アヘ顔ダブルピースビデオレター無双 ~侵略性外来種『勇者』番外編 迷惑勇者列伝~

殻半ひよこ

01:不審なビデオテープ



「アヘガオダブルピースビデオレター?」


 青く長い髪を紐でくくった少年は、今しがた耳にした、その聞きなれない単語を反芻した。

 はい、と宿屋の受付をしている女性が頷く。


「当宿では、あ、アヘ顔ダブルピースビデオレターに……ご注意、ください。あれはどこにでも――現れます。いくらでも――出てきます」


 申し訳のなさそうな、気まずそうな言い方をしながら、彼女は目を合わせてくれない。

 ……ふむ、と青髮の少年――パット・ナッカノ・ファイハンタは、表面には出さないまま少しだけ考え込む。


 率直に表現すると、パットはこの時代の人間ではない。わけあって、およそ三百年の昔から時を越えて今の世界、月光歴千七百十五年のプロミステラに戻ってきたハイパー世間知らずである。何が変わって、どんな常識が新しく増えたのかにも疎いし、それについて驚かれることもしばしばある。


 なのだが、彼はとある事情により、それをあまり公にはしたくない立場だった。

 なるべく目立たず、ささやかにひそやかに行動する……そういう状況にある以上、ここで選ぶは二つに一つ。


 すなわち、こうだ。


 ①「なんすかソレ」と詳細を尋ねる。

 ②「ですよねアレ」と話を合わせる。


 果たして彼が取ったのは――後者であった。


「ご親切にどうも。いや、それにしても参りますよねー。この時期、湿気とか温度の関係かな。やたら増えるし、気を抜いてたらどこからか入ってきたりですもんね、アヘガオダブルピースビデオレター!」


 受付嬢はどうしてか、眉をひそめながらちらりと一瞬こっちを見て、それからすぐにさっと目をそらしながらも「そ、そうっすね、え、えへへへへ」と愛想笑いを漏らし、パットに鍵を二つ渡してくれた。簡素な一人部屋と、それなりに広い二人部屋のものだ。


「ご、ご、ごゆっくり。それから、あ、改めまして……ようこそ、【信頼と約束の鐘の街】ラクベルへ」


 通ったクリアー

 パットは自分のクール&パーフェクトな対処に自分でも惚れ惚れしながら、ロビーのソファに腰掛けて待っていた連れ合いに声をかけにいく。


「姫さん、ベラ。ほい」


 緩い放物線の軌道を描いて投げ渡される鍵を、軽甲冑を身につけた美しい金髪の麗しき騎士が受け取る。スラリと伸びた手足は、それだけで一流の彫刻品めいて美しい。


「受付完了。それにしても、なんで毎回これは俺の役なわけ?」

「いつもすまないな。しかし、道中の不慮の事態を防ぐためには、君が一番適任なんだ。私や彼女では、詳細は今まで秘匿してが、見た目に目に見えて特徴があるのでね」

「あの精霊女王クッコロイヤルの子孫だとか、大魔王ヴェラヴィアディスドルファの孫だとか、バレたら騒ぎになっちゃうから……! 君はこういう時に頼りになるね、よっ、さすがは誰も知らない一般人!」


 女騎士の言葉に続き、絶妙にイラつかせてくる物言いで調子良く囃し立ててくるのは、フード付きのローブを纏う桃色髮の魔法使いだ。厚手の布地で身体を隠しているが、しかしその体系を微妙に隠しきれておらず、上も下も、突き出るところが突き出ている。


 この二人が、パットが一緒に旅をしているパーティのメンバーだ。どちらもがそれぞれに曲者で、日々、純情な少年の気苦労を積み重ねてやまない。


「はいはい。そんじゃあま、さっき話した通り、これから半日程度休養ね。とりあえず明日の朝くらいまでは自由行動、日頃のお守りから解放されて、一人でのんびりされてもらうとするわ」


 女性陣に背中を向けて、手を振りつつ格安の一人部屋へと向かう。

 歩けば木造りの床が鳴る年季の入った宿の二階、奥の角部屋、受付で渡された鍵で戸を開け、束の間手に入ったパーソナルスペースに心を安らげる――はずであった。


「……ん?」


 それは、ベッドの上に、さりげなく鎮座していた。

 形状は、薄く、横長の長方形――黒い板のようなもの。


 中央には何か、ラベルのようなものが貼ってある。

 このように書いてある。



[ごちそうさま]



