第94話 相合傘

 金曜日、今日は午後から雨が降りだしてしまったため、『FC RED STAR』の活動は、急遽お休みになるという連絡が来ていた。

 俺は夕方まで授業があるので、待ち時間にカフェスペースで外国語の小テストに向けた勉強をしていると、後ろから急に声を掛けられた。


「やっほ~大地くん」


 耳元で囁くように声を掛けられ、身体がビクっと反応した。

 クルっと向き直った先にいたのは、クスクスと笑っている愛梨さんであった。


「ふふっ、やっぱり大地くんの反応って面白い!」

「面白がらないで下さいよ」


 俺は、じとっとした視線で愛梨さんを睨みつける。


「あら? 何、その反抗的な目は??」


 含みのある笑みを浮かべながら、愛梨さんが俺をじぃっと見つめてきた。

 腕をそのたわわな胸の下で組んでいるため、白いTシャツがはち切れてしまうのではないかと心配になるほど、おっぱいが強調されていた。

 思わずその強調された胸に視線を向けていると、ニタっとしたような笑みを愛梨さんが浮かべた。


「へぇ~大地くんって、こういう大きいおっぱいが好きなんだぁ~」


 愛梨さんがわざと前屈みになり、さらに胸の大きさを強調するかのように見せつけてきた。どうやら完全に愛梨さんの策に嵌ってしまったようだ。

 俺は罰が悪くなり、愛梨さんから目線をスっと逸らす。


「べっ……別にそういうわけじゃ……」


 嘘です。めっちゃ、愛梨さんの胸ガン見しながら、『柔らかそうだなぁ~』とか考えてました。

 心の中でそんなことを思いつつ、あえて本当のことは言わずに愛梨さんにはお茶を濁す。


「ふぅ~ん、そっかぁ~、じゃあ『私のおっぱい触っていいよ』って言っても、大地くんには触らせてあげない~」

「え?」


 俺は思わず残念そうな表情で愛梨さんの方を向いてしまう。しかし、そうなってしまえば、愛梨さんの思惑通りである。


「どうしたの?」


 ニタっとした笑みを浮かべながら、屈んで自分の胸を強調しつつ、首をチョコンと傾け、上目づかいで俺の顔を覗き込んでくる。


「あっ……いやぁ、そのぉ……」


 俺が返答に困っていると、愛梨さんは姿勢を正し、今度は指を唇に当てて、上の方を向いた。


「でも~泊りに行かないからって、好きな女の子を1週間も連絡もせずに放置しっぱなしの大地くんだしなぁ~」


 俺の胸にグサリと矢が突き刺さった。そうだ、俺はこの一週間、愛梨さんに問題が解決するまでは泊りに来ないといわれ、それに甘えて連絡を一切しなかったのである。


「そんな女の子を誑かしまくってる大地くんには、それ相応のお仕置きが必要かなぁ~」

「うわぁぁぁぁ、ごめんなさい! 愛梨さん! 嘘です!! 俺は愛梨さんのおっぱい触りたいと思ってるのに、1週間も連絡しなかったどうしようもないクソやろうです」


 俺は、すぐさま愛梨さんの方に向き直り、深々と頭を下げた。

 一瞬カフェスペースの空間が静まり返り、冷たい視線とヒソヒソ話が聞こえてきた気がしたが、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。


「はぁ……顔上げて、大地くん」


 愛梨さんは、大きくため息をついた後、俺に顔を上げるように催促した。

 俺が顔を上げると、胸の前で手をチョイチョイと振り、小さく手招きをしていた。

 それに従うように、愛梨さんの口元へ耳を近づけた。


「ま、大衆の前での恥さらしはこのくらいにしておいてあげるから、今日の夜、覚えておきなさいよ」

「は、はい……」


 今の俺に反論する権利はない。ただ、そう返事をするしかなかった。


「じゃ、また後でね!」


 言いたいことを言い終え、満足そうな表情を浮かべながら、ヒラヒラと手を振って、愛梨さんはカフェスペースから去っていった。

 愛梨さんが去った後、周りの視線が一気に俺に集中したが、俺は周りを見ないようにして、机に広げてある外国語の教科書へ再び目を向け、勉強を始める。

 しばらくすると、カフェスペースは、いつもの空間へと戻っていった。


 それにしても……愛梨さんをほったらかしておいたお仕置き。俺は一体どうなってしまうのであろうか……俺はそのことばかりを頭の中で考えてしまい、全く小テスト対策の勉強の内容が頭に入らず、気が気じゃない時間を過ごすことになってしまった。



 ◇



 外国語の授業が終わり、荷物をまとめて教室を出た。

 今回の小テストは散々な結果に終わってしまった。これも自分のせいだな、トホホ……

 項垂れながら階段を降りて校舎の外へ向かうと、ザァっという音と共に激しい雨が地面にたたきつける音が聞こえてきた。

 そういえば、今日はサークルの練習がお休みって言ってたよな。

「また、後でね!」っと言っていたが、愛梨さんは何時ごろ家に来るのだろうか??


