第111話 おもちゃ(愛梨7泊目)

「左!」

「ヘイヘイヘイ! シュートしっかり決めろ!」

「スルー!」


 ピッチの中で聞こえるボールを蹴る音、選手たちの掛け声、地面を蹴り上げる足音。


 サッカーサークル『FCレッドスター』の1軍メンバーは、大会を来月に控える中、練習試合を行っていた。

 相手は、他サークルの試合メンバー。


 前後半15分の30分ゲームで行われた試合に、俺はFWとして後半から出場した。

 そして、俺の一つ下のポジション、いわゆるトップ下に入ったのが愛梨さん。


 なんやかんや、愛梨さんと同じチームで試合をするのはこれが初めて。

 愛梨さんと一緒のチームでドキドキしていたが、愛梨さんが後半開始早々から男子にも引けを取らないドリブルで相手を華麗に交わしていく姿を見て、すぐに浮ついた気持ちを引き締めて、全力で試合に取り組む。


 すると、愛梨さんが味方からパスを受け取り、センターサークル中央付近からドリブルを仕掛ける。


 キョロキョロを周りを見渡して、俺の姿を見つけた愛梨さんは、ニコっとウインクをして見せる。俺もそのウインクの意図に答えるようにして、コクリと頷く。


 俺はアイコンタクトを愛梨さんと取った後、相手ディフェンダーの視線の動きを見て、相手の視線が愛梨さんに向いた瞬間、一気に相手ゴール前に陸上部さながらの加速力で走りこむ。相手は完全に俺を見失い、ノーマークになった。


「愛梨さん!」


 俺が声を上げると、愛梨さんは相手に囲まれながらも、鋭い浮き球のパスを俺に供給する。走るスピードを緩めることなく、トラップすることが出来る位置への素晴らしいピンポイントパス。


 相手GKも愛梨さんの矢を射抜くようなパスに躊躇したのか、飛び出すタイミングを逸し、ようやくはっと思い出したように、慌てて飛び出てくる。


 俺は、愛梨さんからの浮き球のパスを足で落ち着いてトラップして、GKの頭上を超えていくようなイメージで柔らかくループシュートを放つ。ボールは、GKの手をかすめるように頭上を通過して、そのままゆっくりとバウンドしながらゴールネットへと吸い込まれる。


 ピピッ!っと笛が鳴り、ゴールが宣告された。


「よっしゃぁ!」


 俺は右手でガッツポーズを決めて見せる。


「ナイスシュート大地くん!」


 愛梨さんが俺の元へ駆け寄ってきて左手を出してくる。

 俺もその手に合わせるように右手を出してハイタッチを交わした。


「ナイスパス、愛梨さん」

「やっぱり、大地くんのこと、なんでも分かっちゃうからかな?」

「……そういう恥ずかしいこと、試合中に言わないでくださいよ」

「いいじゃん別に、本当に思ったことなんだから~」

「あ~はいはい、分かりました。いいから戻りますよ」

「むぅ~」


 むくれっ面をしてご不満そうな愛梨さんを置き去りにして、俺は小走りで陣地へと戻っていく。


「ナイッシュー! 南!」

「ありがとうございます、冨澤先輩」


 今度は冨澤先輩が嬉しそうに俺の元へ駆け寄ってきて、ハイタッチを交わした。


「にしても、よくあの愛梨先輩のキラーパスに反応出来たな。うちじゃああれに反応できるの部長くらいだぞ」

「えっ、そうなんですか? 俺はただ合わせただけなんですけど……」


 俺が困惑していると、冨澤先輩は含みのある表情を浮かべ、俺の脇腹をどついてきた。


「ははーん。さては、愛梨先輩のおもちゃにされたな~」

「へっ? お、おもちゃ!!?」

「いやぁ~だってよ、最近よく仲良さそうに話してるだろ? やっぱりなんかあったんだろうなぁって思ってな。まあ、見た感じ、付き合ってるって感じしねぇし、愛梨先輩にからかわれてるんだろ?」

