地球のヒト、箱の中のヒト

強井零

第1話

 長野の諏訪ICから下りて、その二輪自動車・SR400は下道を進む。

 そして、それは蓼科高原を横断し、しばらく自然の中を駆けていくが、流石にずーっと道にいるわけにもいかず、近くの道の駅でそれへと駐車した。

 そのバイクから下りた、1人は男、1人は女、はヘルメットを外す。


「ねえ、ミルチー。その噂って、ホントなの? 幽霊が出るってヤツ」


「さぁね、メーグ。その噂が、ホントなのか、それを確かめに来たんだ」


 メーグと呼ばれた女性・七尾めぐりは、なんだか不審に思いつつも、長い高速での走行に疲れたのか、体をうーんと伸ばし、首をグラングランと回して、体をほぐす。

 そして、ミルチーと呼ばれた男性・高柳道雄も、別に彼女に倣ったわけでもないが、固まった肩を軽くほぐす。


「でも、ネットではちょっとした有名だぞ。

 長野の山奥に、ちょっと肝試しに来た奴らが、パニックを起こして、んで幽霊だが、お化けだか、テケテケだか、そんな奇妙なモンをみるんだとさ」


「へんなの。てゆーか、ミルチーって幽霊とか信じるタイプなんだ」


「幽霊は知らないが……。幽霊を見るような原因はあるんだろ。

 実際、見たって証言する奴がいるなら、そうだと考えるほかにない」


「なんか、ミルチーはいっつもそう。素直じゃないよね~」


「うっせ」


 2人はそんな小言をしつつ、自動販売機で適当なコーヒーを購入した。

 そして、道雄の方が早速、缶の蓋を開けて、口を付けようとしたところ、


「アタシ、タバコ吸ってくる」


 と、めぐりが言い始める。


「お前なぁ……。未成年だろ」


「いーの」

 

 と、道雄の唖然に気も止めず、彼女はポケットから愛用のラッキーストライクを一本取り出し、喫煙所へ向かう。


「しょうがないな……」


 と、道雄はため息を吐きつつも、彼女の跡を追い、喫煙所にたどり着く。


「ミルチーも吸う?」


 めぐりはタバコを一本、彼へ向ける。

 

「そんな気分じゃない」


 と、喫煙者でもない彼は断った。

 めぐりは少しがっかりしつつも、そのままライターに火をつけ、口につけたタバコの先端に火をつける。

 そして、彼女は口で煙を遊ばせつつ、ふぅーと白いものを空中へ。


「やぁ、カップルで旅行かい?」


 それは、中年くらいの男性だった。

 少し小太りで、色あせたスタジャンを羽織っている。


「いえ、カップルってほどじゃ」


「なに。遊びの関係?」


 道雄の否定に、妙な誤解をした中年。

 中年は、少し揶揄ったつもりだったのかもしれないが、意外に道雄を困惑させた。


「そーそ。遊びのカンケー」


 と、めぐりは嫌らしい顔で中年へ返答して見せる。


「はっはっは! 若いなぁ!」


 まじめな道雄にとっては、割かし不愉快だったのかもしれない。

 けれど、不真面目なめぐりはその程度の誤解なんぞ屁でもない。むしろ、困った道雄を見て愉快に思うくらいだ。


「そんでね、幽霊を見に来たの」


「幽霊?」


「ネットで有名らしいよ」


「ネット……。ああ……」


 中年は聞き覚えでもあったのだろうか。

 何か思い出したように、声色を変えた。


「何か知っているのですか?」


「まぁ……そういえば、ここいらで変な輩がいるらしいね。

 林の奥へ行っては、肝試しみたいなことをしてるって。

 実際、登山ができるような、というか獣道ですらない道を、ちゃんとした装備もなくズカズカ進んで、最後には、すっ転んで帰って来る、迷惑な奴がいるとか」


「ああ」


 道雄は、それがネットでの噂を聞いて、凸しにきた輩だと確信した。

 事実、彼はオカルト系のネット掲示板で、肝試しを実況していたネットユーザーをいくつか知っていた。それが、ここらでも噂になっているのだろう。


「キミたちも、それを見に来たんだ」


「まぁ、そうですね」


「でなきゃ、冬も近いのにこんな長野なんて来ないよ。バッカみたい」


 はっはっは! と中年はめぐりの自虐を笑った。

 彼もまた、冬が近いのに長野に来たバカだったからだろう。


「なら、良いことを教えよう。

 この山の頂上付近に、展望台がある。そこには、子供用の遊具があって、かなり長い滑り台が伸びているから、それに沿って真っすぐ下って行きなさい。キミらの装備を見る限り、バイクで来たね? なら、近くに止めるスペースはいくらでもあるから」


