
影の住人でしかなかった俺に光を与えてくれた彼女の恩を、仇で返してしまう俺の
「じゃあ六月くんは私と付き合ってくれないんだね?」
「ああ、すまん……」
「わかった。じゃあもういい」
そう吐き捨てた彼女は、足早に俺の前から去っていった。
残された俺は、ただその場で立ち尽くすことしかできなかった。
去りゆく彼女を追いかけることも。彼女の告白を受けることも。
今の俺にはそれを成し遂げるだけの勇気がなかったのだ。
「すまん……」
誰もいない神社の境内で、俺はぽつりとそう呟いた。
謝ることしかできない自分の未熟さ。彼女に何もしてあげられなかった自分の愚かさ。
沈みゆく夕日とともに、たくさんの感情が俺の上にのしかかってくる。
「本当に……すまん……」
人を好きになれない人間には、人に好かれる権利はない。
俺自身今まで誰かを好きになったことは一度もなく、そしてまた誰かに好かれたことも一度もなかった。
自分に起きる問題は、自分自身の問題にしかならなかったのだ。
しかし——。
今日初めて俺の問題が他人を傷つける結果となった。
俺の吐いた一言が、誰かの気持ちを大きく動かしてしまった。
そう考えた瞬間、胸の内から恐怖がこみ上げてくるのがわかった。
それと同時に怒りが湧き上がってくる。
自分自身に対する怒りが、瞬く間に全身を駆け巡っていく。
今まで彼女と関わってきた時間が走馬灯のように脳内で流れ、その全てに幻滅する。
——俺は無力で最低だ。
気づけばその感情だけが、俺の頭の中を支配していた。
人を好きになれないことが、初めて苦痛に思えた。
人に好かれるということが、初めて恐ろしいと感じた。
「くそがぁぁぁぁアァァァァ!!!!」
吠えた。
己の全てを吐き出すかのように。己の存在を音でかき消すかのように。
胸が押しつぶされるように痛む。
「ちくしょー……」
その痛みと共に俺に芽生えたのは、人を好きになる感情ではなく、それとは真逆の負の感情。
誰の特にもならない。誰にも必要とされない。
最低の俺にお似合いな最低な感情——。
「俺は自分が大っ嫌いだ」
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