第28話 つかめない先輩(愛梨2泊目)
「やっほ、泊まりに来たよ」
愛梨さんは手をフリフリしながら訳のわからないことを言ってきた。愛梨さんの髪は少々濡れており、どうやら化粧をしていないようで、普段とは違いあどけなさがいつもより目立っている印象を受ける。コートの下には、紺色の寝間着と思われるジャージを着こなしていた。
俺がポカンをそんな愛梨さんを観察していると、プッっと笑われた。
「何? そんなポカンとしか顔しちゃって。さっき話したじゃん、『泊まりに行っていい?』『はい。』って」
俺は別れ際の挨拶を思い返す。確かに愛梨さんは「また後でね」と言っていた。
「え? さっきの『後でね』って、そういうことだったんですか!?」
「他にどういう意味があるわけ?」
愛梨さんは可笑しそうに首をかしげた。全くもうこの人は……俺はそんなことを思いつつため息をついた。
「ありゃ? さっきはいいって言ったのに、もしかしてダメだった?」
ワザと上目づかいで、目をうるうるとさせながら俺を見つめてくる愛梨さん。だから、その上目づかいは反則だろ……
どうやら、疲れ切って愛梨さんの話を聞き流しているうちに、俺は愛梨さんの宿泊を許可していたらしい。何という策士……じゃなくて失態。
これに関しては、自分が話をちゃんと聞いていなかったのが悪いので、一息ため息をついてから答える。
「はぁ、わかりましたいいですよ。どうぞ上がってください」
「やったぁ! おじゃましまーす」
俺は愛梨さんを家に上げた。愛梨さんは嬉しそうにしながら家の中へ入ってくる。
靴もサンダルを履いているだけで、裸足のためポイっと簡単にサンダルを足から脱ぎ捨てて部屋へと入って来た。
「あれ? もう布団敷いてある、早いね」
「久々に運動して疲れましたし、明日も授業あるんで早めに寝おうかなと……」
「そかそか」
愛梨さんは2回ほど頷いて、ニコニコとしながら俺の方を向いた。そして、次の瞬間、とんでもないことを言い放った。
「じゃあ、一緒に寝よう」
「は?」
俺はフリーズした。え? 一緒に寝る? なんで? 確かにこの間は事故みたいな感じで同じ布団で寝ちゃったけども……ってかまず重要なことを聞き忘れていた。
「というか、なんで愛梨さんは俺の部屋に泊りに来てんですか? しかもその格好、寝る気満々じゃないですか……」
「だから、言ったじゃん。大地くんが『いいよ』って言ってくれたって」
「そうじゃなくて、普通男の人の家にヒョイヒョイと簡単に泊まりに来ないでしょ、って話です」
「だから、それは……大地くんが特別だからだよ」
愛梨さんはウインクをしながら可愛らしく答えた。
え、何? 特別ってそういうことなの!?
