第52話 吉条の名推理
初め、俺は得体のしれないモヤモヤに取りつかれていた気分だったが、前回の会議で全てのモヤモヤが解決した。
一つ疑問だったのは、今回の事件は難しすぎるという点。何一つヒントも無く、忽然と消えたペンキ。そんなの普通は分かる筈もない。そして、そんな難事件で俺が犯人を見つけられなくても自分でも仕方ないと割り切ることも出来る。
だが、テストの件ではどうだったのだろうか?
相当悔しく屈辱的な目に遭った。それは間違いない。そして、今回の事件で解決出来なくても分からなくて当然と割り切る様な仕様で出来ているのかという疑問だ。
小野であれば、俺がこの事件を解決出来なくて悔しくて屈辱だと思わせるようなトリックを用意しているのではないかという答えに導かれた。
そして、前回の件でで小野の本性を知った時の件を思い出して答えは分かった。
だからこそ、自信満々に犯人に対し指を突き付けることが出来た。
――――教室に佇んでいる春義蓮に対して。
「犯人ってどういうことだい?」
「その話を聞かせる前に俺は一つ春義先輩に謝らなければならないことがあります。以前春義先輩が吉木先輩と浮気していたということを小野に伝えてしまいました」
「……道理で知ってるわけだ。まあ僕が悪いんだ。君が責任を感じる必要は無いよ」
まあ、初めから罪悪感など感じていないのだが。ただ、言っておかなければならないことは言った。ここからは真相を解決するだけだ。
「ありがとうございます。それじゃあ、犯人についてお話します。貴方がペンキを隠しましたね」
小野にとって俺が屈辱的になる相手と考え、尚且つヒント無しでも分かる問題ともなれば、春義しか俺の頭の中で思い浮かばなかった。
「違う。僕はやってない」
澄ました顔ではっきりと断言する春義。何を言われても動じない様な態度。その態度が崩れたときが真実が分かる時だ。
「貴方は小野に頼まれましたね?吉木先輩との事を許してもらう為に二週間ペンキを隠していることに」
小野の本性を知る為に、俺はありのままの事実として春義が浮気をしていたことを話した。あれは小野を揺さぶる為に話したことだが、ミスをしたとは思ってない。あの時には必要なことだった。だが、それは小野が春義という人物を脅す事が出来るカードにもなってしまったのだ。そうなれば、小野は本性をさらすことなどせずに春義を脅す事が出来る。
だからこそ前回の件が、今回の事件の引き金の一旦を担ったのは間違いない。
「僕はやってないって言ってるだろ?それとも何か確かな証拠でもあるのか?」
以前までとは違って目つきが怖いな。まあ、犯人扱いして疑ってるんだから当たり前と言えば当たり前なんだが。
「なら順を追って春義先輩が認めるように説明しましょう。まず、一つ目として貴方はペンキが無くなってこちらに来た時、犯人を捜すのではなく、これからの事について考えていた。普通なら徹底的に犯人を捜すのでは?」
「あれは、犯人捜しをするよりも前にまずは事態の取集をしようと考えていたんだよ。犯人を追い詰めようとも後々考えていたけど、僕達が一番に考えなければならないのは犯人捜しよりも体育祭の成功だからね」
確かに真っ当な意見だ。もしかすればこれは春義にとっても想定内。だったら、更に揺さぶりをかけていくしかない。
「ならそれで納得するということで、第二に疑問に思ったのはペンキを発注するのはどうして今日なんですか?春義先輩が言うのであれば、今日届くようにするのが妥当なのでは?」
疑問に思ったのはこれだ。泉に事情を聴いた時、何故今日発注するように言ったのか俺にはよく分からなかった。普通であれば、先週の内にするのが当たり前。だが、今週まで見つからなかったら行うというのは明らかにおかしい。先週の時点で見つからないのであれば、そん時点で発注するのは当たり前。
だが、この決定を下したのが吉木であるならまだ自由人の発想だ。面倒で先延ばしにしたのではないかと思えたかもしれない。だが、委員会で決定権を下しているのは春義だ。それならば、間違いなく不自然である。
まるで、《今週中にペンキが戻ってくる》と言っている様にしか聞こえてならない。
「そ、それはもしかしたら今週中にでも犯人が自首するのかと思って」
「それはおかしいですね?さっき犯人の事も頭に入れていたが、体育祭の成功が一番だと言っていましたよね?それなら、犯人なんか待たずに先週発注するのが理想的だと思いますが?」
「だ、だったら用具室の鍵はどうするんだ?それを取るなら必ず職員にバレる筈だ。俺は用具室の鍵なんて取りに行ってないと絶対に先生たちが証言してくれるはずだ」
春義は追及を逃れる為に話を逸らした。だが、ここで追及しても良いがする必要もない。今日まで完璧に認めさせるまでの流れは作っている。
だが、今回の事件において、一番難関だったのはこの部分。鍵を取りに行けば必ずバレる筈なのにもバレている様子は無い。そして、これに関しても過去を振り返れば、先生たちに用具室の鍵を取りに行くことを分からないで出来る方法はあるのだ。