 中年は、それだけを伝え、吸っていたタバコが無くなったらしいから適当な挨拶だけをして去ってしまった。



☆★☆



 道雄とめぐりは、あの中年の指示通りに、山道をSR400で登る。

その後、2人は二輪から下りて、辺りを散策していると、展望台を見つける。

本当にあったよ、と2人は感心しつつ、近くに、長い滑り台を見つけた。

 そして、それをすぅーっと下って、そのまま足が進む限り、山を下る。


「ミルチー、もう帰らない?」


 めぐりは行く道を邪魔する木の枝を鬱陶しそうに払いながら、不満をぶつけた。


「まぁ、もうちょっと進もうや。

 あのおっさん、何か知ってそうだったし」


 めぐりは「えぇ~」と口を尖らせ、道雄の背中を追う。


「アタシ、温泉に入りたーい」


「終わったら予約してる旅館で休めるからさ」


「えっ!? いつもネカフェで寝泊まりしてるミルチーが、何の天地驚愕!?」


「……もしかして、天変地異って言いたいの? ああ、驚天動地か?」


 めぐり自身も、適切な語彙が何だったのか、知りえなかったらしく、「えっと、うん、そう」とあいまいな返事をする。


 道雄はあほらしく感じつつも山を下ることに専念。

 まだ冬とは言えないが、秋が残した木の葉が下り道に広がっていて、少し油断したら滑って転びそうだった。道雄は滑るのに注意しつつ、慎重に足に力を入れている。


「んっ……」


 まず、それに気づいたのはめぐりだった。


「どうした?」


「なんか、変なのあるよ」


 彼らの視線の先に、何やら妙なオブジェが3つ並んでいた。

 青色の装飾がされた形が変なキノコみたいな人工物。

 大きさは、どうやら1立法メータくらいなので、道雄は最初、椅子のようなものと思った。

しかし、普通なら人が立ち寄れるはずもない場所に、椅子なんて設置する必要があるはずもない。

彼は確かな答えもなく、しかし好奇心だけは大きく膨らませた。


 道雄は自然と進む足を速くして、めぐりを置き去りにしてそのオブジェに近寄った。


「ちょっと待ってよミルチー!」


 彼女の言葉も、聞く耳持たず。

 道雄はそのオブジェの前に立ち、それを観察する。

 

「なんだ、これ……」


 道雄は、そのオブジェをマジマジと観察するほどに、それが理解できなかった。

 オブジェの傘に当たる部分は、どうやら、ソーラーパネルのように、太陽光から電力を供給する装置らしい。


 しかし、それ以外の部分。

 装飾は全身が青色で、材質は鋼……。プラスチックなど軟らかいものではないのは確か。

 公園の遊具のように固定はされていないが、しかし人一人くらいの重さがあって、容易には移動が出来そうにない。

 しかし、オブジェの四方八方を見てみるが、どの会社が作ったとか、どんな用途で用いるのか、というような注意書きなどは見当たらない。これを作った責任者だとか、故障した際の連絡先など、書いてあってもよいだろうに。

 

「何これ」


「わからん……」


 道雄は、オブジェをコンコン、ったいて見せる。

 やはり、どのオブジェの中身も空ではない。機械、この場合は電気的な配線と回路……、それらがぎっしりと詰まっているはずだ。


「少なくとも、廃棄物じゃない」


 道雄は、これだけは確信をもって発言で来た。

 見た目だけで言えば、新品とさえ思える。そんなものを、なぜ、こんなところに置いてあるのだろうか。


「ふーん。気になるなら、持って帰る?」


「そういうわけにはいかん。てか、普通に重そうだし。

 けど、こういうのは、地方自治体だとか……そんなとこに連絡を入れなきゃいけないんじゃないか……? 詳しくは知らないけど」


『それは止めてくれ』

 