俺は愛梨さんから言われた言葉に心臓がキュっと縮まるのを感じた。
「特別って、つまり俺のことが……そのぉ……」
「何かな?」
愛梨さんは、俯きながらモゴモゴする俺の顔を覗き込むように、体を下に傾けて俺の視界に割って入ってくる。
俺はさらに顔を下に逸らしつつ、ぼぞっと口を開く。
「その……俺のこと……す、好きってことですか?」
「さあ? どうでしょう?」
愛梨さんは上目づかいで、俺をからかうような表情をしながら覗き込んでくる。どうやら俺は、完全に愛梨さんのペースに飲みこまれてしまったようだ。
「いや、今のは忘れてください……」
「えぇ、どうして?」
ダメだ……このままでは愛梨さんに話の主導権を持ってかれっぱなしだ。俺は目を泳がせながらどうしようかと考える。
愛梨さんはそんな悩んでいる俺のことも既にお見通しのようで、ニヤニヤとしながらこちらの様子を伺っていた。
俺は愛梨さんからふいっと体の向きを逸らして、布団の方へ向かっていく。
「もういいです。俺は寝ます」
「あー逃げた」
「もうなんとでも言ってください」
愛梨さんの罠に嵌ってしまい、逃げることしか出来なかった。
俺は来客用の布団を納戸から取りだし、俺の布団から少し離れた横に敷いた。
「ありがと」
布団を用意してくれたことに愛梨さんは律儀にお礼を言ってきた。
「とりあえず、寝るだけですからね。俺明日も授業あるので」
「わかってるって。それとも、大地くんは他に何を期待していたのかな?」
また、愛梨さんがからかうように笑みを浮かべていた。
「はい、電気消しますよ」
「あ、ちょっと無視しないでよ~」
頬をムクっと膨らませて不満を呈していたが、真面目に受け答えをしてしまえば、また愛梨さんのペースに持っていかれてしまうので、とっとと布団に入り寝る体制に入る。
愛梨さんも慌てて来客用の布団の中に入り、寝る体制を整えた。
「おっけい、消していいよ」
愛梨さんからそう声を掛けられて、俺は部屋の明かりを消す。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
お互いに布団へ入り、楽な姿勢を模索して毛布を体に掛けた。
◇
しばらくして俺は練習の疲れがどっと押し寄せてきて、睡魔が一気に襲ってきた。
俺が眠りにつく、という時であった。
俺の布団の後ろからモゾモゾと何かが動く感触がした。
睡魔から現実に呼び戻された俺の思考は目を覚ました。
チラっと愛梨さんの方を見ると、目の前に愛梨さんの顔があり、ニっとした笑みを浮かべながら俺のことを観察していた。
愛梨さんと目が合う。
俺のドストライクのタイプの顔が目の前にあり、思わず抱きしめたくなってしまう衝動をかろうじて抑えつつ、俺は無表情で愛梨さんに尋ねる。
「……何してるんですか」
俺が目を細めながら、じとっとした目線を返す。
そんなことを気にせずに、愛梨さんは面白そうに微笑む。
「ん? 何って大地くんの寝顔を拝借しに……」
「いいから自分の布団に帰ってください!」
俺が愛梨さんの肩を押して、無理やり愛梨さんを来客用の布団へ返そうとする。
「えぇーいいじゃん別にぇー。それに、こんなにセクシーな先輩が目の前にいて、一緒に寝てあげるなんてご褒美でしかないでしょ!」
「自分でいいますかそれ……」
「私。JD、許可なしでも男の人と寝れる。それに、私が許可してる。何も問題はないでしょ?」
「いや、俺の気持ちも考えてくださいよ」
「え? 大地くんは私と一緒の布団で寝ることは嫌?」
首をクイっと傾けて顎に指を当てて愛梨さんは俺に聞いてくる。
「それは……」
もちろん一緒に寝たいです! とは言えないので、俺は愛梨さんの問いに対しての返答に言葉を詰まらせてしまう。
それを待っていたかのように、愛梨さんは口角を上げて、ニコっと悪い笑みを浮かべて、そのままモゾモゾと身体を布団へと侵入させてくる。
「何も言わないなら、一緒に寝たいっていう風に捉えさせてもらうわね」
そう言って、愛梨さんは俺の隣にぴったりと寝っ転がってしまう。
「……」
俺も反論することが出来ず、少しでも気を逸らすため寝返りを打ち愛梨さんとは反対側を向いた。
正直、明日も朝早いので、これ以上愛梨さんのお遊びに付き合っているわ訳にも行かない。後ろに愛梨さんがいるのは忘れ、とっとと寝てしまうことにする。
いつもなら緊張して眠れないところであったが、今日は疲れもあったため、徐々に睡魔が襲ってきてくれた。
そんな睡魔のまどろみの中、俺はふと頭の中で思ってしまう。
あぁ……愛梨さんの方を向いて寝ればよかったなぁ……と。
そして、俺は身体を再び動かす間もなく、再び睡魔の闇に落ちていった。
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