 俺はスマートフォンを取りだし、トークアプリを開いて『airi♡』と書かれたアイコンを見つけて、トーク画面を開き、メッセージを打ち込んだ。


『今授業終わったんですが、愛梨さんは何時ごろ家に来ますか?』


 と、メッセージを送ると、すぐに既読が付いた。


『私もまだ大学だから一緒に帰ろ』


 どうやら、愛梨さんはまだ大学内にいるらしい。そして、一緒に帰ろうと誘ってきた。


『分かりました。どこに向かえばいいですか?』


 俺がそう返事を返した時だった。


「ちゃんと連絡したのは偉いぞ~」

「!?」


 耳元で誰かに囁かれ、思わず身震いをしながらピョンっと飛び跳ねて振り返ると、そこには口元を手で抑えながら爆笑している愛梨さんがいた。


「アハハハ!! やっぱり大地くんの反応最高……!」

「愛梨さん……ったくもう……」


 いつの間に、背後に迫ったのだろうか……恐ろしさも感じつつ、愛梨さんをじとっとした目で睨んだ。


「何? その反抗的な目は? 私のこと1週間も弄んで放っておいた大地くん」

「そ、それをだしに使うのやめてくださいよ」


 何も反論が出来なくなってしまい困る。


「それでいいのよ。大地くんを逆らえないようにしちゃうんだから♪」


 ペロっと舌を出して、可愛くウインクをしながらとんでもないことを言ってきた。

 もしかして、これも愛梨さんの計算通りに物事が進んでいるということなのであろうか? いや、これ以上深く聞くのはやめておこう。


 そんなことを考えていると、愛梨さんが再び俺の元へ近づいてきた。


「さっ!ってことで、今日はサークルも休みなわけだし、大地くんと二人っきりの時間をたっぷりと味わわないとね!」


 そう言いながら愛梨さんは、俺の右腕を掴んできた。

 自分の腕をギュっと俺の右腕に巻き付けて、その柔らかい身体を当ててきた。

 というか……愛梨さんの大きな柔らかい胸がモロに当たっている。先ほども視線誘導をされたのに、今度は直に感触が伝わって……

 神経が愛梨さんの胸に集中してしまい、色々とメンタルが持たないので、愛梨さんからほんの少し離れようとすると、愛梨さんが俺の腕を引っ張り、再び愛梨さんの大きな胸が俺の腕に押し付けられる。そして、そのまま顔を耳元へ近づけてきた。


「大地くんには、私の虜になってもらわないといけないからね~」


 そう言って愛梨さんは、ニコっとした笑みを浮かべて笑っていた。

 もしや……これも愛梨さんの作戦の内……なのか!?


「それじゃあ、折角だし、どこか食べに行こう!」


 腕を大きく上に挙げて、出発進行!とでも言うかのように、愛梨さんが楽しそうにしていた。


「お、おー……」


 俺もそれにつられて、恥じらいながらも左手を上げる。


「あ、そうだ。今日は私をほったらかしにした罰として、このままで相合傘ね!」

「えぇ!?」


 あっ、相合傘だとぉ!? しかも、この愛梨さんの胸がもろ当たってくっ付いた状態で!?!?


「何、その驚いた顔は? 別に見られても減るものじゃないでしょ? そ・れ・と・も・私と恋人に思われたくない理由でもあるのかな??」

「いやいや、そんなことは……愛梨さんと一緒に相合傘出来るなんてホント夢みたいですよ」

「そっか、ならよかった! それじゃあ、早く傘差して!」

「は、はい」


 俺は愛梨さんに指図されるがままに、傘を広げて、相合傘をしながら歩き始める。

 外に出ると、ザザっと傘に雨粒が当たる音が鳴り響いた。


「そういえば、食べに行くって言ってましたけど、どこ行きます?」

「うーん、そうだなぁ……」


 愛梨さんは指を唇に当てて考えていた。

 すると、はっ!と思いだしたように、何か閃いたような表情を浮かべた。


「そうだ! 地元の駅前にずっと気になっているお店があるんだけど、そこにしない?」

「いいですよ。ちなみに何屋さんですか?」

「フッフッフ~それは着いてからのお・た・の・し・み」


 可愛らしく俺にウインクをして、そう言ってきた愛梨さんは、とても楽しそうであった。

 大学から駅までの道を歩いている間、愛梨さんは俺から全く離れようとせず、その豊満な胸を俺の腕に押し付けながら、二人で相合傘をして歩いていった。

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