第83話 二人のこと…そして失踪

 土日の間、俺は先週の愛花の行動と、萌絵の言動についてひたすら考えた。


 愛花に関しては、どこか愛梨さんと似ているような部分がある。最初から好きだと俺に迫り、毎週泊まって私の魅力を存分に知ってほしいと言ってきた。

 それからというもの、愛花は俺と一緒にいたいがために、担当の先生をわざわざ俺に変更したり、隙あらば俺と一緒にいたいという気持ちを全面に出していた感じがする。

 それにもかかわらず、俺はその気持ちを踏みにじるかのように、何も連絡なしに帰省して、勝手に授業を休んだ。愛花の今一番の楽しみを自分が潰してしまった。そりゃ、愛花も怒るわな……

 俺が自分でしてしまったことを改めて反省し、来週ちゃんと謝ろうと心に誓った。


 そして、もう一人の人物。萌絵のことであるが、悩みに悩んだ末に……



「あ~もう! 全くわからん!」



 俺は布団の中で横になりながら頭を抱えゴロゴロと転がり呻いていた。


 ドラックストアで、初めてあった時の萌絵から随分と意気投合して、俺の中でのイメージは大分変わったと思う。

 だが、萌絵が初めて泊りに来た時に言っていたのは、『両親が男を連れてきたから家に帰れない』それが表向きの理由であった。


 それ以降、毎週のように俺の家に泊りに来ていた萌絵であったが、本当にそれだけが理由なのだろうか?? お金もかからずに好意で俺が泊めているので、萌絵自体には都合のいい話だろう。しかし、それならば他の友達の家でもいいはずなのだ。よりにもよって萌絵は異性である俺の部屋に泊まるというリスキーな選択を毎回行っているのだ。

 それには、やはり萌絵なりの本当の理由というものがあるのだろう。だが、俺はその萌絵なりの本当の理由とやらがなんなのか? それが全く見当も付いていなかった。


 結局、ずっと考えたものの、答えを導くことは出来ず、明日直接萌絵に色々と事情を聞いてみるしかないという結論に至った。



 ◇



 土日回って月曜日、再び週の始まりがやってきた。

 俺はいつもより早く目が覚めてしまい、やることもなかったので、早めに大学へ行って時間を潰すことにした。

 俺が扉をガチャっと開けると、廊下にはスーツを着こなし、足元に赤いキャリーケースを持った優衣さんが立っていた。


「お~大地君おはよう!」

「おはようございます。そんなに大きな荷物持ってどうしたんですか?」


 俺がその足元に置いてある大きなキャリーケースを見ながら質問を投げかけると、「あぁ~これ?」と苦笑しながら、優衣さんも俺の目線につられるように足元のキャリーケースを見つめた。


