第59話 ……目立ってしまった
一体どうしてこうなった。
「凄いな吉条!あんなにも速く動けるとかどういうことだよ!」
バンバンと背中を押してくる……
「水沢。ちょっと落ち込んでるから」
「誰が水沢だ!そんな奴クラスにいねえよ!水重だ!」
水重君が大変喜んでいらっしゃる。だが、他の人達もちらほらとこちらを向いているのが分かる。
まだ、俺が景やオック―を躱して棒に近づいたのまでは良かった。だが、最後の黒柿を放り投げたのが決定的となり、最低とも言えるほどに目立ってしまった。
『それでは午前の部は終わりです!次は午後の部!今は赤組の棒倒しによって猛追し、もう少しで白組が抜かされるという状況!まだまだ先は分かりません!』
まあ、何とも漢城はハイテンションのようでこれからの予定を放送で繰り返している。
だが、お昼ということは昼ご飯。よって、少しは休めるということ。そして、妹がいるということはお昼ご飯があるのだろう。道理で今日はお昼ご飯は後で持っていくとか朝言ってたわけだ。
重い腰を上げながら、テントから出る。
「あ、広先輩お昼ですか?一緒に食べましょうよ」
横からひょっこりと出てきた泉が提案して来る。
「別に良いぞ。もう、良いぞ。全部良い。全てが良くなってしまった」
「了承されるのは嬉しかったんですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない。あんなにも目立つとは思わなかった」
「けど、広先輩凄かったですよ。古宮や小倉を躱した時なんて私びっくりしました!」
「……なんでちゃっかり見てるんだよ。あんなの、見なくて良いだろうに」
見ているところはちゃっかり見ている泉。本当になんだこいつは。
「いやー。偶々見てたんですよ。偶然です」
「そうですかい。もう、良いがな。終わったら忘れる。それが一番だ」
「そこは成長の糧にするとかじゃないですか?」
「俺もう完璧だから。棒倒し名人だからこれ以上成長する事なんてないんだよ」
「うわー。凄い調子に乗っちゃってますよ!」
泉があり得ないと呟いているが、もうあれ棒倒し名人の称号をもらっても良いと思う。まあ、倒したの俺じゃないけど。
「冗談はともかく、妹が来てるからそこで食べるけど良いか?」
「え!?愛奈ちゃん来てるんですか!?私行ってきます!」
妹がいると聞いて颯爽と走っていく泉。先程まで体育祭だったのに、まだ元気があることに驚きを隠せないが、まあいいか。あいつ元気マンだし。
「あ!凄かった吉条君です!」
……ここで、俺を目立たせた張本人である漢城がのこのこと俺の目の前にやってくる。
「おお、漢城じゃないか」
「はい。これは私も吉条君をネタに新聞を書かなければなりませんね。ちょっと食事でもしながらお話を聞きたいですね」
「良いぞ。じっくり話そう」
俺が素直に了承すれば、漢城が何故か引いた眼でこちらを見てくる。
「……おかしいですよ?吉条君が素直です」
「失礼な奴だな。俺はいつも素直だぞ?一緒に食事でもどうだ?妹と泉もいるが一緒に食べようぜ」
「……食事のお誘いは大変嬉しいのですが、吉条君の目が怖いです」
失礼な奴だ。俺は何時も誰も怖がらせない優しい神様の様な目をしているというのに。
漢城は本能的に何かを恐れたのか一歩後退するので一歩前に出る。
「遠慮するなよ。こっちでじっくりと話をしようぜ」
「……私持病の危険察知お腹痛い病があるので遠慮しておきます」
「そんな病気は無い。こっちで、じっくりとお前を弄ってやる」
「もう本音が出てます!?嫌です!離してください!」
逃げ出そうとする漢城の首根っこを掴む。
「あんだけ目立つような実況しやがって。絶対に許さん」
「他意はないんです!ただ、ちょっとびっくりしちゃって」
「知らん」
「イヤー!」
漢城の駄々を捏ねる子供の様な叫び声を聴きながら、来客用のテントまで連行すると、そこでは泉と妹が仲良く談笑していた。
「待たせたな。ついでにこいつも食っていいぞ」
「私が餌扱い!?私ただ実況しただけなんですが!?」
「冗談だ。餌なんてしたら俺のストレス発散が出来なくなる」
「超絶怖いんですが!?」
まあ冗談はさておき、もう既に今までのやり取りで少し鬱憤が晴らせたので、お腹が空いてきた。
「冗談はともかくお腹が空いた。俺の弁当は?」
棒倒しで少し疲れていたが、これで回復出来ると思い、テントの中で座りながら妹に尋ねるのだが、俺から少し視線を逸らす。
……ん?
