深海魚

ぱすこ

第1話

深海魚。それは光の届かない海の

底に静かに凄む魚


中には特に泳ぐこともなく一日中

じっとしているものや

暗闇の中で必要もなくなったのか

視力をもたないものもいる


深海魚、彼らは普通の海で

悠々と泳いでいる魚達と違って

とても異質な存在ーー



しかし、どこか心惹かれてしまう

存在が気になってしまう



私は、深海魚のような男性に恋をした



ーーーーーーーー


「佐久間さん」



「ん~むにゃむにゃ…」




「佐久間さん!いい加減起きなさい!」



教師の大きな怒鳴り声でハッと

意識が覚醒する



周りからはクスクス笑う声



「ふわぁ…すいません」



「授業中ですよ、全く…」



先生はそう言った後も何やらブツブツ呟いているがだってしょうがないじゃない。この授業退屈なんだもん



チラッと時計を見やる


13時50分…お昼ご飯を食べたばかりの

この時間帯に眠くなるなって

いう方がおかしいでしょ


みんなよく起きてられるなぁ



正直まだ高校1年生だし受験だって

まだまだ先。ここに入る時はめっちゃ

頑張って勉強してたけど…今はもう

正直、ね



授業中はスマホ見ると怒られるしなー


先生は今この瞬間も黒板にどんどん

板書を続けてはいるがどうにも

ノートを真面目に取る気にはなれない



まぁ後で頼めば小夜子が

見せてくれるでしょ…



チラッと自分の左斜め後ろの

席に目線を走らせる



うわぁ…やっぱり、今日も授業中に

読書してる



まるでちゃんと

授業を聞いてノートを取っているかの

ように振舞っているけれど

彼はいつもそうだ。その光景を知って

いる私の目はもうごまかせないぞ






西くん。本名は西隼人

私が知る限り、彼はどんな授業のときにも

必ず教科書やノートの陰に隠して

文庫本を読んでいる


彼がどんな人物であるのかは

私は全く知らない。というかそもそも

まだ1回も話したことがないのだ


それは私が人見知りであるから、とか

ただ今までに互いに話をするきっかけが

なかった、ということだけではない


私は西くんが他の誰かと話をしているのを

見たことがないのだ


それ故に彼がどのような表情をするのか、

声を発するのか、それさえも

定かではない


声だって朝HRにて行われる

出席をとるときの「はい」という

2文字しか聞いたことがないのだ



キーンコーンかーコーン…


チャイムが鳴る。あんなに授業が

終わるのをまだかまだかと待ち望んでいた

筈であったのに考え事を始めてからは

随分と呆気なかった気がする



起立、礼のあとにみんな各々

席から立ち上がり教室内にガヤガヤとした

喧騒が立ち上り始める



あ、そうだ…さっきのノート

見せてもらわなきゃ



今の休み時間が終わる前に、と慌てて

席から立ち上がりかけた時

机の端に置いてあった消しゴムがその

衝撃で落ち、そのまま

コロコロと後ろへ転がっていってしまった



「あ…」


後ろを見る。その消しゴムが

落ち着いた先はーー


西くんのちょうど机の下であった




思わずドキッとする



幸い彼は、今自分の足の下に

ゆきの消しゴムがあることに

気が付いていないのだろう


おそらく彼はまだ本の世界に没頭している



どうしよ…これ、普通に話しかけて

いいのかな



他の人なら一言声をかけて

取らせてもらえばそれで済む話なのだ



しかし彼は…今まで一度も話したことが

ないプラスクラスの中でも少々言葉は

悪いが異質な存在…



そう考えてしまうとゆきは

自分から行動を起こす勇気を中々

もてずにいた



と、その時肩にポン、と手が置かれた



「ゆき」


「わっ!?」


後ろに人が来ていることに全く

気が付いていなかったため、思わず

大きな声を出してしまう



振り向くと、そこにはこのクラスの

中でも特に仲の良い、森田小夜子が

驚いたような顔をして立っていた



「どうしたのよ」



「ああごめん…ちょっと考え事をしてたもんだから」


小夜子とは入学した当初から

馬が合い、自宅から少々離れた高校に

進学し知り合いのほぼいなかった

ゆきにとって彼女はとても大きな存在に

なっていた



「ゆき、あんたさっきまた寝て怒られてたでしょ」


「だってあれは仕方なかったんだもん…ねぇ

ごめん、今日もノート見せて下さいっ!!」


目の前で大仰に手を合わせてお願い

するジェスチャーをする


大抵いつもこのやり取りのあとに

ゆきは小夜子から綺麗な洗練された

ノートを受け取り、次の時間の

授業中にせっせと移し作業を始めるのだ



「もう、ほんとにあんたは…

起きたあともさっきやたら後ろの方ばっか

チラチラ見てたでしょ」


一瞬ドキッとした


確かに小夜子の席は結構後ろの方で

ゆきの席より右側に位置しているため

見ようと思えば姿が見える



もしかして、西くんの方

見てたの勘づかれたかな…



「え、そんなに見られてた!?

小夜子私のこと好きすぎでしょ~」


少々不安に思いつつもあえて

笑顔を作り茶化すように返してみる


小夜子はそれに対し自惚れるな!

とちょっと軽く小突いてきたので

まぁ単にちょっと私が落ち着きなく

ソワソワしていたくらいにしか

見えなかったのだろう



そうこうしていると次の時間の

始業を告げるチャイムが鳴り出した


うるさくなった教室には再び

静寂が戻り、また退屈な時間が

始まりを告げた


さて…早いとこ小夜子から借りた

ノートを写さないと


幸いこの時間の授業はプリント形式だ

埋めるのはこの要所要所に空いた

空欄だけで良い


それにしてもほんと小夜子の

ノートは綺麗だなーどうしたら

こんな整ったレイアウトにできるん

だろ…


そんなことをボーッと考えながら

ひたすら写していると途中で

誤字をしてしまった


いけない、消しゴム消しゴム…あ




すっかり忘れてた

私の消しゴム

さっき落としたまま今も西くんの

机の下だ…

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