第60話 ――――やろうか
色んな奴から食事を貰い何とか生き延びることは出来たが、九月のお昼と言っても暑さは衰えをしらないように感じる。もしくは、俺が暑いのに弱いかのどちらかだが。
「そう言えば、広先輩ってクラス別のリレーのアンカーなんですよね?大丈夫ですか?」
「それは頭がということか?それなら反論させてもらうが」
「違いますよ!ただ、アンカーって速い人ばっかなのにいけるのかなって」
「俺は短距離の吉条君と呼ばれた男だ。このぐらい余裕だ」
「……広先輩って沢山異名有りますよね。全部冗談にしか聞こえないですけど」
「さり気なく傷つくことを言うな。まあ冗談だが何とかなるだろ。この世の中流れに乗れば何とか出来る」
「広先輩らしいですね」
チラリと泉の方を向けば、運動場の方を眺めていた。だが、泉がこちらの視線に気づいたようできょとんした表情でこちらを見る。
「どうしました?」
「いや、何でもない。ただ、体育祭は楽しいかと思ってな。こんな暑い中走り回って騒ぎまくって」
「ついさっき騒いでいた広先輩が良く言いますね。まあ、けど楽しいですよ。こうやって皆で何かをしたりするのって楽しいじゃないですか。今回広先輩の凄い所も見れましたし」
「何を言ってるんだ?俺はいつも凄いだろ」
「稀に、奇跡程度で」
「そこはいつもって言う所だがな」
『次はいよいよ最後の競技!白組、赤組関係なくクラスでの競い合いのバトル!全員でのクラス対抗リレー!!』
「いよいよだ。やるぞ」
「絶対勝とうぜ」
漢城の放送で誰もがやる気を漲らせている。皆あれだけ動いたのに本当に元気だな。
「あ、前半の部私のクラス入ってました」
思い出したのか、泉が立ち上がって何処かに行く。よって、一人ぼっちになった訳だが、俺も俺とて用事があるので丁度良かった。
もはや、赤組と白組の対決は終わり、後はクラス皆で勝とうということで赤組の奴らも白組のテントに入り、白組の奴らも赤組のテントに行きかっている為、動きやすい。
「――――春義先輩。少しお話良いですか?」
多分クラスの人と話していたのであろう春義蓮に話しかければ、少し驚いた様子を浮かべるが、他の人に断りを入れ、こちらに来てくれるので、二人で場所を移動させる。
「……早速ですが、提案があります」
「提案?どういうことなんだい?」
「はい。――――聞いてくれますよね?」
今の俺は中々に悪い顔をしていると自分でも分かってしまった。
――――さあ、やろうか。
『――――前半の部。一位は三年一組!二位は二年二組!三位は最後奮闘し追い上げを見せた黒柿選手の功績で一年一組です!』
確かに最後の黒柿の追い上げは凄かったな。一年ということもあってか、黒柿にバトンが渡るまでは五位だったのに、アンカーである黒柿に渡り、伊瀬の応援が聞こえたと思えば、一気に加速し、三位に入ってしまった。
まさか、伊瀬の応援があそこまで黒柿に効くとは思いもしなかったが、本当に凄いな。
それにしてもこの学校はちょっと面倒な所があるよな。体育祭の組み分けもそうだが、この対抗リレーもまた前半戦と後半戦に分かれて一、二組が前半で三、四組が後半とかなんでこんな面倒な仕様になっているのだろうか。
「おい、吉条!お前アンカーなんだからな!しっかり頼むぜ!」
何故か、棒倒し以降気に入られてしまったのか話しかけてくる水沢君。
「おい、水沢。そんなプレッシャーになることを言うな」
「お前分かって言ってるよな!?それともあれか?覚えるのが面倒なのか!?」
「冗談だ。水重」
「ったく、だけどお前がアンカーって事は決まってんだからな。マジで頼むぜ」
先程の話を一切聞いていない水重君。もう、水沢と永遠に呼んでやろうか。
「だから、そんなこと言われたらプレッシャーって言ってんだろ」
実際はプレッシャーなど皆無なのだが、この言葉をクラス連中が聞けば俺に期待してしまうかもしれない。それだけは勘弁してほしい。
「だけど!俺はお前は出来るって信じてるぞ!」
おっと。ちょっとイラっとしてしまった。こうなってくれば、俺だって言ってやろう。
「……なぁ水重。お前は序盤の方だよな?」
「そうだけどどうしたんだ?」
「大人数においてのリレーってのはな序盤が大事なんだよ。考えてもみろ。序盤でもしもお前が一人でも抜かれたらクラス全員の指揮に関わる。最後が肝心とよく言うが、大人数の場合序盤のお前に掛ってる」
水重は俺の言葉を聞いて、冷や汗をたらりと流す。
「……なあ、冗談だよな?別に俺が抜かれても大丈夫だよな?」
何か言っているがスルーの方向で進める。
「もしもお前がバトンを落としてでもみろ。明日から大ブーイングの嵐だ。慎重に、尚且つ全力で抜かれないように頑張れ」
「やめてくれよ!めっちゃ怖いじゃねえか!」
分かってくれたか。これで水重も至らないことを言わないだろう。
――――それに、もう始まる。
『体育祭も大詰め!クラス対抗リレー後半戦!いよいよ開幕です!というか、ちょっと今走ったばかりできついので後は放送部部長にお任せします』
漢城の言葉にドッと笑い声が周りから聞こえながら、漢城の後を引き継いで放送部部長であるらしい人が話し始める。
『それでは、一応おさらいですがクラス三十人によるリレー。これで、後半戦では三、四組での一番が決まります!全員頑張ってください!』
「「おお!!」」
何故こんなに皆さん元気なの?
