第145話 二人の結論
「俺はこんな平和的な生活を送ってていいのだろうか?」
春香と綾香は、すっかり意気投合し、今は一緒にお風呂に入っている。
日中のピリピリと張り詰めた修羅場上等の緊張感何処へ?
ほのぼのとした緩み切った日常感が部屋の中を巡っていた。
俺が優柔不断なせいで引き起こした女の子ホイホイ泊め放題ヘキサゴン。
自分の罪を贖罪する上でも、寝泊りしに来るペアのうち、どちらが俺に対する愛情を注いでいるかを見極めて、心苦しくも優劣の判断を付けなくてはならない。
なのに、春香と綾香は俺へのアピールをしてくるどころか、ライバル同士で意気投合し、交友関係を深めていた。
気が付けば、一緒にお風呂に入るほど仲良くなっていて。
俺いる必要ある!? というレベル。
今も、風呂場の方からはキャッキャウフフと楽しげな声が聞こえてきている。
二人が仲良くしてくれるのであれば、俺としては嬉しいことこの上ない。
けれど、一応勝負という名目があるからには、少しは俺の事を蚊帳の外に置かないでほしいなという一抹の寂しさも感じてしまう。
まあでも、何事もなく平和的に勝負?してくれるおかげで、こっちも気負いせずに過ごせるけどね。
しばらくして、春香と綾香がお風呂から上がって部屋に戻ってきた。
「お先ー」
「お風呂ありがとう」
「はいよー」
俺は重い腰を上げて立ち上がり、寝間着をもって脱衣所へと向かう。
「ドライヤーこっちで使ってもいい? お互いに乾かしあうから」
「あぁ、わかった」
春香はテテテっと洗面台の方へと向かい、引き出しからドライヤーと取り出して部屋へと戻る。
すれ違いざま、ふわっとお風呂上がりの春香のいい香りが漂ってきて、俺の鼻腔をくすぐる。
脱衣所は、二人のお風呂上がりのかすかに残る熱気と匂いが入り混じっていて、お風呂上がり女の子特有のいい香りがムンムンと漂っている。
春香と綾香、どちらも俺好みのいい香りがするので、二つ合わさってさらに心地よくなってきてしまう。
服を脱ぎ、風呂の中に入っても、かすかに残る二人の香り。
今日まで色々と修羅場を潜り抜けてきたこともあり、心身の疲れを癒すデトックス効果のようなものを感じてつつも堪能し、リラックスして風呂を満喫することが出来た。
風呂から上がると、お互いローテーブルに並ぶような形でスキンケアをしていた。
「ねぇねぇ、綾香のそれ、一回使ってみてもいい?」
「うん、いいよ」
「やった! うぉぉ、なにこれ!? 凄いすべすべになる! どこのブランド!?」
「えっとね……」
女子トークで盛り上がっている二人をよそに、俺は冷蔵庫からパックの牛乳を取り出して、コップに注いでゴクゴクと飲み干す。
「ぷはぁ……」
一気飲みした後、お酒を飲んだおっさんみたいに盛大に感嘆のため息をついた時だ――
壁の向こう側から、ガタガタっと凄まじい物音が聞こえてきた。
一瞬地響きが起こるほどの衝撃に、女子トークに華を咲かせていた二人も驚いた様子で口を閉ざし、音の鳴った方を驚愕の表情で見つめる。
恐らく、優衣さんが宣言通りやけ酒でもしているのだろう。
あの人、結構な酒乱だから、ふと立ち上がろうとした時によろけて、尻餅でもついてしまったのかもしれない。
近所の人に怒られないか心配だなぁ……。
はたまた、俺のぷはぁーに反応したとか?
いや、それはない……よね?
