第41話 大事な話(愛梨3泊目)
金曜日、今日はサークル『FC RED STAR』の活動に参加せず、最寄り駅で愛梨さんを待っていた。
◇
朝、大学へ向かっていると、スマホで愛梨さんから連絡が来た。どうやら連絡先をサークルの人から教えてもらったらしい。海をバックに帽子を被り、白いワンピースを着こなしている姿のアイコンで『airi♡』と表記されていた。
文面には、
『ごめんね、急に連絡して。そのね、大事な話があるから、授業終わったら、今日はサークル休んでもらって、家の最寄りで待っててくれないかな?』
と書かれていた。
俺は、大事な話という部分にとても引っ掛かりを覚えたものの、すぐに
『わかりました。じゃあ、18時過ぎに駅で』
と返信を返して愛梨さんと待ち合わせを交わした。
それにしても、大事な話とはなんであろう? 俺はふとこの間の愛梨さんの言葉を思い出した。
『大地君のことが、特別だからよ……』
いやいやいや、ないない。俺は一人電車の中でぶんぶんと首を横に振った。
とにかく、愛梨さんから誘ってくれたわけだし、今日は授業が終わったらすぐに駅へ向かおう、そう心に決めて大学へ向かった。
しかしながら、結局授業中も愛梨さんからの大事な話がなんなのか気になり、全く授業の内容が頭に入ってこなかった。
◇
午後の授業が終わり、大学をすぐに出て、電車に乗りこみ、待ち合わせの時間ピッタリに最寄りの駅に到着して、駅の柱のところで今に至る。まだかまだかと、愛梨さんを待ちわびていると、駅の階段を登ってくる愛梨さんを発見した。
愛梨さんは、黒のドレスコードのような格好をしており、普段よりもさらに大人びた雰囲気を醸し出していた。そして、何といっても、これでもかというほどに強調された胸が歩くたびに揺れていた。
愛梨さんは俺の存在に気が付くと、ニコっと笑みを浮かべてこちらへ向かってくる。
「やっほ、大地君。ごめんね、急に誘っちゃって」
「いえいえ、愛梨さんの誘いなら全然構わないですよ」
愛梨さんは挨拶話も早々と切り上げ、俺を手招きしながら歩き出した。
俺たちの家がある方とは反対の出口を下りて、商店街を歩いていく。
愛梨さんは俺の一歩前を歩き、顔色をうかがうことは出来ないが、足取りから見ても楽しそうな様子だ。
しかし、俺は楽しさ反面、これからどこに連れていかれるのかという疑問が多少なりともあった。
「あの、愛梨さん」
「ん、なに?」
ニコニコとした笑みを浮かべながら愛梨さんが振り返る。
「今から、どこにいくんですか?」
「それはついてからのお楽しみ♪」
愛梨さんはいたずらっぽい笑みを浮かべ、ペロッと下を出してそう言った。どうやら、着くまで教えてくれることはなさそうだ。
「俺、こんな格好で大丈夫ですかね?」
俺は愛梨さんの格好を自分の格好を見比べ、今から行くところは、場違いな服装なのではないかと、今度は不安になってきた。
「大丈夫、大丈夫。ただ、私が今日はこういう気分なだけだから!」
「そうですか」
不安を抱きつつも、歩みを止めずに目的地へと足を進めた。
「到着~ここだよ」
「ここって……」
愛梨さんが指さしたのは、駅前から少し歩いたところにあるレストラン『ビストロ』であった。
入口の両脇には、俺が初めてみた時と変わらずに置かれているワイン樽が店の雰囲気を演出していた。
愛梨さんはトコトコと奥まったお店の入り口の方へと進んでいく、俺もその後を追うように入口から店内へと入る。
ドアを開けると、カランカランという音と共に「いらっしゃいませ、少々お待ちくださいませ」とおしとやかな雰囲気の声が聞こえてきた。
店内を見渡すと、30人ほどが入れるほどのカウンターとテーブル席がある細長い店内で、カウンターの上には、ブランドものであろうか? 様々なワインの瓶が綺麗に並べられていた。
店内は閑散としており、テーブル席にいるカップル一組のみであった。
そして、カウンターの中には、ドリンクを作っている30代前半ほどのスラッとした体系の細身の男性が、丁寧にグラスを拭いていた。
「やっほ~マスタ! 連れてきたよ」
「ん? あぁ、なんだ愛梨ちゃんか」
愛梨さんがマスターと呼んだカウンターの男性が、こちらを向いて微笑んだ。
「例の子連れて来ました」
「ほう」
マスターは顎に手をやり、吟味するように俺を眺めていた。まじまじと見られ、思わず背筋が伸びる。
「あの愛梨さん……これは……?」
状況が読み込めず、俺は愛梨さんに問いかける。
「あぁ、今日は大地くんの面接」
「はい?」
訳が分からなかった、俺の面接? どういうこと?