もう、怖いレベルですよ?
しかしながら、リレーは始まる準備を行い、俺は最終コースの場所で座る。
「あら、ストーカー君もここなの?」
隣に座っていたのは清水。そう言えば、
「お前って女子の体力テスト一位だったけ?」
「……何で知っているのかしら。まさか、本当にストーカー?」
ガチの方で引かれてしまった。俺との距離を半分開ける。ついでに心の距離も半分開けている気がする。
「いや、違うからな。お前結構噂になるんだから聞こえてくるんだよ。男子の上位と変わらないぐらいの実力だって聞いたが?」
「それは今から分かるんじゃないかしら?」
清水が不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。まさか、こいつがアンカーにいるとはな。
パン!
清水と話していれば、開始の合図が送られ全員が走り出す。
計六チームある中で今の所俺達のクラスは最下位。まあ、そりゃあ出席番号順にしているんだから仕方は無い。他のクラスは速い人を置いてくるのだから。
だが、どんどん進んでいき、中盤辺りに行けば順位が上がり今は四位。まあ、妥当な所だな。
そろそろ準備をしなければならないな。
一度深呼吸をして、一応心の準備だけはしておく。
『おっと!ここで三年四組痛恨のバトンミス!最下位になってしまうが大丈夫か!?』
確か、四組って隣にいる春義のクラスだよな。少し気になって春義の方を見てみるが、何も驚きも、焦りも表情には見えない。
「意外と落ち着いているんですね。春義先輩」
「ん?まあね。もうやるべきことは決まってるから後は結果を出すしかないよ」
なんという爽やかイケメン。女子なら今の言葉で惚れている可能性大だ。
『状況が変わっていきます!一年生の三、四組が順位を上げて一位、二位に!二年生、三年生が追いかけていく状況に!』
「げ、俺のクラス最下位になってるよ」
少し追い上げたのかと思ったが、三年生の春義先輩のクラスに追い抜かれ、最下位へと順位を戻していた。俺の予想では水重君がバトンを落としたと見た。
「安心しなさい。私のクラスなんて五位よ」
「何を安心するんだよ」
「貴方が私に追い越されない可能性が高くなるでしょ?」
「俺に勝てる前提で話を進めてませんかね?」
宣戦布告のつもりなのかよ。
だけど、もう始まるんだから仕方ないんだよな。
結局順位は変わらずの最下位。だが、一位、二位との差は結構あるかもしれないが、三位からはあんまり変わらない。
『ここで復活します!漢城です!今なんとアンカー前の重要な場面!徒競走で活躍を見せた南澤選手がもの凄いスピードで五位に猛追していきます!』
おお。速いな南澤は。徒競走でも少しばかり思っていたがやはり速い。
そして、出番がやってくるというわけか。
アンカーは最終選手と言う訳で、一周半も走らなければならない。それが来賓の前を通るからだとか言っていたが、まあそんな事はどうでもいい。
『え、どういうことでしょうか。アンカーにバトンが渡った春義選手が止まっています』
春義が止まった原因は俺だ。
先程春義と話し、俺達の間で対等な立場での競争を行うことが決定した。だから、春義は俺のバトンが来るまでは走らないことになっている。
「へえ。これもストーカー君の仕業?」
「何の事やら。お前は行かなくていいのか?」
清水もバトンを渡されたというのに走る様子が無い。
「貴方のバトンが来たら行くわ」
本当に恐ろしい奴だな。清水は今の一瞬で何かあると気付いたのだろう。まあ、止まって後々何を言われても俺は知らない。
―――――そして、南澤からバトンが手渡された。
「助かった南澤」
「え?」
お前が距離を詰めたことで速く出れるようになったんだ。お礼ぐらいは言うに決まってる。
「漢城、開始の合図だ!」
『え、は、はい!よーいドン!』
漢城の合図と共に俺達は三人同時に駆け出す。
――――本気でやってやる。
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