第5話 身勝手な幼馴染
初回登校日の帰り道。俺はまだ、夢うつつな気持ちだった。まさか、あの女優の
確かに俺が入学した大学は、多くの芸能人が卒業しているとは聞いていたけど。まさか、あの井上綾香が同じになるとは……
あの後、衝撃のカミングアウトから固まっていた三人は復活し、井上さんの仕事の時間まで、二時間近く食堂でずっと話をして大分仲良くなった。今思うと、目をキラキラさせながら井上さんに対して失礼な質問を連発した気がする。
なぜこの大学に入学したの? とか、なんでそんなにかわいいの? とか、俺ファンです!! とか、ズバリ!スリーサイズは? とか……
つか、ほどんど失礼な質問してたの厚木だわ。ってか俺一つも質問してないや。
それで最後に、トークアプリのアカウントをお互いに交換することになって……
「あんまり仕事とかで授業出れないから、ノートとか見せてほしいんだけど……」
「全然いいよ! むしろ俺が取ったノート試験に使っちゃっていいからさ」
我一番に厚木がそう言っていたのを思い出して、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
俺は、電車内でボケっとしながら、トークアプリの新しい友達のところに表示されている『あやっち』という名前をずっと見ていた。
さすが芸能人、名前バレしないように、あだ名でアプリを使っている。俺なんて普通に名前使っちゃってるしな……
今気づいたけど、一応相手は芸能人だし気を付けないとな、トーク内容とか見られたらまずい気がするし。そんなことを考えていると、タイミングよくトークアプリからメッセージが届いた。
宛先は春香からだった。トークアプリを確認すると
『大地の家って最寄りどこ?』
という内容だった。俺は最寄り駅の駅名を春香に教える。
すると、すぐに既読がついた。
『今から、あんたの家行っていい?』
えっ、今から? いきなり急だなと思いつつ、春香に返信をする。
『別にいいけど、なんかあった?』
『何? 用がなきゃ行っちゃダメなわけ?』
『いや、そういうわけでは……』
『じゃあ、私の勝手でしょ』
「あぁ……」
俺は一人電車の中で苦笑を浮かべる。これは何か問題が起こった時の春香だ。実家に住んでたときも、母親とケンカしたり、友達と何かあったりした時、いつも俺の部屋に来ては愚痴を叩いていた。この時期を察するに、おそらく大学で何かあったのだろうと考えて『わかった、何時ごろ着きそう?』と返信を返した。
また、すぐに既読が付き。
『15時ごろには着きそう』
と返ってきたので、
『わかった、じゃあ15時に駅前でな』
と返信を返して、スマホアプリを閉じた。
しばらくすると、電車は最寄りの駅に到着した。
時刻は13時を回ったところであった。
俺は昼ご飯をまだ食べていなかったので、昼食を取ることにした。駅前にあるフォーストフード店に入り、ハンバーガーのセットを注文する。お金を払い、一分ほど待つと頼んだ商品を渡される。注文した商品が並べられたトレイをもって、併設させている食事コーナーがある二階へ登り、一人用の席に着いた。
はぁっと一息ついてから、ハンバーガーを口に入れた。
◇
昼食を食べ終わり、ハンバーガーショップから出た。待ち合わせ時間まで、時間が余っていたので、駅周辺の散策をすることにした。駅前は商店街になっており、真昼間にもかかわらず多くの人でにぎわいを見せていた。
俺は、家とは反対側の方へ向かって歩いてみる。反対側には飲食店や専門店が多く立ち並んでいた。中でも目を引いたのはインド料理屋さん。店の前の看板にカレーセット、ナン食べ放題700円とデカデカと書かれていた。中の様子を覗くと、インド人と思われる人たちが、ホールと厨房に合わせて四、五人作業しているのが見えた。お客さんはまばらながらも、料金的にはお得なので、今後の夕食の候補として入れておくことにした。
商店街も外れの方に差し掛かり。お店の数も少なくなって来たので、飲食店探しをやめ、今後はアルバイト出来そうなお店を探すことにした。
母親から毎月五万円ほどの仕送りは送ってもらえるとのことだが、家賃四万円のアパートから水道光熱費を差し引くと、雀の涙程度の値段しか残らない計算になるので、早急にアルバイトをしなければならなかった。