「……はぁ? なんだ、こりゃ?」


 不信感と警戒心、そして一握りの好奇心に導かれ、パットはベッドに近づいていく。

 彼の知らない、遠い地、異世界――チキュウにて、【ビデオテープ】と呼ばれるそれに。


 手を伸ばす。

 指先が触れる。

 その瞬間、


「……え?」


 彼は、“それ”を見ていた。



 ◇◎△◇◎△◇◎△



        『ほれ、もそっと近くよらんか』

         『これも修行、すべて鍛錬、言う通りに信じておれ』

 『……何じゃ、その顔は? ふむ、疑うのならやめてもよいが?

    『残念無念、話は仕舞いじゃ、荷物を纏めて疾く帰れ』

       『――良い子じゃの。ほんに、良い子じゃ。嬉しいのう』

    『さあ。それでは……この世で一番の』

『いやさ、この世のものではとてもありえん、楽園に案内してやろうかの』



 前略、中略、後略。

 結果のみを言おう。

 それは見事な、心の底から幸福そうな、快楽まみれのダブルピースであった。



 ◇◎△◇◎△◇◎△



 昔、むかし。遡ること、三百年前。

 創造神ファンタズの加護を受ける精霊の大地、プロミステラはかつてない危機に見舞われた。


 異次元より訪れた侵略者の軍団、大魔王率いる一万の魔王たちに蹂躙され壊滅的な打撃を受けた人々は、精霊女王エリザベート・アン・イ・クッコロイヤルの生み出した救世術式――異世界より勇者を召喚する儀式が各地で用いることで人類は形勢逆転、大魔王を討伐し、かくして世界は救われたのだった。めでたし、めでたし。


 ……だが、本当の危機は、『めでたし』の向こうがわにこそ存在していた。

 異世界チキュウからプロミステラへの召喚で手にした超絶販促的技能、通称チートスキルを返還することを惜しみ・元の生活に戻ることを嫌がり、大量に呼ばれたすべての勇者が送還を拒絶したのである。


 それから三百年が経ち、プロミステラの各地では当時の召喚勇者たちがそのままはびこり、彼らは魔王討伐のためのチートスキルを乱用・悪用・常用し、現地住民へ傍若無人な欲望の限りを繰り返していた。


 その惨状を解決し、世界の秩序を取り戻すために、ある三人が立ち上がった。


 異世界勇者召喚儀式を生み出した精霊女王の末裔たる姫騎士、マリー・ラフラ・クッコロイヤル。


 かつて世界を脅かした恐怖の象徴でありながら、今の世で希少生物と珍重される大魔王の孫、ヴェラヴィアディスドルファⅢ世ことベラ。


 そして一見何の変哲もない、特にオーラも無い一般人ながら、打倒勇者の秘密兵器である助っ人少年、パット・ナッカノ・ファイハンタ。


 目指すは聖地神殿ナシャユミヤ、世にはびこるすべての勇者を一度に帰す召喚契約満了儀式……賢者の島から始まった旅は、幾度かのトラブルに見舞われつつも順調に先へ進んでいた。

 草原の中の平和な町、【信頼と約束の鐘の町】ラクベルで、この朝を迎えるまでは。


 ◇◎△◇◎△◇◎△


 爽やかな朝の日が差し込む宿の廊下、ひかえめなノックの音が一度・二度。


「おっはよー、パットくん。もう起きてますかー?」


 声をかけているのはローブを着込んだ桃色髪、ベラだ。


「朝ごはん、いっしょに食べに行きましょう。マリーが席を取ってくれてますよー。ラクベルにも、あのトッカラケみたいな名物があるって話で、何を隠そうわたしそれが楽しみで、うっへへへへ」


 だらしなく笑いつつ、腹の虫をこれでもかと鳴らすベラ。魔王とは即ち欲望を肯定するものであり、彼女もそうした性分をしっかりと継承しているというか、単に本人の性格なのかは定かではない。