「大地くんには後で連絡しようと思ってたんだけどね。実は……」


 優衣さんは顔を俺の方へ上げて嫌そうな顔をした。


「会社の研修で1週間大阪の施設の方に泊まり込みで行かなきゃいけないんだよ……ホント、最悪だよ~」


 嫌そうにブツブツと愚痴をこぼしながら、優衣さんは地面をガツっとヒールで蹴っ飛ばした。

 そんなに嫌な研修なんだな……


「そうだったんですね、大変ですね」

「だから大地くんにも1週間会えないの、ごめんね~」

「いやいや、1週間くらい、なんてことないですって」

「あ、そうだ!」


 すると、何か思い出したかのように手を合わせた。


「はい、おいで~」


 次の瞬間、優衣さんは両手を伸ばして広げるようにして、俺を胸に迎え入れようとしてきた。

 だが、俺は手を横に振って断りを入れる。


「ごめんなさい。今はそういう気分じゃないので」

「おりょ、食いついてこないなんて珍しい」

「すいません……」

「それじゃあ、帰って来た時に思う存分味合わせてあげる」


 優衣さんはそんなことを屈託のない笑顔で言って見せる。

 だから、俺もコクリと頷いた。優衣さんが帰ってきたら、思う存分楽しもう。


 そんなことを思っていると、優衣さんはふと腕時計に目をやった。


「おっと、いけない! 私、電車の時間ヤバいから先いくね」


 優衣さんは踵を返して、顔だけを俺の方に振り返り敬礼ポーズを取ってから歩いていった。

 途中階段でキャリーケースを落っことし、慌てて階段をダッシュで優衣さんは掛け降りていき姿が見えなくなった。


 そんな嵐のような出来事がありながらも、無事にキャリーケースを拾い上げた優衣さんが、アパート入口の道からもう一度手を振ってきた。

 俺もそれに返すように手を振り返すと、今度こそ駅の方へと向かって駆け足で優衣さんは去っていった。


「よしっ、俺も行くか……!」


 自分に独り言を言い聞かせ、俺も優衣さんの後を追うように駅へと向かって歩きだした。



 ◇



 大学に行ってからはドタバタした一日となってしまった。今日提出の課題があったことを完全に忘れていて一気にやり切ったり、授業の教室が変更になっていて、それに気づいておらず、急いで教室を移動したとか……


 そんなことをしているうちに、あっという間に授業も終わり、電車から降りて今はレストラン『ビストロ』の前に立っていた。


 あれから全然萌絵のこと考えられなかったけど、まあしょうがないよな……なるようになれ! そう思いながらお店のドアを開けて店内へと入った。


「おはようございます」

「あっ、おはよ。大地くん……」


 店に入ると、挨拶も手短にレジ前で話していた愛梨さんとマスターが心配した表情を浮かべており、不穏な空気が立ち込めていた。


「どうかしたんですか?」


 俺はそんな二人の様子を見て、何があったのかと問いかけた。

 すると、愛梨さんが深いため息をついてからボソボソと話し出した。


「マスターから聞いたんだけどね、萌絵ちゃんが先週の火曜日を最後にアルバイト来てないらしいの、大地くん何か知らない?」

「えっ……」


 俺は予想外の事態に頭が真っ白になった。先週の火曜日ということは俺と一緒にアパートの前まで帰った後である。


「今まで、一回も連絡なしで休むなんてことなかったから心配でね。ご両親にも連絡したんだけど、ここ1週間家に帰ってないらしいんだよ」


 マスターが心配な表情で俯きながら、事の状況を話してくれる。

 先週から帰ってない?! 確かに俺は、自宅へ帰る萌絵をアパートの前で見送った。それは間違いなかった……俺は嫌な予感が頭の中でしてきていた。


 木曜日に連絡した時の『もうだめ・・・』と一言帰って来たメッセージ。


「マスター……今日バイト休んでもいいですか?」


 気が付いた時には、俺はそうマスターに尋ねていた。


「あぁ……別に構わないが、何か萌絵ちゃんについて知っているのかい?」

「見つけ次第連絡しますので、では!」

「あ、ちょっと大地くん」


 愛梨さんに声を掛けられたが、俺はその声に反応することなく店を飛び出ていた。



 ◇



「あ、ちょっと大地くん!」


 大地君は私の呼びかけに応じることなく、すぐさま店を出ていってしまった。


「行っちゃったね……」

「はい……」


 私はマスターと二人でポカンと口を開けながら、大地くんが去っていった入口の扉の方向を見つめていた。


 あの慌てっぷりから見て、大地くんは萌絵の今回のことを何かしら知っているのだろう。

 そして、この間言っていた大地くんが考え事をしている女性というのは恐らく萌絵のことだということも……先ほどの話を聞いて、あの様子の変わりよう……本人に聞かなくても答えが出ているようなものだ。


「はぁ……」


 それにしても、萌絵ちゃんが大地君の家に泊まっていたとはね……思わずため息が漏れる。

 初めて大地くんをこの店に連れてきた時、大地君と萌絵が知り合いだったのは正直疑問に思っていたけど、そういうことだったのねと納得がいった。

 まあでも、大地くんも萌絵も可愛い後輩ちゃん達だし、私としても仲がいいのは嬉しいことだし、萌絵も大地くんもどっちもいい子だから微笑ましいのだけれど……

 随分と近くにライバルがいたものね、知り合いがライバルってなると、余計に妬けちゃうな。


 ホント大地くんは罪な子だなぁ……


「はぁ……」


 私は再び深いため息をついてから、切り替えるように踵を返して、お店の業務へと戻った。

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