「俺の弁当は?」
「……忘れちゃった」
てへ!みたいに言う妹に初めて少し殺意が湧いてしまった。
「お前本気で言ってんの?」
「うん。本当にごめん!悪気はないの!」
「悪気があったら怖すぎるからな?だけど、流石にこの暑い中何も食わないのはやばいんだが」
「飲み物ならあるよ?」
自分用に持ってきていたのだろう。ジュースを俺に差し出すがこれの何処に腹の足しになるのだろうか。
「飲み物で腹が一杯になるか!なあ、本当に持ってきてないのか?」
「……う、うん。多分今頃家のテーブルの上に置いてある」
……俺は今の状況を理解出来た。詰んでるってわけだ。
「私そんなに動いてないですし、少しおかずあげましょうか?」
「本当か!?お前最高だな!」
「調子が良い先輩ですね。それに、愛奈ちゃんにも。広先輩のお弁当が無いって事は愛奈ちゃんも持ってきてないんでしょ?」
「……実は…はい。持ってきてないんです。貰っても良いですか?」
「うん。良いよ。どうせそんなに食べないだろうし」
どうした泉。お前はこんなにも良い奴だったとは。信じられない。
「私も良いですよ。放送してただけなので喉が渇くぐらいでそこまでお腹空いてないですし」
「……漢城。お前まで本当にありがとな。さっきまで半泣き程度には弄ってやろうと思ったが止めておくよ」
「なんかサラッと怖い事を言うの止めて欲しいんですが!?」
漢城が一歩引きながらもお弁当を分けてくれるようだ。
「あ、皿と割りばしなら持ってきてますから」
「何で皿と割りばし持ってきて弁当忘れんだよ」
「……私も思ってるんだから言わないで!」
ちょっとばかり妹が顔を赤くしながら呟く。どうやら自分でも恥ずかしい自覚はあったららしい。
「――――あ、いた。愛華ちゃんに、伊里ちゃん、愛奈ちゃんもいる。珍しく吉条もいるんだ。一緒にご飯食べない?」
妹から皿と割り箸を受け取り、今から泉と漢城から少しばかり弁当を分けてもらおうかと思ったら、寺垣と南澤が弁当箱を持ってこちらに来ていた。
「いいですね!皆で食べましょう!」
「……あ、ちょっと待っていてください!」
漢城が了承したかと思えば、泉が立ち上がり何処かに行ってしまった。
「どうしたんだあいつ?」
「さあ、なんでしょうね。それより、寺さんも澤さんもこちらにどうぞ」
漢城が間をあけ、二人が座るスペースを開けて、いつの間にか大人数になっていた。
……いや、ちょっと待って。
「……南澤、お前って以前から少しそんな気はしてたんだがお嬢様なのか?」
南澤が座って弁当を開けたと思えば、入れ物もそうなのだが、中身がとてつもなく豪華だ。体育祭で食べるような食事ではない。
「え?これ普通じゃないの?」
「それが普通と思って時点でお前はお金持ちだ」
「アハハハ。真澄の弁当はいつもこんな感じだよ」
「……なあ、ちょっと分けてくれないか?今日俺弁当が無くてだな」
南澤の弁当を見たときから涎が垂れないように必死に止めているが、限界に近い。本当に美味しそうなんだが。
「吉条、弁当ないの?」
「ああ。だから一つで良いから分けて欲しいんだが」
「……どうしようかしらね。今まで散々な事を言われてきたから考えちゃうわ」
なんという女。これぞ、悪魔。
豪華な弁当をちらつかせながら、俺にお願いを請わせるなど悪魔の女王の所業だ。
「っち」
「あら、舌打ちなんてしていいの?アハハ。何か凄い良い気分だわ」
今までの鬱憤を晴らすように高笑いしている南澤。何という女。こんな女にお願いなんてしたくはないが、欲求には逆らえない。どうする?
だが、空腹による極限状態に陥ってか頭は冴えていた。
「……お前が不良に襲われてるとこ助けたよな?」
「う」
痛い所を突かれたようにうめき声をあげる南澤。今が勝機!