どこかいいところはないかと、商店街を駅の方向へ戻りながら進んでいると、とある居酒屋の入り口に、アルバイト募集中の張り紙がしてあるのを見つけた。張り紙に近づいてみる。『自給1030円』と書かれた張り紙のある居酒屋は、いかにも大衆居酒屋という感じの雰囲気だった。
『うーん』
心の中で渋い表情を浮かべながら、次のお店を探す。
次に目に入ってきたのは、入口の両脇にワイン樽が置かれているおしゃれな雰囲気が漂うお店だった。
お店自体は奥まっていたため、お店全体を伺うことは出来なかったが、こぢんまりとしていて、落ち着いた感じに見えた。ワイン樽の片方にアルバイト募集と書かれた小さな張り紙が貼ってある。
『大学生以上 時給1100円~』
この辺りで1100円はいい値段だと思い。俺は、スマホのカメラでカシャリと写真に撮っておく。
さらに駅前の方に戻ると、ものすごい自転車が置かれている三階建てほどの建物があった。置かれた自転車が、道路まではみ出していて、通行の邪魔になっていた。
どうやら雑居ビルのようで、一階は歯科医院になっていた。
その雑居ビルを通り過ぎようとすると、雑居ビルの掲示板のようなところに、塾講師募集と書かれた張り紙を見つけた。
俺はその張り紙が気になり、雑居ビルの掲示板の前まで足を進めた。この二階が個別塾になっているらしい、塾講師のアルバイトは、週一回以上で時給がなんと2500円と書いてあった。
「すげぇ……さすが塾講師」
俺は、ぽつりとそんな独り言が出てしまう。勉強は苦手ではないほうだったので、塾講師も候補の一つに入れてみようかなぁ。俺は再びスマホでその求人張り紙の写真を撮っておいた。
◇
駅に戻ると、待ち合わせの時間まであと10分ほどになっていた。
俺は駅の改札口につながっている階段を上り、改札口の前で春香を待つことにした。
改札口に到着すると、春香がすでに到着していた。
相変わらずの金髪の髪に、白いシャツに赤のカーディガンを羽織り、黒のジーンズ姿でポーチのような鞄を首から下げつつ、紺のヒールをカツカツと鳴らしながらスマホをしきりに確認していた。
しかし、今日はピアスをしておらず、化粧もそんなにばっちりメイクではなく、最低限の薄化粧という感じであった。こういう感じだと、少々高校の時のようなあどけなさが残っていて、ちょっとは可愛くも思えてくるので不思議だった。
俺が春香の元へ近づいていくと、春香は俺に気がつき、こちらへと近づいてきた。
「よっ」
「遅い」
「いや、約束した時間よりは早く着いたんだし、いいじゃねーか」
春香はいかにも不機嫌そうな表情で俺を睨みつけていた。春香は機嫌が悪い時、外ではあまり会話をしたがらないため、さっさと家に向かうことにした。
「ま、いいや。こっち」
俺は春香を手招きして、アパートへ歩き出す。
「何か買ってく?」
「いや、いい」
春香は不機嫌な口調のまま、一言そう口にして黙ってしまう。俺たちはそれからお互い気にすることもなく、黙々とアパートへの道を歩いていった。
◇
しばらく歩くと、アパートに到着する。
「着いたぞ」
俺がアパートを指さした。
「ボロ、それと遠い」
「第一声がいきなりダメ出しかよ……」
俺は苦笑いをしつつ、アパートの階段を上がっていく。
奥まった廊下の、一番奥のドアの前で立ち止る。
「ちょっと待って」
俺は鞄から家の鍵を取りだして、鍵穴に差し込む。カチャっと施錠が解除される音が鳴り、鍵を外してドアを開けた。
「お邪魔します」
春香は恐る恐る玄関へと入り、辺りを少し見渡すと、ヒールを脱ぎ捨てて、部屋の中へ入っていく。
しばし部屋を眺めた後、何かを見つけたらしく、奥の方へと向かっていった。そして、ボフっという音と共に「はぁ~」と幸せそうなため息が聞こえてきた。
何事かと思い、俺も部屋に入ると、隅の方に畳んであった布団に春香はダイブして、心地よさそうに顔を埋めてスリスリしていた。
「はぁぁ~お布団……」
気持ちよさそうに頬ずりをして幸せそうな声を上げている春香。
俺は見てはいけないようなものを見てしまったような気がして、思わず顔が引きつる。。
すると、春香はムクっと起き上がり、布団を持ちあげ、部屋真ん中あたりに置き、勝手に布団を敷き出した。
