テンプレラブコメかと思えば学校一美少女に標的にされるってどういうことですか!?――――だけど好きにならないとは言ってない！

第53話 勝者 吉条宗弘

　「やっぱりいたな」

　漢城と計画を立てていた教室に行けば、案の定小野が仁王立ちして待っていた。

　「お、吉条君どうした？」

　「春義は全部自分がやったって認めたぞ」

　「本当に認めたのか？お前の嘘じゃないんだろうな？」

　小野が怪しむようにこちらを見てくる。それも想定内だったので会議室を出て戻る時にから始めていた録音を切って、丁度いい所まで操作する。

　『――――そうだ。俺がやった』

　「これが証拠だ」

　小野に見せつけるように録音を聞かせれば、大きくため息を吐く。

　「ハアア。あいつには自分がやったなんて言わないように言っておいたんだが、全部お見通しだったわけか？」

　「ああ。今回は本当に苦労したが、最後はお前のプライドの高さのおかげで分かった。お前なら俺に屈辱的な勝ち方をしてくると断言出来たからな」

　「確かに私は負けた。だが、疑問が湧く場所が無いわけではない。どうして、わざわざ漢城を囮にして私をここに連れてこさせる必要があった？」

　確かにわざわざ小野をここまで連れてきたのには理由がある。あちらがプライドでこちらを屈辱的に負かせて優越感に浸ろうというのであれば、俺は完璧に徹底的に小野を負かすことが狙いである。

　「それが分からない時点でお前の圧倒的敗北を意味して俺の掌の上で転がされたことになる」

　「……同じようなことを漢城も言っていたがどういうことだ？」

　「まず、俺は犯人を理解し見つけることが目的じゃない。お前に勝つために、真実を知る為に犯人捜しを行った。それでだ、犯人が分かった時小野に真相を聞かせるのも良いと思ったが、それだけでは小野はただ敗北したとしか思わないんじゃないかと俺は思ったんだ」

　「その時点で私は良いと思いますけどね」

　「漢城が良くても俺はよくない。それで、俺が行ったのはお前にとって俺に手も足も出ないと感じさせるほどの圧倒的敗北。それが俺の狙いだ」

　「それがこれって事か？」

　小野は未だに理解出来ていないのか、周りを見ながら呟く。だが、こいつ自身気付いている筈だ。

　「……お前はどうしてここに来たんだ？」

　「ああ？そりゃあお前がどっかに走って行ったからな。ここしかない……」

　不思議そうな顔をする小野の顔が段々と険しい顔になる。

　「その通りだ。ここしかないんだよ。その時点でお前は俺の作戦にハマってる。何故、俺が走って行ったのかもう分かっただろ？お前にこちらに来させるという選択肢をなくすためだ」

　「ハッ。偶々だろ」

　鼻を鳴らして首を横に振る小野。信じたくないのだろう。自分が罠に掛ったなど小野のプライドが許すわけがない。

　「本当にそう思うのか？なら、その時お前がどう思っていたのか当ててやろう。俺が走った後に漢城が内田先輩と一緒に何処かに行く。その時、お前は俺がペンキを探しに行き、漢城が推理をするのではないかと考えた。そこで、走っていた俺が何処を探すかは流石に分からない。ならば、漢城の方に行けばペンキが見つからなかった吉条も現れるのではないか、そう思わなかったか？」

　「……お、おい。お前一体」

　小野が少し俺を不気味なものを見るように一歩後ろに下がる。

　俺は同じような人間に心理的操作は行えない。だが、それは話術によるものだ。

　行動による心理的操作なら少しは可能だ。

　「本当に全て的中させるんだから吉条君は怖いです」

　「怖くて結構。話を進めるぞ。漢城の後を尾行した小野は推理を聞いてこう思ったんじゃないのか？――――私の勝ちだと。自分の勝利を疑わなかった。だが、内田先輩と漢城のやり取りが芝居だと分かり、混乱するはずだ。何が起きているんだと。何もかも分からなくなったパニック状態で敗北を知らしめされる。……おっとこれは誰かさんの手口と似ている気がするが俺の気のせいか？」