 唐突に、道雄やめぐりとは別の声が出て来た。

 言語は確かに日本語だが、機械による音声読み上げ機能のような音。

 

「なっ!?」


「えっ!? どこどこ!?」


 2人は、必死に辺りを見渡す。

 しかし、人の影は一切見当たらない。


『ここだ』


 ギョッと、道雄は目を真ん丸とした。

 その声は、確かに、オブジェの方でしたからである。


「えっ、何これ!?」


 めぐりも、そのオブジェから声がしたことに気付いたらしい。

 彼女はそれに興味を持ち、バシバシと乱暴に叩いて見せた。


『止めろ。これは勝好の端末なんだ。リアルワールドに未練はないが、これが無くなったら、勝好にも影響が出る』


 そのオブジェは、何やら怒った様子で、めぐりの乱暴を叱咤する。


『君らは……、ああ、最近、いる手合いかな。

 しかし、この冗長のルートを着たことには、何やら私としてもシンパシーを感じる。

 

 よし。話くらいはしよう』


☆★☆


「一体、これは、何なのですか?」


 道雄はパニックになっていたのだろうか。

少しばかり具体性をかけた疑問で、そのオブジェも何思ったのか


『一体、これは、か。

 ふふっ。現世の大学生と見た。

 文系か、あんまり理屈の見える発言じゃない』


 どうにも、偏見があり気な発言に、道雄は屈辱的になりつつも、彼はこのオブジェは工学部の教授のように感じた。


『申し遅れたな。

 私の名は、養老隆。工学博士だ』


「ういろ……?」


「養老隆……ちょっと待て!」


 その名前を聞いて、チンプンカンプンのめぐりに対して、道雄は聞き覚えがあるらしい。


「ありえない。

 だって、養老博士と言えば、テレビにも出てる、脳科学の研究者だ。AIとかにも携わってるって……」


「へー、凄いヒトじゃん」


「いや、死んだんだよ! 養老隆は!

 5年くらい前……。普通にニュースにもなっていた!」


「えっ! 幽霊!」


 めぐりは「すげえー」と感心しつつ、とりあえずスマホを取り出して、オブジェの写真を撮った。


『死んだ……と言っても、それはリアルワールドの肉体を捨てただけ、なんだがな。

 私はここにいるし、単に君たちの前からしばらく消えただけ』


「あんた、何者なんだよ。

 このオブジェは何だ」


『彼らは、ヒト、だ。そして、私も同じ』


「ヒト……?」


「何言ってんの? アッ! もしかして、この中に人が入ってるの!?」


『そんなわけがない。

 ただ、このオブジェは、1つ1つに思考ができるための集積回路が組まれていて、そして、連携し、コミュニケーションを行っている。

 まぁ、これ自体が脳で、そしてお互いに会話し合っているんだ』


「はー? 意味不明。

 だって、さっきまでずっと無言だったよ」


『当然だ。

 我々は、声帯による空気の振動を用いたコミュニケーションは行わない。

 個々の端末がアクセスできるネットワークを構築し、それぞれが特殊な電波を飛ばすことで互いにコミュニケーションを行うのだから』


「え? セイタイ? タンマツ?」


『つまり、君たちがスマホを操作して、匿名のユーザーとチャットしたりする原理と同じ』


 話の流れに遅れかけためぐりだが、養老の簡略された説明に、なんとなく意味を理解したらしい。


『しかし、その発信する特殊な電波が、人間の脳波にも影響するようでね。世間では、個々の辺りは心霊スポットと噂らしいじゃないか。

 いや……しかし、心霊か。的を射ているかもしれんな』


「えっと……」


『我々はね。

 元は私のゼミにいた大学生だったり、近くにあった村の村人だったり、果てにはこの辺で自殺しようとしていた自殺志願者だったりを、ニューロンとシナプスが形成する脳の器質を調べ、そしてモデル化し、それをコンピューター上に変換させた存在なんだ』


「……?」


『つまり、人間の脳を、AIにしたもの』


 道雄は唖然とした。

 このオブジェクト、冷たくて、中身が見えないブラックボックス。

 道雄は、その真実を聞いた途端に、目の前の物体があまりに残酷で、非人道的にさえ感じてしまう。


「じゃあ、養老隆……貴方は……」


『さっきも言っただろう?