まさか、ここにも伏線が張られているなんて思ってもしなかったが、嬉しい誤算だ。
「確かに用具室の鍵を取りに行けば分る筈なのにも関わらずどうしてバレなかったのか。それは、用具室の鍵を取りに行って無かったとしたら?春義先輩は用具室の鍵を取りに行くのではなく、ついでに取ったのではないかって。《部室の鍵》を取るついでに用具室の鍵も取った。ですよね?」
「――――な、なんで」
春義はよろめきながら一歩下がる。何で分かったのか?そう呟きたいのだろう。
俺だって多分あの時、伊瀬茜の噂を流した人物を探していた時、漢城と共にグラウンドに出ていなければ分からなかった答えだ。
グラウンドに出て春義がサッカー部だと知ったからこそ出来ると踏んだ。
「な、なんで俺が部室の鍵を取りに行ったなんてどうしてわかるんだ」
「それはきちんと情報収集してますから。春義先輩がサッカー部だと知り、まだ引退はしてない。なら、犯行は可能ですがどうなのかは分からなかった。だからこそ、まずはサッカー部の後輩に事情聴取をしたところ、ペンキが無くなった日に春義先輩が一番早くに来て、部室を開けていたという証言もきちんともらってます」
一週間という数字は意外と色んなことが可能だった。サッカー部の後輩が情報収集する為に聞いた一人目。俺は春義が犯人なのかを確かめる為にわざわざ来る意味も無い学校に来て漢城と共に事情聴取を行っていた。
「偶々学校に早く来て部室の鍵を取りに行くなんて当たり前のはずだ」
「確かにそうですね。だけど部活後も春義先輩が閉めたようですが?あ、因みにこれはペンキが無くなった日に一緒に来た吉木先輩に聞きました。あの日は春義先輩が鍵を仕舞いに行ったと」
春義先輩が遅れた日。ふと疑問に思ったのは何故遅刻ギリギリだったのかという点。部活があるにしても早めに上がれば良い話だし、後片付けは後輩に任せれば良い筈だ。なのに、自ら行うのはおかしい。これが、二人目に事情を聴いた人。
「そこから分かるのは、春義先輩は部活後誰もいない、そして全員が会議室に集まったであろう時間を見計らって朝取っておいた用具室の鍵を使って開けてペンキを部室に置き、両方の鍵を閉めて会議室に来た。これなら時間ギリギリなのも頷けますし、誰にもペンキが見つかる可能性もない」
「……だけど、俺が用具室の鍵を取りに行ったなんて証拠は何処にもない!」
確かにその通りだ。それもまたどうやって証明しようか悩んだが、職員室に行けばすぐに気付いた。
「それがあるんですよ。知ってます?この学校では昔、教頭に理不尽に叱られ続けて、職員が苛立ちを隠せなかった教頭に対して盗みを働いたことがあって、それ以降防犯カメラが設置されるようになってるんですよ。多分、用具室の鍵を取った貴方の行動が映ってるはずです」
「そ、そんな」
春義先輩も流石に知らなかったようで絶望しているのか顔が青ざめている。確かに知らなくて当たり前だ。俺も全く知らないがダメ元で行ってみればあったのだから嬉しい誤算だ。
もしも無ければ、心理的操作で白状させるつもりだったが、そうする必要が無いのはありがたい。
「今回の件は窃盗にあたる。俺はただ今回の事件の真相が知りたいだけです。別に全員に言おうなんて思ってません。ペンキさえ戻れば俺はそれでいいんですから。――――犯人は貴方ですね?春義蓮先輩」
今回の件で必要なのは鍵をバレずに取りに行くという点。小野に弱みを握られているという点。体育祭実行委員の人間。そして、俺に屈辱的に悔しがらせることが出来る人間。その全てに合致する人間は――――春義蓮以外に他ならない。
再度同じ問いかけを繰り返せば、春義は下を俯き、
「……ああ、そうだ。だけど仕方なかったんだ。やらなくちゃ俺の残り少ない高校生活が終わってしまいそうに」
「あ、別に事情とかは話さなくていいですよ。俺が知りたかったのは真実、そして勝利だけです。別に何を言われた所で俺に慰め何て出来る訳でもないですし、それじゃあ」
用も終わったし、今から漢城の所に戻らなければならない。多分小野もいるだろし。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!本当に誰も言わないのか?僕が持ってるペンキを見せて犯人だと断定出来たことを話せば、君は凄い人間だと皆に分かるんだぞ?」
いつ俺がリア充になりたいなどと言ったのだろうか。
「俺は誰かに分かってもらおうと思ってここまで見つけたんじゃありません。自分が納得したかっただけです。それに、俺はリア充に興味ないんで」
それに、俺は春義先輩の話を聞いた所で慰めなんて出来る訳も無い。励ましたり勇気づけてあげることなんて出来ない。こんな時漫画の主人公だったら助けたり救済したりするのかもしれない。だけど、それには相手の感情を読み取ることが出来る人物だと思っている。
だからこそ俺には無理だと自分でも分かってる。
――――自分自身の感情さえ理解出来ていないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます