月下狂瀾夜想曲

谷兼天慈

プロローグ

 仄かな月の光がやさしく包み込む

 聖なる御子よ 月の神よ

 やわらかな銀をまとい

 不思議な瞳を人々に向けている

 癒しの御手でもって

 すべての人々に安らぎを

 永久(とこしえ)に続く

 魂の輪廻に与えたまえ



 夜の砂漠の空に月があった。

 満月までにはまだ少し時が満ちていないらしい。ねずみにかじられたように欠けた、輝ける夜の女王────

 それを見つめる瞳があった。

 黒檀色の瞳。黒く輝くその瞳の奥には、紫色に揺らめくかぎろいが見える。

 少女だった。白く清潔そうなトーガを身につけている。ときおり吹く冷え冷えとした風に衣服の裾を閃かせる彼女は、悲しげな表情を見せていた。

 砂漠の夜はことのほか冷える。彼女の出で立ちは、どうみてもそのような場所には似つかわしくなかった。しかも真夜中である。まわりには月明かりに照らされる砂しかなく、誰もいない。

 たったひとり、音さえも無くなってしまったようなこの砂の世界で、少女は夜空を見上げ立っている。風が彼女の髪を揺らした。真っ直ぐな髪がきらきらと銀色にきらめくさまは、どんな織物の糸にも負けないくらいの美しさだ。

「Flay me to the moon……」

 少女のかわいらしい口から不思議な言葉がもれた。

「And let me play among the stars……」

 それは歌うように呟かれ、そよぐ風に乗る。

「Let me see what Spring is like

 On Jupiter and Mars……」

 すると次の瞬間、ふいっと少女の姿がかき消すように消滅した。

「Flay me to the moon……」

 あとにはただ風だけが、少女の呟きをどこまでも運んでいく。そして月は何事もなかったように輝いていた────

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