「このお店、男手が足りてなくて、マスターが『大学にアルバイトしてくれそうな子いない?』って聞かれて、ピンっと来たのよ」
事の次第を愛梨さんが説明してくれた。つまりはなんだ……俺は愛梨さんのバイト先にいい人がいないかって聞かれて、俺を思いつき、ここへ連れてきたと……
「あはは……その様子だと、愛梨ちゃんから何も説明を受けていないようだね」
カウンターにいたマスターが苦笑いを浮かべていた。俺はコクリと無言で頷く。
「すいません。お待たせしちゃっ……て……」
すると、厨房の方から一人の女性が出てきた。俺はその姿を見て目を見開いた。
「萌絵!?」
「えっ、大地くん!? なんでここに?? それに、愛梨先輩も一緒だし」
そこには、白のシャツに黒のズボンを着こなしたウェイトレス姿の萌絵がいた。
萌絵は、トレンチを持ちながらポカンとした表情を浮かべ俺を見つめていた。
「え、なになに? 二人は知り合い!?」
今後は、愛梨さんが驚いたように俺と萌絵を交互に見つめる。
「ほう、萌絵も知り合いなのかい?」
「えぇ……大地くんとは友達……というかなんというか」
「出会ったのは最近なんですけど、意気投合して仲良くなったんですよ」
「はい、そうなんです!」
俺たちの関係性をうまく表現できずに困っていた萌絵に、俺がすかさずフォローを入れた。
マスターと愛梨さんは「へぇ~」っと興味津々な表情を浮かべ、俺と萌絵を覗き込んできた。
「ま、愛梨ちゃんと萌絵ちゃんと知り合いなら話が早いかな」
マスターはそういうと、持ち場を離れ、入口の方へと向かってきた。
「改めて初めまして、南大地くん。僕はこの店でオーナーをやってます。
「はぁ……」
高野さんに唐突にそんなことを言われ、俺はたじろいでしまう。
「大丈夫、ここの料理を食べれば、大地くんも納得すると思うから」
愛梨さんがグッドサインを、俺に向けて出しながら言ってくる。
「いや、でも……」
「大丈夫、そもそも今日は大地くんに料理を食べてもらうのが目的だったわけだし、ほら行った行った」
「えっ?ちょっと……」
俺は愛梨さんに押されるがままに、カウンター席へと案内された。
カウンター席の端の席に俺と愛梨さんは隣り合わせで座り、荷物を椅子の下の棚に置いた。
愛梨さんはカウンターに胸を乗っけるように頬杖を付いた。俺はその姿をじっと見つめていた。
「おしぼりとお冷やです」
「ありがとうございます」
しばらくして、おしぼりとお冷を持ってきた萌絵が、愛梨さんから見えない位置で俺を手招きした。
「大地くん、愛梨さんとはどういう関係なの?」
「どういう関係も何も、サークルの先輩だけど……」
「本当にそうかな?? 愛梨さんはただの後輩とは思ってないみたいだけど」
「へっ!? それってどういう……」
「何々二人して何コソコソ話してるの?」
俺たちが小声で話していると、愛梨さんがニヤニヤと俺たちの方を見て詮索してくる。
「な、なんでもありません。どうぞ、ごゆっくり」
萌絵はぷいっと頬を染めながらそっぽを向いて、そそくさと厨房の方へと消えていってしまった。
「さてと、なに食べよっか?」
「どうしましょうか?」
愛梨さんからメニュー表を手渡され、メニューを眺める。
メニューには一般的なスパゲッティーやハンバーグなどが書かれていた。
そして、中でも特に目を引いたのは『手作りビーフシチュー』とデカデカと掲げられた文字に、ドンッと半ページを使って紹介されている写真であった。
「お、うちのビーフシチューに目をつけるとはお目が高い。ここのお店の一番人気メニューなんだ。半分以上のお客さんが頼んでいくよ」
「そうなんですか。でも、愛梨さん」
俺はメニューから目を離して、愛梨さんの方を真っ直ぐ見つめた。
「ビーフシチューに関しては、俺は厳しいですよ」
そう宣言して、俺はビーフシチューを注文した。
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