第7話 天使のような女性
二日後の朝。
俺はスーツに身をまとい、ネクタイを締める。鏡で身だしなみを整えて、スーツにほこりなどが付いてないかを確認する。
「よしっ!」
今日は大学の入学式、俺は身支度をして家を出た。鍵を閉め、戸締りがされているかもう一度確認する。施錠がされていることを確認して、俺は歩き始める。
すると、隣のドアが勢いよく開かれた。
「やばいやばい」
そう言いながら出てきたのは、優衣さんだった。
スーツをだらしなく着こなし、片足でケンケンをしながら、なんとかヒールを履いて、家を飛び出すところだった。
「おはようございます優衣さん」
俺が挨拶をして、優衣さんは、はっ!と俺の姿に気が付くと、にっこりとほほ笑んだ。
「おはよ、大地君! お、スーツじゃん決まってるね! もしかして今日入学式?」
「はい」
「そっかぁ! ま、大学生活これから楽しみな! お姉さんは遅刻しそうだから先に行くね! それじゃ!」
手をかざしながら嵐のように優衣さんは階段を駆け下り。小走りに駅の方へと走っていった。
どうやら寝坊して遅刻しそうなんだなありゃ……優衣さんのポンコツっぷりに俺は苦笑いを浮かべつつも、優衣さんの姿が見えなくまるまで見送った。
ちゃんと駅の方向に向かっていき、姿が見えなくなったのを確認してから、俺もその後を追うように駅へと歩いていく。
今日は雲一つない晴天で、絶好の入学式日和であった。
駅までの道中にある公園には、桜が満開に咲き乱れており、時折風が吹くと散って地面に落ちている花びらが、紙ふぶきのように舞い上がっていた。
そんな街の様子を観察していると、駅前まで到着した。
朝のラッシュの時間帯と重なり、駅前には多くのスーツ姿のサラリーマンが電車へ乗るために、駅の改札口へ列を作っている。
俺もその列の大群の中に混ざりこんで、駅の改札を抜けてホームへと降りる。ちょうど乗る方の電車が到着してドアが開いたところだった。
ぎっしり詰まった肉まんのように人が詰め込まれている電車内に、俺は唖然とした表情になる。もう入りきらないのではないかという車内に、さらに人が具材のように詰め込まれていく。
俺もとっさにその具材の波に呑み込まれるようにして、なんとか電車に乗ることに成功する。
やがて電車のドアが閉まり出発した。
ガタンゴトンと電車に揺られながら、必死に自分の立つスペースを確保する。
一時間目から授業がある日は、これよりももう少し早く登校しなければならないので、これと同じくらいの混み具合が予想させる。そんなことを考えてしまい、思わず背筋がぞっとした。
北の大地にいた時には、こんなに混んでいる電車には乗ったことがなかったため、目が回ってしまいそうだ。というか、俺の地元は電車が走ってても一時間に一本しかない。
なんとか耐えていると、ようやく電車が大学の最寄り駅に到着する。ドアが開いた途端、大勢の人が外へ放り出された。俺はなんとか人込みをかき分けながら、ホームへ降りることに成功した。
ホームには、スーツ姿の若者が大勢電車から降りてきていた。どうやら、同じ目的の人たちが、この通勤電車という荒波にもまれて、ここまでやってきたらしい。ここまでくるだけなのに、一日分の疲れを蓄積したかのような疲労感がどっと押し寄せてくる。俺はなんとか足を動かしながら改札口へと歩みを進めた。
高架になっているホームから階段を下りて地上に足をつくと、10メートルほど先に大きな改札口が見えてきた。
改札口を出ると、前には多くの金髪の若者や、黒髪メガネの若者が、スマートフォンを片手に、一緒に入学式へ行く友達との待ち合わせをしていた。俺もその若者たちと同じように、スーツのポケットからスマートフォンを取りだした。
時間を確認すると、待ち合わせ時間ピッタリになっていた。
辺りを見渡すと、爽やかな雰囲気を醸し出しながらも、少し大人びたような雰囲気の厚木らしき人物を発見した。その人物の元へ近づいていくと、隣にもう一人女性が立っていた。
髪の毛を後ろに結んでいたので、雰囲気が前と違い、最初はよく分からなかったが、だんだん近づいていくと高本であった。
厚木と高本は、俺の存在に気が付くと、手を大きく上げてこちらに声を掛けてきた。
「おっす!」
「おはよ」
「おはよう、ごめん。待った?」
俺が申し訳なさそうにそう尋ねると、ニコニコとしながら高本が答えた。
「全然! 私らも今来たとこだし」
「それなら、よかった」
俺がほっと胸を撫で下ろして一息入れると、今度は厚木が仕切りだす。
「よっしゃ、じゃあ会場に向かいますか」
「おけ」
「おう。行こう」
俺たちは3人で入学式の会場へと向かう。会場といっても、一番生徒を収容できる大学の講堂なのだが、俺たちはどこか神妙な面持ちで会場へと足を運んでいた。
駅前から少し離れた大学へと続く一本道へ入ると、高本がふと話を切りだす。
「そういえば、綾香っち残念だったね」
「そうだな……」
「ま、確かに人気女優なわけだし、仕方ないわな」
井上さんは、学部の入学者代表として前列に座らなくてはならないらしく、残念ながら一緒に入学式に出席することは出来ないとのことだった。
まあ、そりゃ人気女優ともなれば、大学側も入学生代表の模範として、推薦したくなるわな……そんなことを3人で喋りながら歩いていると、気付けば大学の前に到着していた。