「あっ……あはは……まあそうかもしれないです」


 言えない……お互い両想いだけど、友達以上恋人未満の関係なんて……


「お前ら! いいからさっさと陣地に戻れ!」


 すると、陣地の方から真面目こと太田先輩が、怒気を含んだ声で俺たちを叫んでいる。


「おっと、いけねぇ。とっとと戻るか」

「はい」


 俺達は慌てて陣地へと戻り、すぐさま試合は再開された。



 ◇



 練習試合は、惜しくも2-3で敗戦となったが、愛梨さんと俺のペアは、何度もチャンスを演出した。最後の決定力が俺になかったことが悔やまれる。


 練習試合を終えた後、太田さんから日程表が配られた。


「来月の頭に試合があるから、しばらく土日も練習を行う。もちろんバイトやほかの用事がある人はそっちを優先していいから、各自連絡してくれ。以上!」


 こうして解散となり、俺と愛梨さんは、いつものようにアパートへの帰り道を歩いていた。

 俺は配られた予定表を見ながら愛梨さんに尋ねる。


「ってか、うちのサークル、こんなに練習厳しかったっけ?」


 俺が新歓で聞いた時は、本気で優勝は狙ってないから、練習は適当だよとか言ってたけど……


「あぁそっか、大地くんは帰省中で聞いてなかったか! 私たち三年生で話し合って、今年は優勝を狙おう!って決めたんだよ。それで、私が帰った後のGW中の練習時に、みんなにも直接その述べを伝えたんだけど、結構みんな協力的だったよ」

「……」


 なるほど。つまり、俺は知らぬ間に、ガチの部活練のような厳しい練習をされられていたのか……。 通りで練習メニューが高校のサッカー部みたいな感じだなぁと思ったぜ。


「そういうことは早く言ってほしかったです」

「ごめんってば! てっきり、大地くんも知ってるとばかり思ってたから……」


 愛梨さんは宥めてくれたが、俺はしょんぼりとため息をつきながら、哀愁漂う雰囲気のまま、アパートへと向かっていった。


 アパートに到着して、荷物を下ろしてようやく肩の荷が下りる。


「はぁ……疲れた」


 荷物を置いて、脱力していると、突然愛梨さんが後ろから抱き付いてきた。


「えいっ!」

「おっと……あぶねぇ……って愛梨さん!?」


 愛梨さんの方からこうして甘えるようにスキンシップを取ってくるとは珍しい。


 愛梨さんのフワフワとした温かい体温が背中全体に伝わっていた。特に愛梨さんの二つの柔らかいボールのような胸の膨らみが、背中にクッションのように当たり、とても心地よかった。


「大地くん、元気出して? さっきの件のお詫びと、今日ゴールを決めたご褒美……ね?」


 愛梨さんが後ろから優しくそう語り掛けてきた。俺の機嫌を取ろうとして、必死になっている愛梨さんについ頬が緩む。俺は、お腹に回していた愛梨さんの手を掴む。


「あっ……」


 俺が愛梨さんの手を握ると、愛梨さんは可愛らしい吐息を吐いた。

 全くこの人は……


 さっき、冨澤先輩におもちゃにされているといわれたが、確かに周りから見たらそう捉えられるのかもしれない。だが、こう不意打ちに素で照れている素の愛梨さんを見ると、おもちゃ扱いされているわけではなく、しっかりとお互いのことをよく観察しあい、好きな気持ちをより育んでいるのがよくわかる。


 俺が愛梨さんの綺麗な腕を触りながら観察していると、愛梨さんが困ったように身体をゆさゆさと揺らしていた。それと共に、愛梨さんの大きな二つのおっぱいもゆさゆさと揺れて、俺の背中で動いて気持ちがいい。


「だっ……大地くん、そろそろ離してよ……」


 恥ずかしそうに身をよじって愛梨さんが言ってきたので、俺は名残惜しみつつも、ゆっくりと愛梨さんの手を離してあげた。

 

