第84話 怒りが募りながらも一点に気付く

 授業が始まり、学校はいつも通りに過ごしている様に見えてそうではない。周りからはヒソヒソと俺の方を見て漢城とどういう関係なんだ?と言う声が聞こえてくる。

 俺は別に何も悪い事はしていないし、怒りもしない。ただの、いつも通りの騒がしい日常だと思えば微塵も何も思いはしないのだが、漢城の方はどうなのだろうか。


 昨日漢城のお母さんに話を聞いて少しずつ漢城が学校が楽しかったと言っていたのに、俺のせいでそれが崩れるかもしれない。それが何よりも悔しく重く体にのしかかる。

 俺が傷つくのは別に平気だ。だけど、俺のせいで誰かが傷つくことだけは許容出来そうにない。


 ……怪盗Xは俺を怒らせるツボを良く知っているらしい。


 「――――ちょっとあれは何のよ!朝も教えてくれないし!教えなさいよ!」


 朝は何も話す気になれなかったので、答えなかったのだが、お昼休み、そして放課後になっても南澤が部室に行く途中でしつこい。


 「……ハア。どうせ部室に入れば二度説明しないといけない気がするから部室で話す」


 「それじゃあ早く行くわよ!」


 猛ダッシュで南澤が走っていく。どうしてそんなに気になるんだろうか。漢城が友達だからこそ、聞いておきたいのか?


 「ほら!早く入りなさいよ!」


 「入るからそんなに急がなくても良いだろうが」


 部室の前で南澤に手招きされると、こっちにおいでと猫を手招きされている様に見えるから嫌だ。


 「うーす」


 「あれ?広先輩じゃないですか。遅いですよー」


 「……どうかしたのか?」


 「え?別に何もないですよ」


 ……あれ?俺の勘違い?いや、絶対に違うな。泉は表情こそ笑顔だが、全く笑ってない。俺の眼がおかしいのか、背後からどす黒いオーラが溢れ出している気がする。

 だが、俺の不安を他所に泉は自分の席に座り、


 「それじゃあ広先輩。じっくりお話聞かせてもらって良いですよね?」


 「お、俺なんか今日腹痛が」


 「ね?」


 「……はい」


 え?マジで怖いんだけどこの子は誰だろうか。可愛らしさの微塵も感じられないんだけど。


 「そうね。私もじっくりと話を聞きたいわ!」


 南澤も泉の隣に座ると、何か凄みが増して最早背後に修羅が見える。確かに俺が不用心なのは認めるし、反省もしているが、そこまで怒る事なのだろうか?漢城に怒られるのならまだ分かるのだが、こいつらがどうしてここまで怖いほどに怒っているのかが俺には身に覚えが無さ過ぎて逆に怖い。


 「……ハア。お前らが何を勘違いしているのかは知らないが、別に漢城と一緒に繁華街に遊びに行ったわけじゃない。実は――――」


 一応小野の事は喋ったら折角今何もしていないのに、更に現状を悪化させることはしない方が良いと判断し、ただ寺垣が撮られた場所に行けば何か分かると思い、行ったと言う事にしてある。これなら、変に辻褄があってないことは無いだろう。


