第42話 運命(愛梨3泊目)
俺と愛梨さんはお店を後にして、アパートへの帰り道を二人並んで歩いていた。
「いやぁ……まさかマスターが大地くんのねぇ~」
「僕もびっくりしましたよ」
二人ともお店で起こった衝撃的な出来事に、花を咲かせずにはいられなかった。
◇
「お待たせいたしました。ビーフシチューです」
萌絵が湯気の立ち込めた暖かそうなビーフシチューを、俺の前に提供してくれた。
「どうぞ、召し上がれ、きっと大地くんも感動すると思うから!」
愛梨さんは俺の方を見ながら、ニコニコと期待して眺めていた。
そうやってまじまじ見られながらだと、食べづらいんですけど……
「いただきます……」
そんなことを思いつつも、俺は前に置かれたビーフシチューをスプーンで一救いして、フーフーと冷ましてから口に含む。
口にビーフシチューを入れた瞬間。目を見開いた。
このホロっと肉が口の中でほぐれていく食感、そして何よりこのコッテリともあっさりとも言えない絶妙な滑らかさに口当たりの良さ、間違えるはずがなかった、このビーフシチューは、南家特製ビーフシチューそのものだった。
「どう? 美味しいでしょ?」
愛梨さんが嬉しそうな笑みを浮かべ俺を覗き込んでくる。
俺は気が付いた時には立ち上がり、カウンターにいる高野さんを食い入るように見つめた。
ガタっという音が店内に響き、一斉に俺の方を全員が向いた。
「どうしたのかな……?もしかして……美味しくなかったかい?」
高野さんは心配そうに、俺の表情を伺っている。
「あの……つかぬことをお伺いしますが、このビーフシチューって高野さんが発案したものですか?」
「え? あ、いやっ、これは僕が当時北海道にいた時に、たまたま入った喫茶店で元々提供されてたものでね。それを食べて僕は感動してね。惚れんこんで何回も店に足を運んで、『このメニューの作り方を教えてください』って何度も頼み込んで手に入れた究極のメニューさ。同じ味に完成させるのに随分苦労したんだけどね、今となっては、お店の一番人気メニューまでに上り詰めた、究極の逸品だよ」
高野さんがこのビーフシチュー発祥の敬意を説明してくれた。
「そのお店の名前って覚えてますか?」
俺はそんな偶然があるのかと、まだ疑いながらも質問を投げ掛けた。
「あぁ、もちろんさ、忘れるわけがない。お店の名前は『レストラン
間違えない、確信に変わった瞬間だった。
俺の母親が開業したときに俺と妹の名前『大地』、『大空』を店の名前に入れて付けたレストラン『大地空』。まさか、こんなところで繋がりがあるとは……
俺は唖然とした表情をしながら、高野さんを見つめた。
「え? その話がどうかしたの?」
「何かあったの?」
愛梨さんは俺の方を見て不思議そうな表情をしていた。
萌絵も厨房から出てきて、何があったのか分からないと言ったような表情でこちらを眺めていた。
「高野さん……」
「お、おう、どうした?」
高野さんがビクッとなりながら、不安そうに俺を見つめていた。
そして、俺は体を大きく折り曲げて頭を下げ、
「ここで働かせてください、よろしくお願いします!」
◇
と、いうような出来事がレストランであったのだ。
「まさか、自分のお袋の味を都内のこんなところで食べられるとは夢にも思ってませんでした」
「確かに、大地くんからすれば南家の味だもんね」
俺と愛梨さんは、アパートの部屋に到着して荷物をまとめながら話していた。
「高野さんに息子ですって言ったら、凄い表情してましたもんね」
「ホントね、驚きすぎてグラス落として割っちゃうし、あんまマスター私初めて見たよ。挙げ句の果てには『南くん、いや、大地師匠。この店を継がないか?』なんて言ってたし!」
「あはは……流石にあれは驚きました。肩思いっきり捕まれて真剣な表情でいってくるんですから」
俺と愛梨さんはお互いにシャワーを浴びて、歯を磨き、布団を敷き終わったところだった。
「よしっ、じゃあ寝よっか!」
愛梨さんが当たり前のように俺の布団に入ったときに、状況を理解した。