正門から講堂までは、一直線に道が伸びているのだが、その一本道の両端には連なるようにテントが建てられていた。
入学式が終わった後、新入生に部活・サークルの勧誘活動のビラ配りをするのがこの大学の伝統だそうで、講堂までの一本道には、既に在校生とみられる大学の先輩たちが、ビラ配りの準備を、割り当てられたテントで忙しそうに作業していた。
「噂には聞いてたけど、こんなに規模が大きいんだなうちの大学の勧誘活動って」
左右をキョロキョロ見渡しながら俺がテントの数に圧倒されていると、二人の笑い声が聞こえてくる。
「南そんなにキョロキョロしてると」
「田舎者みたい」
俺は顔を真っ赤にして二人の方を向いた。二人は少し馬鹿にしたような表情を浮かべて笑っていた。
「うるせぇな、田舎者で悪かったな」
「そうだよね。北の大地も南大地だもんね……ぶっ!」
この間の自己紹介が、相当お気に入りだったのか、高本が俺の自己紹介のシャレを言ってみせ、また一人で爆笑している。
「おい、やめろって」
俺を思ってなのか、珍しく厚木が高本に注意する。厚木は俺の方を向いて苦笑いを浮かべながら……
「でも、確かにそんなにキョロキョロばっかりしてたら、田舎者だと思われるから気を付けろよ」
と、軽い口調で俺に注意してくれた。
「おう、分かった」
厚木は意外といいやつなのかもしれない、そんなことを思ったのもつかの間。厚木は再び高本の方へ近づいていき、高本の耳に口を近づけた。
「他にも色んなところ連れていったら、アイツ面白そうだな……」
「確かに……『ここは日本なのか!?』とか言って、マジで驚きそうだよね……ぶっ!」
「バカ笑うなよ」
「だって想像しただけで……・ぶはは」
高本は、ついに我慢できなくなって大笑いする。
「二人とも聞こえてるんだけど……俺も流石にそこまで変な反応はしないから」
俺は軽くふてくされるように、ふいっとそっぽを向いて拗ねた。
「ちょっと、ごめんってば!」
「そうそう、ほんの冗談だから!」
二人がそんなことを言ってるのをよそ目に、俺はカツカツと足音を鳴らしながら先に進んでいってしまう。
「あ、ちょっと待ってってば」
「悪かったって」
悪気が全く感じられないような口調で、二人は俺の後を追いかけてくるのであった。
講堂の方へと近づいていくと、新入生たちが入場の順番待ちの列をなしていた。俺たちもその列の最後尾に並ぶ。
「うわーなにこの列、キモ」
「アトラクション並に並んでんな」
厚木と高本の二人は、うんざりとしたような表情を浮かべていた。
やはり、楽しい行事でなければ、列に並ぶことは苦痛でしかなく。しばらくすると、三人とも暇なので、スマホをそれぞれ操作し始めてしまう。
俺はスマホで通知などをすべて確認し終えて、ふと顔を上げた。
一本道の真ん中に伸びる長い列の左側のテントをふと目をやると、とあるテントに3人ほどのメンバーがビラ配りの準備を終えたのか、テントの下でおしゃべりに興じていた。
俺は、その中の一人の女性に視線が釘づけになった。
少し茶色がかった黒髪、セミロングの髪がウェーブになびいており、くりっとした可愛らしい瞳、ちょこんとした可愛らしいあどけなさが残る顔つきにもかかわらず、にこっと笑っている姿は、可愛らしくもあり、どこか大人の余裕さえも感じられるような笑顔、出ているところは出ており、その美しさと共に見とれてしまうほどの体のライン。白いワンピースから伸びた、少し肉付きもよくすらっとした足。そして何といっても、隠しきれないあの大きく育った胸! なんと表現すればいいのかわからないが、とにかくものずごい。全体を言いくるめて、一言で言うならば俺のドストライクのタイプ。そう、天使が舞い降りたのだった。
俺は、ずっと彼女を見つめたまま、目を離すことが出来なくなってしまった。
やがで、彼女はおしゃべりしていた二人と別れ、テントの前で一人になる。
すると、その天使は俺が釘づけになっていたことを知っていたかのように、俺の方を向いた。目が合った瞬間、彼女は少し不思議そうにこちらの様子を伺いながら首をかしげていた。俺は彼女のひとつひとつの動きを鮮明に目に焼き付ける。そして、天使はにっこり俺に微笑み掛けてきた時、完全に俺の心はその天使のような女性に奪われてしまったのだった。
俺は、ぼおっとその女性を見つめることしかできないでいると、彼女は少し上目遣いのような仕草を見せたかと思うと、ひょこっと体を少し斜めに傾けて、キラっという効果音が聞こえるのではないかというほどに、可愛らしいウインクを俺に向けてきた。
ウインクを終えると、軽く手を俺に向けて振った女性は、回れ右をして講堂の方へ歩いて行ってしまった。
俺はその女性が去っていくのを、姿が見えなくなるまで眺めていた。
「お、やっと列が動いたな」
「おい、南? 南!」
気が付いた時には、既に列が動き始めており、厚木に思いっきり肩をたたかれていたところだった。
「どうした、そんなにぼけっと同じ方向を眺めて」
「あ、悪い悪い、なんでもない!」
俺は名残惜しさをなんとか飲み込んで、彼女が歩いていった方向から視線を逸らして、入学式の会場へと向かって歩き出した。
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