第26話 小野美佐子の本性
初めて彼女の顔は驚きに変わった。さっきの言葉から察するに、小野もこの情報を知らないようだ。
「もう一度言うが、春義先輩はお前と付き合ってる時に浮気をしていたんだ」
「ど、どういうこと」
これが、清水が俺に言った言葉にも繋がり、彼女が独自に調べていた情報でもあった。
「
「そ、それは三年のあの桃色の髪をした?」
「そうだ」
小野の言う通り、あの日最後の依頼者であるピンク色の髪の毛をしたギャル。あれは、春義先輩と付き合っていたらしいと言うのも全て清水が調べていた。
「あの先輩と春義先輩が浮気?そんなことって」
「そんなことと思うが、現実はそう優しくは出来ていない。こればっかりは小野に同情してしまう部分もある。元々春義先輩は自分に合わせてくれる人間が好きなのではなく、自分も相手も遠慮せずに言い合いながら楽しむ人物が好きだったそうだ」
これは、部活の相談でも春義本人が言ってたことである。自分は一緒に楽しむ人間が好きだと言っていた。
小野はこの真実が受け止めきれないのか、思わず黙っているので、話を続けよう。
「証拠として本人にも直接聞いている。だから嘘ではない」
まあ、俺としてもこの事実には驚いた。春義は噂を流すような人間ではないと思っていたが、浮気をするような人間とはもっと思えなかった。
だが、清水本人が直接問い詰めて聞いたので間違いではないらしい。
どうして清水があの二人が付き合っていると分かったのか、その根拠も俺が知りたいと分かっていたかのように紙に綴られていた。
吉木は直接依頼について話している南澤、寺垣ではなく俺という本ばかり読んでいる一番、吉木などのリア充たちが嫌悪するであろう俺に対し、何故か話しかけていた。
そこだけ見れば、あまり不自然には思わないかもしれない。なんせ、彼女は自由人だ。それぐらいはしてもおかしくはないと思う。
だが、次の根拠が確かに俺も頷けた。
吉木は人にあだ名をつける癖がある。俺に対しても何故かひろひろと言った変なあだ名を付けられた。ここから導かれるのは、吉木は自分であだ名を作り、その名称で呼ぶのが好きだ。その筈なのに、デートをする相手の名前はあだ名ではなく男と言ったのだ。
吉木の性格からすれば恥ずかしいから名前を言わないというのは在り得ない事実だ。よって、そこから清水は後ろめたい相手とデートに行くのではないかと言う答えに導き出されたらしい。
俺と昇降口で話して、別れた後ずっと待っていたら密かに現れる春義と吉木を見て、清水も自分の見解が合っていると判断した。
因みに後から分かった事らしかったが、吉木が俺に話しかけたのは、春義から俺に解決されたと聞かされていたからだという結論に至ったらしい。
少し話が逸れたが、清水は自分の予想が的中し、完璧にあっていると確証を得たことによって昨日俺に情報をくれたのだ。
本当に天才の頭脳がどうなっているのかは分からない。はっきり言えば、俺はこんな事には一切俺は気付かなかった。流石は清水と言った所だろうか。
「……それでだ。お前が春義先輩を振る前からとっくの前にプライドはズタボロ。もう、これ以上取り繕う必要は無いぞ」
「私、取り繕ってなんかないよ!」
必死に叫ぶが、先程の顔が無ければまだ騙し通せたかもしれないがな。
「もう遅いだろ。さっきの一瞬、お前の表情は変わっていた。どす黒く相手を許せないような顔していたぞ。さっきの顔を写真に撮っていたら学校№一がそれこそ順位が下がるだろうな。勿体ないことをした」
小野は下に俯き、プルプルと震えだした。
……言い過ぎてしまったか?