「何やってんのお前?」
俺がそう問うと、布団を敷き終えた春香は振り返った。
「え? だって私の家のベット固くてさ、全然寝れなくて。首も凝っちゃうし」
春香は首を手で揉みほぐしながらそう答えた。そして、首から下げていたポーチ程度の荷物を下ろすと、再び布団にダイブした。
「はぁ~。これよこれ! やっぱりお布団が一番!」
俺は唖然とした表情をしながら、幸せそうな表情を浮かべている春香を、ただ茫然と眺めていた。春香は再びムクっと頭を起こすと、布団の下に置いてあった毛布を自分の元へ持っていく。
「私、ちょっと寝るね」
「はぁ!?」
「2時間くらいしたら起きるから~」
春香は手を上にひらひらとした後、そのまま布団にもぐりこんで眠る体制に入ってしまった。
あいつはこういう時、何を言っても自分がやると言ったことは、やるまで機嫌が直らないため、俺は大きなため息を一息ついて、春香の望み通り寝かせてやることにした。
◇
春香が眠ってしまい、やることが特になかったので、俺はスマホで最寄り駅のアルバイトの求人が他にもないか、調べてみることにした。
調べてみると、大手チェーンの居酒屋・焼肉屋などの飲食店。スーパー・ドラッグストアなどの販売店と、商店街で見つけられなかった求人がたくさん載っていた。
そんな感じでアルバイトの目星をつけていると、トークアプリの通知が届く。宛先は「詩織☆」となっており、メッセージには『グループ入って~!』と書かれていた。
俺はメッセージアプリを起動して、グループ招待させているのを確認し、グループに参加した。そこには、既に厚木と井上さんが加入していた、どうやら四人のトークグループを作成したらしい。
俺がグループに参加すると、すぐに高本からメッセージが届いた。
『とりあえず、四人揃ったね! これから色々よろしく!』と書かれたメッセージと共にスタンプが送られてきた。
俺も『よろしく』と送ったついでに、適当にスタンプも送っておく。
『そういえば、明後日の入学式。どうする?』
と厚木が送って来たのを皮切りに、厚木、高本、俺の3人は、入学式の日に大学の最寄り駅で待ち合わせをして、入学式に一緒に行く約束などを決めたりした。
メッセージを送っても既読が2しかつかなかったので、井上さんはおそらく仕事で忙しいのだろう。まあ、後でグループトークを見て何かしらのアクションは向こうから起こすだろうと思い、スマホから目を離した。
すると、丁度布団からムクっと春香が起き上がり、目を覚ましたところだった。
「おはようさん」
「んん~」
春香は、重たそうにしている瞼を擦りながら、俺へ生返事を返してきた。
「それで? 何があったんだよ、急に俺の家に来て」
俺が気になっていた本題に入ると。春香は大きく欠伸をしながら俺の方を向いた。
「え? 何のこと?」
こいつ、寝ぼけてんのか? 一瞬春香の反応にイラッとしたが、何とか我慢して話を続ける。
「何のことって、さっきまで機嫌悪かったじゃねーかよ。またなんかあったのかってこと」
春香は寝る前の出来事を思い出すかのように人差し指を口元に置き「あ~」とつぶやく。
「いや? 別に特には何も」
「はぁ!?」
俺は突拍子もない春香の答えに、思わずズッコケる。
「機嫌悪かったのは寝不足だったからで、大地の家に来たのは布団で寝させてもらうために来たの」
また大きな欠伸をしながら答える春香に、俺は呆れかえった。こいつはなんて自由で身勝手なやつなんだ。
「せっかく心配してやったのに、心配し損じゃねーか」
がっくりと肩を落として落胆していると、さすがに春香も申し訳なく思ったのか、両手を体の前でアワアワしながら言い訳する。
「いやぁ、だって。こっちで頼れるの大地しかいないし。眠すぎて色々と思考も停止してて、考えるのも面倒臭くなってたから……ごめんってば!」
顔を少々赤くしながら春香は謝罪してきた。
俺は色々と言いたいことがあった気がしたが、呆れを通り越し、なんかもうどうでもよくなってきてしまった。ホント、身勝手な幼馴染がいるのって面倒くさいぜ。
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