第84話 私の救世主

 俺が『ビストロ』と飛び出して、真っ先に向かったのはドラックストアだ。

 萌絵のもう一つのバイト先であり、俺と萌絵が初めて出会った場所である。


 俺は『ビストロ』からそう遠く離れていない、商店街にあるそのドラックストアへ駆け込んだ。


「あの!すいません!」

「は、はい……」


 突然走りこんできた俺に対して、ビクっとレジにいたメガネの店員は驚いていたが、そんなことお構いなしに俺は質問をした。


「あの……ここで働いてる萌絵……いやっ、吉川萌絵を見てないですか?」

「え? 吉川さん?」


 しばし困ったようにレジの店員がおどおどしていると、後ろの方から社員さんと思われるお兄さんが声を掛けてきてくれた。


「あぁ……吉川さんなら『しばらく休みを下さい』って連絡が来たよ」

「それっていつ頃か分かりますか?」


 俺がお兄さんに尋ねると、首を傾げながらお兄さんは思いだそうとしてくれる。


「うーん……確か金曜日だったはずだけど……」

「分かりました、ありがとうございました!」

「あ、ちょっと!」



 俺は一礼をして、お兄さんの呼び止めを無視して、すぐさまドラックストアを後にする。


 商店街へ出ると、空が段々と暗くなり始め、辺りを街灯の光が照らし始めていた。駅の方から帰宅途中のサラリーマンが多く商店街の道を歩いてくる中、俺はその波に逆らうように駅の方へと向かって走っていく。

 

 結局、商店街の中を必死に探し回ってみたものの、萌絵の姿はなかった。

 勢いよくビストロから飛び出してここまで探し回ってみたものの、まず、萌絵の心当たりある場所は見当もつかない。


 俺は一度探すのを諦めて、スマホの萌絵とのトークアプリを開く。

 木曜日にトークをした画面を最後に、音沙汰がない萌絵のトーク画面を眺め、ダメ元で一度通話ボタンを押してみることにした。


 一度大きく深呼吸をしてから、震える手を抑えつつ通話ボタンを押した。スマホをゆっくりと耳に近づける。


「頼む……がってくれ」


 その想いが届いたか分からないが、3、4回ほどコールが鳴った時であった。ガチャっという音が鳴り通話がつながった。


「はい……」

「萌絵! 大丈夫か!? 今どこだ??」


 電話越しに聞こえる萌絵の声は、明らかにかすれ声で、元気のない様子が伺えた。


「大地くん……公園……」

「公園?? どこの??」

「……」


 場所を聞いても萌絵からの返答はなかった。どうやら萌絵は今公園にいるらしい、俺はこの辺りで思い当たる公園は一つしか分からないが、一か八か向かってみることにする。


「分かった。今向かうから待ってろ!」

「うん……」


 微かに萌絵の返事が聞こえたのを確認してから電話を切る。

 俺は再び走りだして、唯一アパートの近所で知っている公園へと向かった。

 都内に公園なんて何千とあるため、その公園に萌絵がいるとは思えないが、ゼロではない可能性だけを信じて、俺はただひたすらに全速力でその公園へと走った。



 ◇



 私は公園のベンチでただ一人何もすることなく座りこんで脱力していた。

 この1週間家にも帰らずに、ずっとカラオケや漫画喫茶などのお店を転々としていた。

 手持ちに持っていた残金も底をつき、キャッシュカードを生憎持ち歩いていなかったため、今はこうして放浪者として公園で佇んでいた。


 スマホの充電も、そろそろ限界が近づいてきた時だった。

 一件の着信が画面に表示される。その人物は大地君であった。

 その画面を見てホッとしてしまう自分がいた。しかし、すぐに首を振って意識を消す。


 今回の件に関しては大地君には頼らない。自分の中でそう決めていたから。


 しかし、精神的限界と体力的限界が近づいていた体が、勝手に通話ボタンに触れてしまう。

 私は、スピーカーモードにして意を決して声を出した。


「はい……」

『萌絵! 大丈夫か!? 今どこだ??』


 あぁ……1週間ぶりの大地くんの声だ。私のことを心配してくれてる、嬉しい……

 私は安堵感と共に大地くんに助けを求めようと、今いる場所を言おうとした。

 しかし、やはり大地くんに頼っていいのかわからないという自分の中での葛藤があった。


「大地くん……公園……」

『公園?? どこの??』

「……」


 そして、私は抽象的なことしか言わず、大地くんに少し意地悪なことをしてしまった。


『分かった。今向かうから待ってろ!』

「うん……」


 それでも大地くんは、どこの公園かもわからないというのに、私を探しに来てくれるみたいだ。本当どこまで優しいんだか……


 電話を切ったところで、丁度スマホの充電がそこを尽きた。これで大地くんとの連絡は取れない。

 後は大地君が見つけてくれるまで、ここにいるだけだ……


 私はベンチの上に足を乗せ、体育座りの体制で身を屈めた。辺りは真っ暗になり、公園の街頭だけが今は頼りである。

 住宅街にある公園は一気に静まり返り、暗闇特有の物々しさを醸し出していた。


 私は一人ここで夜を過ごすことになりそうだ。胸がすごく苦しい……怖くて仕方がなかった。徐々に身体が震えだし、今にも恐怖で叫びたくなるような恐怖感にかられ、地面に映る自分の影をじぃっと見つめた。


「大地くん……助けて……・」


 恐怖心が限界に近づき、気が付いた時には私はそう呟いていた。

 その時だ。


「萌絵!」


 遠くの方から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 その声の方へと顔を向けると、歪む私の視界の中に、一人の救世主が公園の入り口に立っているのが見えた。

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