「あー。大変だったな。あの時もしかしたら俺が襲われる可能性もあったしなー。最近も助けたばっかなのになー。二度も助けたのに一度も何かをしてもらった覚えがないなー」
「分かったわよ!いくらでも食いなさいよ!」
「ありがたく頂戴する」
「お互いにクズの気配がします」
漢城にツッコまれるがそんなことは知らない。俺は飢えた人間。なりふり構ってる場合じゃないのだ。
南澤の豪華な食事の一つを分けてもらい、食べようとしたのだがふと割りばしが止まった。……危ない。大事なことを確認するのを忘れていた。
「南澤。これは誰が作ったんだ?」
「お手伝いさんだけど」
「「お手伝いさん!?」」
妹と漢城が驚いた声を上げるが、俺もまた驚いていたがお腹が空いていたので確認も取れたので食事にありつける。
「危なかった。南澤が作ってたら五割の確率で危ない物が出てきそうだからな」
「何ですって!?私だって料理ぐらい出来るわよ!」
「そうなのか?」
本人では分からないので寺垣に尋ねれば目を逸らしながら、
「百分の一ぐらいの確率なら」
「真由美!?」
「やっぱりな」
「ちょっと返しなさいよ!もうあんたにあげるご飯なんてないわ!」
取り上げられそうになったので、貰ったおかずを口の中に掻き込む。
「もう食ったからない」
「今全部食べたでしょうが!」
「何先に食べてるんですか!?」
南澤からもらった食事を味わって食べてると背後から泉の声が聞こえて振り返ってみれば、隣には清水涼音がいた。
「お、久しぶりだな」
「ええ、久しぶりねストーカー君」
「名前が戻ってるぞ。吉条でいいから」
「それじゃあ、清水先輩も適当に座ってください」
清水が妹の隣に座って、お弁当を広げる。
「お前もなんと豪華な飯だな。分けてくれないか?」
「最早山賊みたいになってます」
「喧しい。頼まずに飯がもらえるか」
至らない言葉を投げかけてくる漢城を黙らせながら、清水にお願いする。
「別に良いわよ。お腹はあまり空いていないし、私草食だから」
「おお!流石清水だ。話が早い!」
清水のお弁当から適当におかずを頂戴しながら食べるが、南澤の弁当に引けを取らない美味しさ。
「……あの、涼音先輩。私も少し貰っていいですか?」
「ええ。良いわよ」
「ありがとうございます!」
妹が遠慮気味に尋ねるが、許しを貰えて妹もまた食事をしていた。
だが、ふと思った。
「お前ら知り合いだったのか?」
名前を知る筈がないのに妹は清水の事を涼音先輩と呼んでいた。
「ええ。貴方に助けてもらった時に、お礼にと思って和菓子を持って行って出会ったのよ」
「へえ。知らなかったな。和菓子も知らないけど」
食べた覚えのないので妹の方に視線を向ければ、妹は目を逸らしながら、
「……つい美味しくて」
「ついじゃねえよ!俺食べてないぞ!妹よ覚えておけ!食事の恨みは怖いんだぞ!」
「今の吉条君が言えば説得力が違います」
漢城の言葉に納得している自分がいる。
「そんなことはどうでもいいわ。それよりも私は貴方の棒倒しの話を聞きたいのだけど」
「何か聞くことがあるのか?」
「あー。あれ凄かったよね吉条。一年生二人をサッと躱して、黒柿君を持ち上げて投げ飛ばしちゃったんだもん」
まあ、絶賛されれば嬉しくない訳でもないのだが、目立ってしまったので何とも言えない。
「まあ、俺は棒倒し名人だからな。あれぐらい出来て当然だ」
「寺垣先輩、広先輩を褒めたら調子に乗りますからあまり言わない方が良いですよ」
「だけど、お兄ちゃん凄かったね。あの時は私もびっくりしちゃった」
「まあ、俺は褒めて伸びるタイプだ。どんどん褒めてくれ」
「褒めて調子の乗って失敗するタイプです」
「お前はもうちょい人を褒めるということを知った方が良い」
漢城は駄目だな。俺は褒めて甘やかされてこそ活きるタイプだ。
「私が言いたいのは目立ちたがり屋ではない貴方がどうしてあんなにも目立つことをしたのかを聞きたいのだけど」
「いや、正直に言えば目立つつもりは毛頭なかった。この阿保が実況なんてしなかったら、誰にも見られず悟られず密かに援護するぐらいで終わる筈だったんだがな。それに、やる前はやる気なんて無かったんだが、やりだしたら乗り気になるとかあるだろ?」
「私は分からないけれど、そう言うことなのね。納得したわ。もっと何かあるのかと思ったけど」
じっと疑いの目を向けてくる清水。あ、こいつ絶対疑ってるわ。まあ、こいつには小野の本性を話してもいつも一人でいるから困ることなんてなさそうだし、全部話しても良いんだが、別に話す必要もないだろ。
実は春義に負けたくなかったなんてこの場で言えば、追及は逃れられないしな。まあ、仕方ない。
後は午後の部。
――――これが俺にとって本番だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます