第161話 昔か今か。不気味な静けさ

 翌日、心地よい初夏の日射しが照る中。

 サッカー大会二日目は予定通り開催されていた。


 今日は寝坊せず、予定通りの時間に会場入り、初戦から先発出場を言い渡される。

 けれど、先発出場の期待に反して、プレーの質は散々なものだった。


 愛梨さんからのスルーパスをトラップしようと足を伸ばすものの、身体はいうことをきいてくれず、大きく身体からボールが離れていってしまい、相手にボールが渡ってしまう。

 ならばと、今度はダイレクトでシュートを狙うものの、浮き球のボールに標準を合わせて蹴り上げた右足は大きく空を切り、そのまま大胆に地面に尻餅をついてしまう始末。

 さらには、絶好のチャンスでGKとの一対一をむかえた場面。

 大地は思い切りよくシュートを放つも、ボールはロケットのように高々とゴールポストの上へと宇宙開発。

 なんとも低調なパフォーマンスが続いたことで、本日二試合目の試合途中、遂に見切られて途中交代を宣告させられてしまった。


 俺はがっくりと肩を落としたまま、ピッチから退き、近くのベンチへと腰かける。


「お疲れ様」


 不意に声をかけられて顔を上げると、そこには天使のような笑顔で出迎えてくれる奈菜先輩。

 手には、タオルと水筒。

 俺は奈菜先輩からそれらを受け取り、タオルで顔を拭いてから首に巻き、受け取った水筒に入っている氷入りのスポーツドリンクをグビグビ飲む。


「ごめんなさい、情けないプレー魅せちゃって」

「何言ってるの、かっこよかったわ」

「いやいや、お世辞なんていらないですって」

「いいえ、断じてお世辞なんかじゃないわ。大地はカッコ良かった! シュートは外しちゃったけど、一生懸命サッカーと向き合ってプレーしてた。それだけでもカッコイイ」


 奈菜先輩に褒められると、無性に気恥ずかしくなってくる。


「そ、それでも、不甲斐ないのに変わりないです」

「もう、大地は変なところでナイーブなんだから」


 そういって、奈菜先輩は俺の元へ顔を近づけてきて――

「チュっ」


 と、俺の額にキスをしてきた。

 そして、優しい笑顔で一言。


「お疲れ様、大地」

「あ、ありがとうございます」


 突然のキスに、俺はしどともどろになりつつ感謝の言葉を述べることしか出来ない。

 気恥ずかしいのを隠すように、視線を下に落として、奈菜先輩の方を見ないように努める。


 しかしながら、こうして大学生になって奈菜先輩と再会して、再び寄りを戻すことになるとは思ってもみなかった。

 こうして、二人で隣に座りながら母性溢れる笑顔で接してくれる奈菜先輩が懐かしい。


 けれど、俺の心の中には、モヤモヤとしたしこりのようなものが残っていた。

 それもそのはず。半ば強引に奈菜先輩と復縁関係を提案されて、今こうして昔のような関係性を築いていても、空白の間に起こった事実は変えられないのだから。


 俺が選ぶべきなのは、奈菜先輩との復縁なのか、それとも他の答えなのか。

 奈菜先輩に復縁を迫られていると言っても、これだけイチャイチャしていれば、カップル以外の何物でもない。

 恐らく奈菜先輩は本気で俺ともう一度やり直したいと思っている。

 だからそこ、簡単には奈菜先輩のことを断るわけにはいかない。

 何故なら、俺の心の中にも少なからず後悔はあるから……。


 気付けば、本日二試合目の試合が終わり、二連敗と不甲斐ない結果。

 他のサークルメンバーたちは、テントでベンチ外のメンバーからねぎらいの言葉をかけられていた。


 そう言えば、愛梨先輩、今日は随分と静かだな。

 いつもなら、これだけ他の女の子と俺がイチャイチャしていれば、間に割って入ってきて文句の一つや二つ漏らして、物理的にバトルしようとするのに。


 さっきの試合だって、俺のポンコツプレーを見て、『なんで私の愛を決めてくれないの!』とぷんすか怒りそうなものだが。

 明らかに俺から一線を引くように距離を取っていた。


 俺の目の前に突如元カノが現れて、復縁宣言をしたとしても、愛梨さんが簡単に諦めるような人だとは思えない。

 余計に、愛梨さんの静けさが不気味だった。


「どうしたの、大地?」


 すると、奈菜先輩が顔色を窺うように覗き込んでくる。


「いや、何でもないですよ」

「そう! なら私は一旦戻るわね」

「はい、ではまた」

「うん!」


 奈菜先輩は席を立ち、自分のサークルブースへと戻っていく。

 俺は一人、ベンチに佇み、愛梨さんの方を見つめた。

 愛梨さんは相変わらずサークルメンバーたちと仲良く談笑したままで、こっちを見向きもしない。


 もしかしたら、奈菜先輩に強欲の流れのままに成り行きに任せてしまった俺のヘタレっぷりに、愛想をつかしたのかも。

 または、先ほどの試合での不甲斐ないプレーに、呆れられたのかもしれない。

 真相は闇の中とはまさにこのこと。

 俺は、未だに愛梨さんの心の内を理解できないでいた。


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