 私は肉体を捨てただけ。そして、AIとしてここにいる』


 なんて使い古された、SF的なマッドサイエンティストなものか。

 自分が死してなお、そのAIが電気的な性質として生きている。

 しかし、実際に目の当たりにしてみれば、彼の覚悟や意識の変革など、考えさせられるものがある。


『元々は、ただの実験だったのだがな。

 この辺りに、昔、村があってね。まぁ、過疎化が進んで、老人ばかりになった。子供はいない。

 そんな中、死んだ鶴子という老婆が死んだ。村人はひどく悲しんでいた。

だから、私は彼女の脳を調べ、さっきも言ったようにモデル化し、彼女のAIを作った。アプリが入ったコンピューターにメッセージを入力すれば、返信が帰って来る。

 凄いだろ?』


「え、ああ、そりゃあ……」


『私は、村人全員をそうさせた。全員が死んだ後にね。

 その内、ここに新しい村ができた。リアルワールドではなく、仮想ネットワークでつながった村人たち。ついでに、寿命が見えていた私と、リアルワールドに飽き飽きしていた若者を少々……。

 そして、ついに、彼らは人間をはるかにしのぐ論理計算能力を持ち、キミたちが見えているような姿になりつつも、ワイヤードでのつながりを持つ存在となったんだよ』


「はぁ……」


「よくわかんないけど。毎日、暇じゃないの?

 だって、こんなところで、日向ぼっこなんて。

 それにさ、コンピューターなんて、なんの感情もなくて、好きなものも嫌いなものもなくて、ただ退屈なだけじゃん」


『暇、好き嫌い……か』


 養老は初めて、思考をするような声を漏らした。

 まさかコンピューターが言葉に詰まるごとき仕草をしてしまうなんて、あり得るのだろうか、などと道雄は感じる。


『君たちは、生物とは何だと思う?』


 唐突に、養老は抽象的な疑問を提示した。

 それを聞き、単純なめぐりは何の疑いもせず、


「人間とか、犬とか、猫でしょ」


 と答える。

 対して、道雄なんかは養老という工学博士の質問ということもあり、とりたて慎重に考えを巡らせた後、


「エネルギーを自給し、複製をもって種を繋げるモノ」


『私からすれば、及第点と行った所かな。

 勉強をした跡は見られる。しかし、無難すぎる』


「話が、抽象的です。

 生物の定義なんて、本職だって意見が分かれるというのに」


『では、高校の時に持っていた生物の教科書を音読するかい?』


「……っ」


 道雄は、ぐうの音も出ないようだ。

 少し意地悪な養老だったが、それでも道雄は言葉を詰まるほかにできない。


『場、だよ。場所』


「場所ぉ? 森やオアシス21なんかが生物なの?」


『そういう意味じゃない。

 ユーリー・ミラーの実験を知っているかね?』


「知らなーい」


「上に同じく」


『簡単に言えば、試験管に原始的な地球を再現した。

 水、二酸化炭素、メタンガスとか水素とか……まぁ、原始地球に存在していたらしい気体を注入する。そして、そこに紫外線を放射したり、放電させたりしてな。環境を作るんだ。


 そうすると、試験管に、糖やアミノ酸などが発生した』


「え、アミノ酸ができてどーなるのよ」


「生体有機物っていって、生き物を構成するための有機物が生成されたってこと……。

 まぁ、面倒くさいから生命のスープが出来上がったと思っとけ」


『そうだ。しかし、あまり神秘的にこの実験を捉えるなよ。

 ここで重要な点は、地球にたまたまあった有機物を利用することで、生き物は誕生し、エネルギーの補給、そして自己の複製を行う。

 つまり、そこにあったものを使って進化したということ』


「その、その箱にいるAIたちも、同じということですか?」


『ふっ』


 養老は不敵に笑う。

 道雄は、その笑い声を聴いて、AIとは思えない感情表現に、少しばかり不自然を思った。


『気になるなら、また来なさい。

 ああ、私の著書を読むと良い』


 これが彼の最後の言葉だった。

 それ以降に、オブジェから養老の声は一切、出てこなくなった。

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