　「――――お前、私と同じ手口で」

　小野もようやく理解出来たらしい。

　今回の件で完膚なきまでに勝つにはどれが一番良いか考えた末に吉木が小野に追い詰められたことで敗北を知らしめされたのを逆に利用させてもらおうと考えが浮かんだ。

　「吉条君ここまで考えていたんです!?」

　どうやら、漢城も気付いていなかったらしい。

　「お前に作戦話していたのに気付かなかったのかよ」

　「こんなの気付けるわけないです！」

　「まあ、漢城も気付かなかったようだから気を落とすなよ小野」

　「ここで煽っていくスタイル！流石鬼畜の吉条君！」

　「ねえ、ちょっと黙ってくれない？」

　ツッコんでくる漢城を見ていたらなんか俺が悪者に見えてきた。ただ、小野が喧嘩を売ってきたので百倍返しにしてやっただけなのにな。

　「だけど、私もスッキリしましたよ。流石吉条君。それじゃあ戻りましょう」

　どうやら漢城も鬱憤を晴らせたようで少しスッキリしている。それに、俺も真実も勝利も出来た。大満足で、後は体育祭だけだ。

　何も言えなくなって固まっている小野の肩に手を置き、

　「喧嘩を売って来た割には掌の上で転がされ、一瞬勝ったと思えば、完膚なきまでに敗北して、自分が行った行為で敗北した奴よ。春義先輩や吉木先輩を扱えるぐらいで俺に勝てると思うなよ」

　「――――っち」

　小野は舌打ちをして、俺の手を払いのける。

　「おっと、今イラっとしただろ？だったら分かるよな？売られた喧嘩に買うのは良いが、やり過ぎには注意だぞ？」

　これにて完膚なきまでの完全勝利は完了。

　小野が立ち尽くしているのを見て、扉に手を掛けて教室を出ると、ひょっこりと漢城が隣について来ていた。

　「……最後のも小野さんの真似です？」

　「その通りだ。あいつは敗北を知らないからあれだけ平気で他人を傷つけることが出来る。だからこそ今なら気付けただろ。敗北したからこそ分かる辛さが」

　「最後のえげつないと思った私ですが、やはり優しさを忘れない辺りは吉条君です」

　ニッコリとまるで分かっていますと言わんばかりの漢城の目から背けてしまい、

　「俺は完全勝利がしたかっただけ何でな。何のことかさっぱり分からん」

　「私の予想では、今回の事で小野さんもまた敗北者として相手の気持ちも分かってもらうような事になったと思います。だって、普通に吉条君の推理を小野さんに聞かせるだけでも完膚なきまでの勝利だったはずです。吉条君の言う完璧勝利は相手の心までも変化させるまでだったんですね？」

　「いちいち説明しなくていいから。誰が聞いてるわけではないし、誰に知ってほしいわけでもない」

　「――――だけど、私は知ってます。吉条君が優しい人だということは」

　一瞬背けていた目を漢城に戻せば、無邪気な笑いをこちらに向けてきた。

　……本当にこいつも泉もどうしてそこまで信頼してくれているのかが全く分からん。

　「知ったような口を聞くな。馬鹿漢城……略して馬漢城？」

　「略す意味です!?ていうか、今までの流れぶった切りなんですけど！」

　「どんな流れだよ。もう下着のネタも飽きてきたからな。お前丁度馬鹿だし馬漢城と名付けてやる」

　「こんな嬉しくないあだ名は初めてです！」

　――――本当に馬鹿みたいに良い奴だよ。お前も泉も。

　だが、気付いていた。

　段々と、刻一刻と俺の胸が何かに押しつぶされるほどに苦しいことに。

　信頼されれば、されるほど過去が知られたくないと――――心が叫んでいる。