さて、どうして前世はおっさん勇者だった俺が当時の仲間や敵の生まれ変わりに囲まれ、そして向こうには面影もほぼないのにそうだと認識できているのかだが……


「おや、ユーシア姫ではありませんか」


 ファイやラグードと別れてひとり中庭を歩いていると、穏やかで優しげな声がのんびりとかけられる。

 流れるような白緑の長い髪をゆるく括り、翡翠色の目をした中性的な雰囲気の男が本を抱えて微笑む。

 カノド国からリンネに留学に来ている第三王子、マージェスだ。


「マージェス王子、今日もまた図書館ですか?」

「ええ」


 俺なんかよりよっぽどお淑やかって言葉が似合う王子様は、リンネの本という本を読み漁る勉強熱心なヤツ。

……というか、とにかく本が大好きらしい。


「そのうちリンネじゅうの本を読み尽くしてしまいそうですね」

「そのつもりですよ」

「本気で返しやがった……」

「え、なんですか?」


 ぽやーんとしてるノリも、ラグードとは違う方向性で美形な点もあって俺はこいつがちょっと苦手だ。


 何より……


「あ、ちょっと待ってください姫……御髪に」

「へ、髪?」


 マージェスがふわりと俺の髪に触れた瞬間、奇妙な映像がよぎった。


――こことは違う悪趣味で不気味な内装の城内で、武装した男と、ローブを纏い顔を隠した術者が対峙している。


 ローブの術者はよく見ればボロボロで、手にした杖も魔法の補助ではなく己の体を支えるために使うのみ。


『許さぬ……決して許さぬぞ、勇者ッ!』


 息も絶え絶えな術者は男……勇者に向かって呪詛を吐き捨てる。


『魔王様のもとへは行かせはせぬ……どこまでも追いかけ、貴様の息の根を止めてみせ、る……!』


 それが、術者の最期の言葉だった。


 ドサリと倒れた術者を見下ろす勇者の思いは如何ばかりか……――



 映像はほぼ一瞬のことで、気づけば俺の……ユーシアの髪から葉っぱを取ったマージェスの穏やかな笑顔が目の前にあった。


 たまにこうやって触れた相手との前世の因縁を読み取ることがあるらしく、ラグード王子やファイからもふとした拍子にそれを視てしまって知ったのだ。


「ユーシア姫? ぼーっとして、どうしました?」

「あ、ああ、いえ、なんでも……」


 俺がこいつを苦手とするもうひとつの理由……マージェスは、魔王の側近の魔法使いだった。

 勿論、前世の記憶もない今のこいつは悪くないんだけど……


「あっ、そうでした。ユーシア姫、今日は十七歳のお誕生日ですよね?」

「え、ええ」


 そう言いながらマージェスは抱えてる数冊の本の上に乗った、同じくらいの大きさの包みを俺に手渡した。


「これ、本……?」

「ええ。難しい本は苦手だと仰っていたので、挿絵が多めの冒険小説を……お誕生日おめでとうございます、ユーシア姫」

「まあ、ありがとうございます!」


 冒険小説……あんま外に出られない俺に、本の中で冒険気分をってヤツかな。

 こうやってにこにこ笑ってると、前世であの執念深さを見せた魔法使いとか似ても似つかないんだけど……


「魔王と呼ばれる悪い人が出てきてそれを勇者が倒しに行くというお話なんですよ」

「えっ」


 それまんま俺の前世じゃん!


「勇者……」

「ヒッ」


 な、なにその打って変わって低い憎しみを帯びた声と据わった目つきは!?


「……あれ、私は一体何を……とにかく、面白いのでオススメですよ」

「は、はい……!」


 前言撤回!

 こいつやっぱあの魔法使いだ!

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