確かに、小野は黒柿、宇治を陥れた犯人。だが、それと同時に春義に浮気された被害者でもある。
「――――さっきから聞いてりゃ言いたい放題言いやがって、あんまり調子乗んなよ」
「……ん?」
今のは聞き間違いか?そうだよな。あ、空耳かもしれない。
「耳ついてんのか?調子乗ってるんじゃねえって言ったんだよ」
どうやら聞き間違いではないらしい。
小野は自分の結び目に付けてあるシュシュを外し、髪の毛をなびかせながらも、先程までの笑顔は何処に行ったのかと言わんばかりの鋭い目つきを隠そうともせずに、こちらを見据えていたのだった。
「ちょっとでも心配した俺が馬鹿みたいだったな」
「誰に向かって心配なんかしてんだよ。何様だよ」
先程の笑顔は本当に何処に行ったのだろうか。地球の彼方に吹っ飛んで行ったのかもしれない。
「ようやく、本性を現したのは良いが、俺が今回の事を黙ってる条件を言いたい」
「いやいや、ちょっと待ってよ。誰に向かって命令しているのか分かってんのか?」
「良いのか?こっちには二人の犠牲者、そして今俺がお前の本性を見ている。それを言いふらしても構わないんだぞ」
「言いふらせるものならやってみろよ。その瞬間、お前が全てを失って自殺にするまで追い込んでやるよ」
「残念ながら俺が失うのは本以外何もない」
「いや、あるね。人は大体一つは持っている。例えば家族、友人、恋人、必ずどれかを持っている筈だ。そして、私はどれでも全部崩壊させるだけの実力がある」
この子は一体誰なのだろうか。
先程まで可愛いとか言っていた俺も地球の彼方に吹き飛ばしてやりたい。
「だが、こちらの条件を呑んでもらいたい」
「分からねえが、取り敢えず言ってみな」
「これ以上伊瀬の噂を流すことを止めて欲しい」
「ふーん。まあ、それに関しては私はただ自分と同じ位になりそうなあいつの噂が流れてたから利用しただけで、別にこれからどうこうしようとは思ってない。次」
こいつこそ一体何様なのだろうか。一回、引っ叩いてやりたい。
「春義先輩の噂を流すような真似はしないで欲しい」
「ああ?どうして、私がそんなことするんだよ」
「は?お前のプライドが高いから、春義先輩と別れた後に変な噂でも流すのかと」
これが、俺が急いでいた原因だった。プライドが高い小野ならば、別れようとした春義先輩の根も葉もない噂を流すのではないかと思ったが、この感じでは小野は流すような真似はしない様で、春義先輩の穏便に音沙汰なく別れるという依頼は完了だ。
伊勢の案件もこれ以上は何も無さそうだし、完了。
更に言えば、犯人も無事判明し、俺も満足。結果オーライと言う事だ。
「私はそんなことはしない」
「はいはい。なら、もう終わりだからじゃあな」
「待てよ」
最近の俺には昼休みという休みの時間が時間が与えられていない気がするので、そろそろ休みたいつもりだったのだが、小野に止められる。
…ん?
止められたと同時に、六月だからだろうか。天気予報では晴れだった筈なのに、ポツリ、ポツリと雨が降り始める。
「……おい、雨が降り始めた」
から戻ろうと小野に提案しようとしたが、彼女の表情を見てそれから先の声が喉から出ずに詰まってしまう。
まるで、今から自分が話すから黙っていろと無言の圧力が自分に降りかかっているような感覚であった。
「……素の表情も、ここまで完璧に自分がしたことがバレたのもお前が初めてなんだよな。こう見えて、私は全て完璧にこなしてきた。勉強も出来過ぎては嫉妬されるから中盤をキープして、運動も出来過ぎたらまた疎まれるからそれなりにそつなくこなし、完璧な女を演じているつもりだった」
小野は確かに演じていた。俺もさっぱり分からなかった。黒柿、宇治、今までの出会いが無ければ、俺もまた彼女の演技には気付かないし、小野が何をしたのかも分からないままだっただろう。
「だけど、お前にはバレた。更には、プライドが高いのもバレて、挙句の果てには私でも気付かないことを調べ上げてプライドはズタボロ。ここまでコケにされたのは人生で初めてだ」
まあ、そうだろうとは思うが、ご愁傷様としか俺には言いようがないが、彼女を前に口を開くことが出来ない。