「ねぇ、ドスンって何の音」
「多分、優衣さんが酔っぱらって壁にでも頭ぶつけたんだろ」
「あのデカおっぱい、はしたなく胸ぶら下げてるだけじゃなくて、酒癖も悪いんだ……」
「ま、まあ、おっちょこちょいなところも優衣さんのいいい所だからさ……」
俺が優衣さんに対してフォローを入れると、春香がじとっとした目を向けてくる。
「……ちょっと知ってますよ感がムカつく」
「いや、そりゃだって……」
散々優衣さんの酒癖のせいで、あのおっぱいにお世話になりましたから、とは言えない。
「あっ、そうそう! すっかり忘れてたけど、さっき私達お風呂で話し合って勝負の件について話し合ってたんだよね」
春香が手を叩いて思い出したように言うと、二人は居住まいを正して俺の方へ身体を向けてくる。
二人は何度か確認し合うように頷き合うと、同時に視線を俺に注いできた。
「その……今回の勝負なんだけどさ」
「無理に大地くんを二人で取り合う必要ないじゃないかっていう結論に至って……」
「だから、引き分けってかたちでどうかな?」
「え、引き分け?」
二人からの予想外な提案に対して、俺は目を丸くする。
「で、でも……これは一応勝負なんだし、白黒はっきりつけた方が……」
「ううん。そうじゃないの」
俺の言葉を遮るようにして、綾香が首を横に振る。
「私達ね、大地のどこが好きなのかお風呂の中で話してたの。そしたら、やっぱり大地は優しくて気遣いが出来て包み込んでくれるような包容力もあって、落ち着く匂いがして、抱き心地も良くて、私たちのことを一番に考えてくれてる優しい男の子なんだなって分かったの」
随分長風呂だとは思っていたけれど、二人でそんな話をしていたなんて思ってもみなかった。
でも、俺は優しくしているつもりも、気を使っているつもりもないんだけどなぁ……。
「私は大地が好き。もちろん誰にも大地を渡したくない! でも、それと同時に大地が他の女の子に好かれるのは幼馴染としては嬉しいことだし、よりによって好かれているのが女優の井上綾香なんだもん。私の好きな人はそれくらい凄い人なんだって私的には鼻が高い。他の女の子は嫌だけど、綾香が大地と付き合ってくれるなら許せるなって思ったの。自分でも不思議なんだけど、綾香と会ったばかりなのに、こんなに信頼置けて許せちゃってるのはおかしな話なんだけどさ」
「は、春香ちゃん……」
綾香は身を捩らせて恥じらいつつも、すっと顔を俺の方へ向ける。
「私も正直に言うね……私も大地君のことが好き。この気持ちは誰にも負けてないと思ってる! でも、春香ちゃんの話を聞いてたらね、私が好きだからって身を引いてもらうのは違う気がしたの。私は仕事もあるし、毎日大地君の元へ来てあげることも出来ない。返って仕事に熱中しすぎて、大地君をほったらかしにして寂しい思いをさせてしまうかもしれない。だから、心の拠り所として、春香ちゃんには大地君に寄り添っててほしい気持ちがあるの」
二人から唐突に告げられる俺に対する告白と心の内。
彼女たちの紡いだ言葉に嘘がないことは、二人の真剣な顔を見れば一目瞭然。
好きという感情と相手を思う気持ちが入り混じり、お互いにお互いを謙遜し合うような一種の葛藤さえ生まれている。
多分、彼女たち二人のどちらを選んだとしても、どちらかを傷つけて、どちらかが気を使うことになる。
この数時間だけで、彼女たち自身が打ち解け合い、あっという間に関係性を築き上げた。そして、彼女たちは俺に対する気持ちをお互いに打ち明け、二人で結論を導き出してしまったのだ。
春香の持つコミュニケーション能力と、綾香のカリスマ性が欠け合わさって出来た偶然の産物だとしても、凄いことだと思う。
二人が本当に好いてくれているからそこ、俺は二人に生半可な気持ちで優劣をつけることなんて出来ないと悟った。
「……わかった。今回の勝負は、引き分けってことにする」
こうして俺はまた、二人の甘えに乗っかり、決断を先延ばしにしてしまうんだ。
しかし、春香と綾香がにこっと嬉しそうな表情を浮かべる姿を見てしまうと、引き分けという判断が正しい選択だったのかとさえ錯覚してしまう。
けれど、いつかは答えを出さなくてはならない。
南大地として、本当の……。
「バトルロワイヤル方式なのに、引き分けって、本当にいいのかな?」
思わずポツリとそんな独り言が飛び出てしまう。
「別にいいんじゃない? だって、この勝負自体、あの腹黒悪魔女が勝手に独断と偏見で決めたことだし!」
「そうそう、私達があの人に従う必要って今のところないもんね。例え大地君とあの人が両思いだとしても、まだ付き合ってないわけだし」
「ま、まあ、それはそうだけど……」
「それに、まだ付き合ってないってことは、大地の気を変えちゃえばいいって話だし?」
「協力しちゃダメってルールも設けられてないからね」
「あは……あはははは……」
まあ、この勝負に明確なルールは存在していない。
愛梨さんと愛花だって、事実上の協力関係にあるのだから。二人が協力しても何ら問題はないだろう。
結局は、勝負という名の俺の愛梨さんへの気持ちを揺るがして、好意を向けてもらうための手段にすぎないのだから。
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