 愛梨さんも手をゆっくりと俺の身体から離した。

 俺の背中に当たっていたおっぱいの感触の余韻に浸っていると、愛梨さんはツンツンと指で俺の頬をつついてくる。

 

 咄嗟に俺が愛梨さんの方へ振り返ると、愛梨さんは身体を縮こまらせ、ムクっと頬を膨らましていた。


「もう……大地くんは時々不意打ちしてくるんだから」

「ダメですか?」

「ダメじゃ……ないけど……」


 愛梨さんがプイっとそっぽを向いてしまったが、その姿が俺にはいとおしくて仕方がなかった。


「……何よ?」


 俺の視線に気が付いた愛梨さんがじとっとした視線で睨みつけてきた。


「いや? 何も?」


 俺はニヤニヤとした笑みを浮かべ、してやったりという表情をして見せる。

 しばし二人の間に沈黙が流れたが、嫌な沈黙では全くない。


 そんな甘酸っぱい雰囲気の沈黙から逃げるように、愛梨さんがぱっと立ち上がる。


「とっ、とりあえず私、シャワー浴びてくるから」

「うん、行ってらっしゃい」


 俺がヒラヒラと手を振って、洗面所の方へ駆け込む愛梨さんを見送る。

 愛梨さんは頬を染めながら、一瞬俺を睨みつけたが、もうこれ以上何を言っても埒が明かないと判断したのか、すぐに逃げ込むように洗面所へと向かっていった。


 ようやく一段落して、荷物をまとめようとしゃがんだ時だった。洗面所の方から顔を覗かせた愛梨さんから声を掛けられる。


「そうだ、大地くん」

「はい?」


 愛梨さんは、羽織っていたカーディガンを脱ぎ、白シャツとズボン姿で部屋に戻ってくる。


「先週私が置いていった、紫のブラってある?」

「えっ……あっ!」


 そうだ! 先週愛梨さんが雨で濡れてしまい、そのまま置いていってしまった紫のブラ。 

 あれ、土曜日に愛花にばれて大変だったんだからな!?


「あ……もしかしてぇー」


 俺がばつの悪い表情を浮かべていたので何かを察したのか、愛梨さんがにやにやとした顔で尋ねてくる。


「使ってカピカピにしちゃった?」

「いやっ? 何を!?」

「だから、私のブラをおかずに一人で自家発電を……」

「するわけないでじょ!?」


 なっ、何を言い出すかと思えば……


「え~本当かなぁ??」


 先ほどとは打って変わって、今度は愛梨さんが俺をからかうような目で見つめてくる。切り変えの早い人だ全く……


 俺はひとつ咳き払いをしてから口を開く。


「そこのタンスの下の段に入ってますよ」

「否定しないってことは、やっぱりしちゃったんだね♡」

「最初に否定しましたけど!?」


 本当だよ!? 本当に使ってないからね!?


「まあいいや、ありがと。ちゃんと洗濯までしてくれたみたいで」


 愛梨さんはそう言うと、トコトコとタンスの方へ向かって行き、一番下の段のタンスを開けた。


「左側にあると思います」

「お、あったあった、サンキュー」


 タンスから取りだした紫色の花柄ブラを手に取り、それをヒラヒラとさせながらにやけ顔で見せつけてくる。


「はいはい、分かりましたからさっさと風呂に入って来てください」

「はーい」


 愛梨さんをあしらうと、今度こそ愛梨さんはシャワーを浴びるために洗面所へと向かって行った。と思ったら、またもや洗面所から顔だけを出して声を掛けてくる。


「あ、そうだ。今日つけてたブラまた残しておくから、たくさん使ってね♡」

「いや、だから使いませんって!」

「今日はピンクだから~」

「ちゃんと持って帰って!!」


 愛梨さんにおもちゃとしてからかわれる運命は、どちらにしろ変わらないのかもしれない。

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