 ……そんな、能天気にやってきた彼女が、違和感を覚えたのは、二呼吸ほどの間の後だ。


「…………パットくん?」


 返事が、無い。

 大賢者による猛特訓メニューをつい先日までこなしていた彼は、生活リズムが規則正しい。これまでの道中、ベラもマリーも彼に起こされたことはあっても寝坊した彼を起こしたことは無い。


「もしもーし、いませんかー……?」


 習慣で早朝の鍛錬にでも出ているのかも、と想像し、不在かどうか部屋を確認するためにノブに手をかけた、瞬間だ。


「ひゃっ!?」


 いきなり扉が開かれた。それも、ベラが引っ張られてしまうような勢いでだ。

 突然のことで驚きながらも、ベラは現れた彼に挨拶をする。


「あ、お――おはよう、パットくん。あのね、」

「悪い。聞いてたよ。メシだろ。俺も行くよ。準備するから、少しだけ待っててくれ」


 一方的に突きつけるように言葉を並べ立て、扉が再び閉められた。

 爽やかな空気を潰す、激しい音と、閉鎖の風圧。

 ひどく顔色が悪く、脂汗をかいていた、彼の顔。


「……パットくん……?」


 ローブの下に隠された豊満な胸の奥で、"ちり”と何かの感覚が蠢く。

 窓よりの壁に背中を預け、旅の仲間が再び姿を現すのを待ちながら、ベラは先程、ちらとだけ見えた部屋の中……床に落ちていた【黒い板状の何か】について、言い知れぬ胸騒ぎを感じていた。


 ◇◎△◇◎△◇◎△


「お待たせ、マリー!」


 ベラが手を振り呼びかける。宿のはす向かいにある店のテラス席では、マリーが実に優雅な仕草で新聞を読みつつ、無料のお冷やを飲んでいた。


「おはようパット。今朝は実に清々しい朝だな」

「まあな。昨晩は一人にしてくれたおかげで、ゆっくり休養出来たことだし」


 再び部屋から出てきたパットは、いつもの調子を取り戻していた。マリーと軽口を叩きあう様子を、ベラは安堵しながら眺めている。


「さて、どれにする? ここの名物はシェア・フード……皆で分け合ってつまみながら、色々なものを頼むのが流儀だ。きちんと作戦立てて、後悔の残らぬように制覇したいな」


 マリーはウィンクしながら、二人へ既に運ばれていた手書きのメニュー、分割して食べることが前提の料理の数々を指し示した。

【信頼と約束の鐘の町】ラクベルは、人と人との縁を結び、絆を確かにする場所だと言われている。


 身分を隠して旅をしていた敵国同士の王子と王女が結ばれた地であるとか、巨大な商人ギルドの歴史的取引が密かに行われた机があるとか、そういった歴史的事実を足掛かりに町全体でその売り(コンセプト)を推進している形だ。


「食事が済んだら、ちょうど良い頃合いの時間になるだろう。『約束の鐘』の音を聴きに行き、旅の安全を祈願しようじゃないか」

「うん! ……あ、わたし、これ食べたい! “仲良く切り分ける、とろけるチーズのベーコンエッグパンケーキ”!」


 めくられたページに載っていた絵にベラが指を差す。

 その爪の先が、少し、ほんの少しだけ――マリーの手の甲にかすった。ほんとうにそれだけだった。


 次の瞬間、けたたましい音が店先に鳴り響いた。

 勢いよく跳ね退けられたマリーの手に当たった陶器のグラスが、机から落ちて砕けた音だった。


「……すまない。少々、驚いてしまった。顔を洗って落ち着いてくる」


 有無を言わせる間も与えず、マリーが席を立つ。呆然としながらも追い縋るように伸ばされた手も届かず、ベラの指が空を切る。

 異常を察してやってきたウェイトレスにパットが謝罪と注文を告げている間にも、ベラはただ、ふらふらと怪しい足取りで歩いていく姫騎士の背中を見つめている。


「――マリー……?」


 だから、彼女は気付かない。

 姫騎士が立ち上がった、椅子の上……その形のいい尻に敷かれ、【黒い板状のもの】が隠されていたことを。

 視線を机側に戻した時には、もう、椅子の上にあったそれは、影も形も無く消え去っていた。


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