はっきりと言えば、関わりたくないとか、面倒だとかそんな概念が吹き飛んでいる。
ただ、雨が本格的に降って帰りたいはずなのに、このまま帰れば何が起こるか分からないと頭の中で警報が鳴っている。
逃げたくても逃げられない状況にいる感じに囚われている。
「貴方が他の人に言わない限り誰にも手出しはしない。だけど、ここまでコケにされて黙ってるほど私は馬鹿じゃないんでね。――――吉条宗弘、覚悟しとけよ」
「……あ、ああ」
ただ、それだけを口にされることを許されなかった。
彼女は一方的に言い残し、雨に髪を打たれながら校舎裏を出ようとしたが、
「貴方も知っているんなら覚悟しときなさい。漢城伊里」
「は?」
「あちゃあ、バレてたか」
小野は何事も無かったかのように去っていくが、その反対側から漢城伊里が雨に濡れながら姿を現した。
「お前、何やってんの?」
「だって、吉条君が小野さんが犯人だって言うからどういった根拠でそうなったのかなって見てきたけど、取り敢えずどっちも凄かったです」
「……何だその感想は。俺は凄くない。むしろあちらさんがとてつもない豹変ぶりだし、凄かった」
「同じく。私も思わずここから逃げたらやばいって直感が告げてたもん」
「お前もか。俺もだ。濡れっぱなしなのに逃げることが出来なかった」
小野が演技をしていることは、予想があったし、被害者の二人の話を聞いた時から確証は確かにあった。だが、ここまでギャップが酷過ぎるとは思いもしなかった。最早、男の言葉使いの女としか言いようがない。
「私、これ新聞にしたらやばいですかね?」
「やばいな。学校にいられなくなるかもしれん」
「……あながち冗談に聞こえないのが怖いです」
漢城もまた自分が記事にした時の光景を考えたのか、身体に手を当てて震えていた。
「うう。もう少しで夏なのに寒いし、悍ましいです」
「ハア。自分で見たからだろうが。本当に何してんだよ」
溜め息を吐きながら寒いので戻ろうとすれば、漢城もまた隣に付いて来る。
「……結局、私なーんにも役に立たなかったです。協力するって言っておいても、結局は吉条君が全部一人で導き出して解決してますし」
少し頬を膨らませながら呟く彼女は本当に悔しがっているのかもしれない。だが、今回漢城が悔しがる理由など一つもない。
「何言ってんだお前は」
軽く変に悔しがっている彼女に対し、軽くポンと小突く。
「え?」
「今回俺がここまで見つけられたのはお前のおかげだろうが。協力者がいない状況で、助けてくれたのがお前だったからこんなにも早くに解決出来たんだろ。お前には感謝する人はいても、貶す人なんていない」
「ど、どうしちゃったんです?吉条君も怖いですよ?」
本当にこの学校は失礼なことを言う奴が多くないですかね?後、一体俺はどんな人間に思われているのか、是非今度、色んな人に聞きたい。
「簡潔に言うとだ。漢城がいてくれて助かった。ありがとな」
「――――そう言われると嬉しいです」
漢城が若干顔を赤くして呟く。ただ、何故顔が赤いのか気になったが直ぐに原因は気付いた。
……こいつ、もしかして今更気付いたのか?
「お前もっと早く気付いたらどうだ?濡れて下着見え見えだって」
「え!?先に言え!!!!」
「――――っ!?気付いてないお前が悪いだろ!?」
突然頬を右ストレートがさく裂し、突然の攻撃に何も反応出来ずに食らってしまう。
凄い威力が備わってた気がする。
「最低です!どうして早く言わないの!?」
服を見せないように抱え込み、顔を真っ赤にしながら呟く漢城。普通雨に濡れたら気付くだろ。
「いや、気付いているものかと」
「気付いていて見せるとか痴女とか思ってるんじゃないの!?」
「情報の為なら身体も売るかと…冗談だ!冗談!」
ふざけて言えば、漢城が手に拳を握り、殴る構えをする。
「遺言はあります?」
最早殴られることは決定しているらしい。ならば、俺も言わなければならないことを言おう。
「赤とは中々に気合が入ってるな」
パン!
拳ではなく平手打ちが雨をかき消す程の音で鳴り響くのだった。
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