 「……そうだったんですね!それなら納得ですよー。そう言う事は早く言ってください!」


 どうやらいつもの泉に戻ったようで、背後に出ていた不穏な雰囲気は霧散して一段落着いたと思ったのだが、南澤だけがじっとこちらを見ていた。


 「……何だよ」


 「別にー。ただ、何で私達でも良い筈なのに漢城ちゃんを連れて行ったのか気になったわ」


 ……本当に妙な所で鋭い女である。漢城を連れて行ったのは信頼しているだkではなく、唯一小野との件で春義の事も知っていたので相談しやすかった。それもある。


 「……お前らが懸命に働いたのは知ってるから、俺は俺でお前らに迷惑を掛けない様にやってただけだ」


 「私は真由美の為なら何でもするわよ。迷惑なんて思ってない」


 南澤が真っすぐこちらを見てくるのだが、そんな純粋な目で見られるのが俺にとって一番苦手だ。


 「……分かったよ。今度は南澤にも手伝ってもらう」


 「任せなさい!」


 「あ!私も頼ってもらって大丈夫ですよ!基本暇ですし!」


 「分かった、分かった。それじゃあ、これからも二人には聞き込み中心で頼む」


 「広先輩は今日から本格的に動くって言ってましたけど、何をするんですか?」



 「それは、まだ分かってないから内緒だ。きちんと俺の推理が合ってるって言う確証が得れたら話す」


 「分かりました」


 「じゃあ愛華ちゃん一緒に文実に行くわよ!」


 「了解です!」


 泉と南澤が元気よく部室を出ていき、本当に一段落着いたのだが、俺にはまだやらなければならないことがある。


 「悪いんだが、部室で居てくれるか?」


 今まで静かに日常的に本を読んでいる清水に一応聞いておく。


 「私は何時もここに居るから大丈夫よ」


 「じゃあ頼むな」


 清水に部室を任せ、俺は最近何故か来ている新聞部の部室の扉をノックし、開ける。


 「漢城!いるか!?」


 「ひゃ!?何です!?……って吉条君じゃないですか。驚かさないで欲しいです」


 部室に入れば、直ぐに漢城を見つけることが出来たのだが、他の部員は見当たらない。


 「お前一人なのか?」


 「今日は文実もありますので、お休みです。私はちょっとだけでも進めて後で文実に行くつもりです」


 今の所見ている中では普通だ。いつも通りの漢城で全く変わらないが、俺の知らない所で漢城は見せない素顔があるのかもしれない。そう思うと、本当に罪悪感が募っていく。


 「……昨日の事は本当に悪かった。俺のせいでこんな目に遭って」


 「あー。あれの事です?今朝出てたって紙の事ですよね?」


 「その通りだ。本当にどう謝罪していいのか分からない。だから俺は頭を下げる事しか出来ない」


 深く頭を下げて漢城に謝罪する。こんな時、何も出来ない自分の無力差に腹が立つが、腹を立てようと俺に出来ることは頭を下げる事しか出来ない。


 「吉条君。頭を下げている所悪いんですが、実は私一切気にしてないんです」


 「え?それは嘘だろ」


 流石に今のは馬鹿な俺でも理解出来る。


 「いや、本当に嘘じゃないんです。今朝見たときは何ですこれ!?って思ったんですが、あの紙のおかげで私に彼氏がいると思ったせいか、無暗に優しくしてくる男子もいませんし、今日なんて牽制してくる女子も来なかったんです。だから、正直怪盗Xの仕業なのかは知りませんが、私的に今回の件は陥れようとしたのかは知りませんが、ラッキーです」


 「……本気なのか?」


 「本気の本気です!逆に嬉しいぐらいです!あ!今のは別に吉条君の彼氏になれて嬉しいとは違いますからね!そこの所を間違えない様に!」


 「いや、間違えないと思うんだが」


 「……それはそれでまるで私が眼中にないみたいで複雑なんですが!」


 「めんどくさ」


 「レデイにそう言う事を言うのは良くないと思います!」


 ……俺の目から見れば、漢城は本当にいつも通り。むしろ嬉しそうに見えるぐらいだ。

 誰がやったのかは知らないが、もしかして漢城にとってこれは嬉しい事なのか?だけど、これから先もこの高校生活でこのままと言う訳にはいかないだろう。


 「漢城。お前は今は良いのかもしれないが、もしも好きな人とか出来たときはどうするんだ?お前がこの現状を受け入れたら俺と付き合ってることになるんだぞ?」


 「別に困らないと私は思いますけどね」


 「何で?」


 「さあ、何ででしょうね」


 何だその意味深な発言は。俺ははっきり言ってくれないと全く理解出来る気がしないのだが。


 「本気で大丈夫なのか?正直今回ばかりは俺の責任だし、流石にどうすれば良いのか分からなかったんだ」


 「……吉条君が弱気なのは珍しいです。まあ、そこまで言うのであれば、もしも誰かに付き合ってるのかと言われたらちょっと濁す程度にして貰えれば大丈夫です」


 「まず俺は聞かれることは無いんだが」


 「あ、因みに『お悩み相談部』の人達には本当の事を言って大丈夫です」


 「もう聞かれたから答えたんだけど、何でだ?」


 「なんとなくです……フェアじゃないのもありますが」


 「フェア?」


 「本当に耳が良い人です!何故こんな無駄な力があるんです!?」


 「いや、何となく聞き取れたから」


 最近は南澤や泉は学習しているのか本当に小さな声でしか発言しないので本当に分からないのだが、今の漢城の声ぐらいなら聞こえる。


 「と、とにかく吉条君は気にし過ぎです!私は全然大丈夫です!あ!もしかして今日一日私の事考えてました?吉条君ったらー」


 「まあな。お前に今日一日どうやって謝罪しようか考えてた」


 「……そうやって返されると私が返答に困るんですが」


 「おちょくって自分で自滅するほど情けない話は無いな」


 「喧しいです!もう、吉条君は私より寺ちゃんを陥れた怪盗Xを見つけ出してください!まあ、根性も度胸所か弱気な今の吉条君には無理かもしれませんが!」


 「ハッ。誰が弱気だ。俺だって怪盗Xがこんなにも慎重な奴じゃなかったら直ぐに見つけ出してやる……ん?」


 ……今何て言った?


 「今なんて言った?」


 「根性も度胸もなく、弱気な吉条君って言いました」


 「そこじゃねえよ!俺今怪盗Xが慎重な奴って言ったよな?」


 「言いましたね」


 ……何で俺は怪盗Xが慎重な奴だと思ったんだ?何でそう思った?

 怪盗Xは寺垣の紙を出すとき大胆な行動をしているのに、俺はどうして怪盗Xが慎重な奴だと感じたんだ?


 「……吉条君?急に黙ってますがどうしました?」


 「……なあ、漢城。お前から見て怪盗Xってどんな奴だと思う?」


 「うーん。学校にバレたときの事も考えていないお馬鹿です。後はここまでしてくるほどの大胆な発想の持ち主なんじゃないんです?」


 「……そうだよな」


 何故、俺と漢城の意見が違うのか。漢城と俺の感性が違う。それだけでは到底納得出来ない。

 ……俺がそう思って漢城がそう思わない理由として導き出されるのは、漢城は怪盗Xの行動を見て、俺は怪盗Xの行動、そして怪盗Xからの挑戦状を見たからか?


 ……俺は大きな見当違い、もしくは決めつけていなかったか?

 萩先生にも言われたはずだ。

 『お前は良く直ぐに決めつけている所がある』と。

 

 もしも、もしもだが怪盗Xの挑戦状からも何かしら分かることがあるんじゃないのか?俺は今までヒントが無いのだと思っていた。確かに、ヒントは無い。だけど、今までの怪盗Xの行動、そして挑戦状には怪盗Xの性格などが分かるんじゃないのか?俺は、紙からは相手の心理などは分からないと決めつけていたが、そうではないのかもしれない。


 犯人の人物を絞ると言う事だけに目がいっていた。人物から絞るのではなく、紙や今までの言動による心理が分かる。


 ――――光明は見えた。 

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