「で、なんで愛梨さんが俺の部屋で寝ようとしてるんですか?」
「え? だって、一緒に寝たいでしょ?」
「いや、意味わかんないです」
愛梨さんは俺のジャージを着こなして、キョトンとした表情を浮かべていた。
「だって、こんな運命的な話を聞かされちゃったら、大地くんと出会ったのも運命感じちゃうわけじゃない? だから、その運命的な出会いに乾杯~! 的な感じで、一緒に寝よっていう感じ?」
愛梨さんは俺の布団に寝転がりながら、理論だっていないことを言ってくる。
「いや、だとしても、なんで同じ布団なんですか」
「いいからつべこべ言わず、こっちに来る!」
「あ、ちょっと」
愛梨さんは俺の腕を掴んで布団中へと俺を引っ張った。
引っ張られた俺は、なすがままに愛梨さんの隣にダイブする形で飛び込んだ。
体が布団に吸収され、愛梨さんと向かい合う。愛梨さんの顔が目の前にあり、俺は思わず見とれてしまう。
「やっと来てくれたー」
「愛梨さんが無理やり来させたんでしょ」
「むー。そういう態度はポイント低いぞ!『愛梨のためにそばに来てやったぞ』くらい言わないと!」
「そんなキザなセリフは言いません」
頬をぷくっと膨らませながら、愛梨さんはご不満な表情を浮かべていたが、スっと真剣な表情に変わる。
「ねぇ。大地くんは、私との出会いに運命って感じない?」
「え?」
「運命……感じなかった?」
甘えるようなトロンとした表情で俺を見つめてくる愛梨さん。まるで、俺との出会いが、愛梨さんにとっても運命だと言いたげな表情で……
「それはっ……」
もちろん俺も忘れるわけがない、入学式のあの日、愛梨さんと目が合ったあの瞬間。胸の鼓動が早まり、ドキドキが止まらなかったあの時を。 俺は再び愛梨さんを真っ直ぐ見つめる。
目の前にいる愛梨さんは、今も変わらず俺にとっては勿体ないくらいの可愛さで、ドキドキさせられっぱなしで、俺のドストライクのタイプの女性で、俺にとっても特別な存在で……
「好きです」
「へ?!」
俺は気がついたときには、そう口にしていた。
愛梨さんが驚いたように顔を真っ赤にしている。
「あ、いやっ! その、今のは……」
俺は、はっ!となって、言い訳をしようと目を泳がせる。
「そ、そうなんだ……」
愛梨さんは一言ボソッと言うと、くるっと寝返りを打ち、反対を向いてしまう。
「愛梨さん?」
「おやすみ、大地くん!」
そう言い残して、愛梨さんは何も発言することはなく、眠りについてしまった。
俺は心臓の鼓動がバクバクと脈打ちっぱなしであったが、慌てて愛梨さんに毛布を掛けてあげる。
そして、少し落ち着いたところで来客用の布団を取り出して、愛梨さんのとなりに敷き、横になって電気を消した。
俺はようやく肩の力を抜いて息を吐いた。
やってしまった、愛梨さんに「好きです」と告白をしてしまった。
愛梨さんはそれに対して何も言わなかったが、嫌われてしまったに違いない。
気まずい……明日起きた時になんと声を掛けたらいいのだろうか。
そんなことを、一晩中ひたすら考えなくてはならなくてはなってしまった。これは、今日の夜も長丁場になりそうな予感。
◇
深夜、真っ暗の部屋から、スースーと寝息がやっと聞こえてきた。どうやら、大地くんはようやく眠りについたようだ。
私はふぅっと息を吐いて肩の力を抜いた。
それにしても、最初は照れ隠しのつもりでからかっているだけだった、でも大地くんは「好きです」と私に対してはっきりと言った。
また思い出して顔が熱くなる。胸がキュンと締め付けられるような感覚になり、頬を手で押さえて悶えた。
大地くんが……大地くんが私のこと好きって……
あー、どうしよう!!
これから大地くんにどうやって顔を会わせればいいの? あーん、わかんないよー!!
私は一晩中、夜が明けるまでひたすら考える羽目になってしまった。
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