第17話 酔っ払い 朝 (優衣1泊目)


 ピピピピっというアラームの音が鳴った……ような気がした。

 俺は目を開ける。しかし、目の前が真っ暗だった。まだ夜中なのか?

 

 すると、何かやわらかとした弾力のものが顔にぶつかった。温かくて、とても落ち着くような柔らかさに、再び睡魔に襲われた。だが、なんとか負けずに粘り、顔を動かそうとした。しかし、何かに抑え込まれたような感覚があり、顔を動かすことが出来ない。

 

 俺は力を入れて顔を何とか動かした。すると、外からの明かりが視界に入り、目の前の景色が浮かんで来た。

 目の前には、紫色の布地のものに覆われた肌色の柔らかい物体が二つあった。

 しばらくなんだろうとボケっと考えていると、今後は嗅覚が冴え始め、甘酸っぱい匂いが鼻を刺激する。ボオッとしていた頭が冴え始め、ようやく目の前にあるものが何なのかと、自分が今置かれている状況を把握した。


 俺は優衣さんに頭を両腕で抑え込まれて、そのたわわな胸に顔を埋めた状態になっている。

 そして、何故か優衣さんはワイシャツを脱いでおり、ブラと下着のみの状態で俺の布団に侵入してきていた。


 俺は力を振りしぼり、優衣さんの魔の手から離れようと必死に顔を動かした。しかし、優衣さんは再び力を強め、俺は再び大きな膨らみの元へ抱き寄せられて、心地よい海へと埋もれる。


 目覚ましの方向へ顔を何とか向けて、手を伸ばした。何度かバシバシと空を切りながらも、目覚ましのアラームの停止ボタンを押すことに成功する。


 なんとか目覚ましが鳴り止むと、ムクっと優衣さんが体を動かしたので、俺は今だとばかりに一気に力をいれて、優衣さんの魔の手から脱出することに成功した。

 起き上がった俺の眼下に見えたのは、紫のブラと下着姿で俺の布団に潜り込んでいる優衣さんだった。

 優衣さんは、吐息を吐きながらようやく目を開けた。


「お……おはようございます……」

 

 俺はおそるおそる声を掛けると、優衣さんはパっと目を見開いて飛び起きた。


「え? 大地くん!? なんで! ってあれ? ここ大地君の部屋……?? あれ? 私なんで下着?!」


 状況が理解できずに終始驚いていた。どうやら、昨日のことは覚えていないようだ。


「その、優衣さん昨日外の廊下で潰れちゃってて、それで俺が気づいて介抱したんですけど、家の鍵が見当たらなかったので、仕方なく俺の部屋の布団で寝かせてあげたって感じです。下着なのは、暑いって言いながら、優衣さんが自分で脱いでました」

 

 俺が昨日の出来事を簡潔に説明すると、優衣さんは自分がした昨日の出来事を頑張って思い出していた。


「確か私、同僚の子たちとお酒飲んで……それで家に着いたと思って……はっ!」

 

 どうやら色々と思い出したようだ。


「本当にごめんなさい!」


 下着姿のまま、地面に頭を付けて、優衣さんは俺に土下座をしてきた。なんだこの光景、つい最近見たなと思いながら、俺は優衣さんへ向き直る。


「別に気にしないでください。酔いつぶれちゃうことなんて誰でもあることですし。あと、その……服を着てくれると助かります。そこに掛けてあるので」

「へ? あ、そ、そうだね! ごめんごめん。今着るから!」


 ドタバタと慌てて優衣さんは立ち上がり、ハンガーに掛けてあったスーツを着はじめた。

 俺は優衣さんが着替えている間後ろを向いていたが、ふと声を掛けられる。


「その……私達、色々やらかしてないよね?」

「やらかしてないとは?」

「そのぉ、エッチなこととか……」

「大丈夫です。それはないですから」

「そ、そっか、よかった」

 

 まあ、俺にとってはご褒美みたいなマシュマロのような二つの枕は堪能させてもらいましたが……・などとは口が裂けても言えなかった。


「着替え終わったから、こっち向いて平気だよ」


 俺は優衣さんの方を向くと、スーツ姿に身を整えた優衣さんが、顔を赤らめながらも申し訳なさそうな表情をしていた。


「その……ごめんね、私大地君に迷惑ばかりかけっぱなしで。本当は直さなきゃって思ってるんだけどね。すぐに空回りして、また失敗して迷惑かけて」

 

 優衣さんは、今にも泣きだしそうな悲しい表情をしながら俯いてしまう。俺はそんな優衣さんを見て、どこか放っておけないような感じがした。そして、頭を掻きながら言った。


「別に構いませんよ。全然迷惑とも思ってないですし。それに……そういうおっちょこちょいなところも、優衣さんの魅力だと思いますよ」


 俺は、素直な気持ちを優衣さんに伝えた。

 優衣さんは、少し驚いたような表情をしていたが、段々と顔が真っ赤に赤くなっていった。優衣さんは、突然何かを思い出したかのように、くるっと体を反転させ、玄関の方へ猛ダッシュして、靴を履いて扉を開けた。


「じゃあ、私帰るから。ごめんね!」


 優衣さんは、嵐のように去っていってしまったが、


「ありがとう」


 と、小さな声で呟いたのが聞こえたような気がしたのだった。

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