第27話 悔しい

 季節は七月。今では地球温暖化の影響で暑さが増していく中、蝉の鳴き声はうるさいが、世の中は回り続け、暑い中期末テストが行われ、結果発表が廊下に張り出されているのを呆然と俺は見ていた。


 ここまで苛立ち、後悔を感じたのは何時ぶりだろうか。果たして、今日と言う日程勉強しなかったことを後悔したことは無かったかもしれない。


 ここまで苛立ちを隠しきれないのは蝉の鳴き声のせいだろうか?猛暑日だからだろうか?


 ――――違う。断じて否だ。ここまで俺を苛立たせている原因は――――学校一美少女である小野美佐子に対してだ。


 期末テスト順位

 一位 清水涼音 497点

 二位 小野美佐子 490点

 三位 吉条宗弘 486点


 元々、クラスも違う俺達だが、点数だけは学年共通のテストである五教科のみ。よって、小野や清水だけが簡単なテストではない。

 だが、俺だって子供ではない。たかが点数だけで負けたぐらいならこれ程までに怒ったり、後悔したりはしなかったと言えるだろう。だが、彼女は順位を見に来た俺とすれ違いざまに言ったのだ。


 『こんなものか』


 と勝ち誇った顔で呟いた。本気で血管が脳内で切れるのではないかと思える程に怒りが込み上げてきた。だが、それだけではなく、去り際、小野が友達と話している所を聞けば、テストの全ては凡ミスによる間違いであったという。ここから意味するのは、彼女は一位になることが目的ではない。それこそ、疎まれるからだ。ならば、どうして今回ここまで順位を上げたのか、それは簡単な話だ。前回散々煽った俺に対する復讐。


 ――――宣戦布告でもあると俺は思ってしまった。


 彼女は多分伝えたかったのだろう。テストなんて私が本気を出せばいつでも勝てるのだと。


 ……あの時のあいつの勝ち誇って人を舐めている横顔が今でも脳内で繰り返し再生される。


 畜生!!!!


 今日ほど家で勉強していればと思った日は無い!なんだあの勝ち誇った笑みは!マジでこういう時何て言うんだろうな。腸が煮えくり返るというのが表現として正しいのかもしれない。

 暑さや蝉の鳴き声など、何処かに消え去ってしまった。


 悔しいよおおオオオオオオオ!!!!


 本当は大声を上げて叫びたい気持ちがあるが、周りの迷惑を考えて黙っているが、本当に叫びたい!


 今日ほど憂鬱で本にも集中出来ない日は無いかもしれない。


 「……お!吉条君。学年二位の座を奪われたお気持ちは?」


 更に心を抉ってくる能天気な新聞部部長である漢城伊里。彼女は本当に空気が読めない。


 「今本気で悔しいんだから言うんじゃねえよ」


 「まあそうですよね。あの件があってからこの点数。明らかに吉条君に対する対抗ですよね」


 「分かってるんだったら聞くんじゃねえよ。マジで、本気で悔しいし苛ついてんだよ!赤下着は見てないかもしれないが、あの勝ち誇った横顔がマジで苛つく」


 「ちょ!ちょっと赤下着とか大声で言わないで!」


 「どうしたんだ赤下着?」

 

 「最早悪気しか見当たらない!?」


 ちょっと漢城のおかげでストレス発散出来たかもしれない。うん、こいつには感謝だな。


 「ありがとな赤下着」


 「何のお礼!?本当に!あの時のは忘れて!偶々雨で乾いてなかったからあれしかなかったの!」


 漢城は小野の一件以降から、直ぐに期末テストが始まり部活が無い間も偶に俺の所に現れる。

 彼女曰く、俺の元に居れば何かが起きそうと、まるで俺が全ての元凶であるような言い方をするからたまったものではない。


 「分かってるよ。そういうお年頃だもんな」


 「一切話を聞いてないです!?」


 流石に漢城が少し可哀そうなのでこれぐらいにしておこう。


 「ストレス発散はこれぐらいにして、まさかここまでテストの順位を上げられるほどあいつは凄い奴だとは思わなかったな」


 「……さり気なく私をストレス発散に使っているのは頂けないですが、お互い様と言うことで。ただ、今回のテストの順位もあの豹変ぶりより驚かない私がいます」


 「それを言ったら確かにそうだが、悔しいものは悔しい。ていうか、絶対に負かす。今度何でかかってこようと絶対に負かして吠え面かかせてやる。あのくそ女狐」


 俺が小野に対抗心にメラメラに燃えていると、隣から溜め息が聞こえ、


 「……最近分かったのですが、吉条君って結構S気質がある気がします」


 「漢城はM気質がありそうだけどな」


 「吉条君に苛められて喜んだこと一度も無いんだけど!?」


 これもまた、最近分かったことだが、漢城は喋り方が敬語と敬語じゃない時では慌てたときに変わるというのが最近の発見。

 

 「まあ漢城がМ気質かどうかはどうでも良いが、今日は憂鬱だな。もう部活行かなくていいからとっとと帰ろう」


 今日と言うほど本気で憂鬱なのは久しぶりなので、今まで行った分、今日だけ部活は休みを取らせてもらおう。


 「私の気質がМかどうかはとても重要な案件だとは思いますけども、部活行かないんですか?」


 「ああ。今日は本気で本で精神を落ち着かせる」


 「ほほう。もしかして吉条君がテストで良い点数を取れるのは本のおかげです?」


 「知らねえ」


 「素っ気ないです!もっとはきはきと!」


 漢城は笑顔で呟くが、はっきりと言えば今はそんな気分ではない。


 「いや、マジで分からねえよ。ただ、現文に関しては勉強したことがないから、もしかしたら使えるのかもしれないがな」


 「何だかんだ素直に答えてくれる辺り、吉条君は素直じゃないですね」


 「何だかんだ赤下着と言われて嬉しい漢城さんも素直じゃないですね」


 「嬉しくないですし!私の真似しないで!」


 「お前って慌ててる時が直ぐに分かるな」


 「う、うるさいです!」


 自分でも少しは自覚しているのか、若干顔を赤くしながら慌てた様子で呟く。


 「取り敢えず、俺は帰るんでじゃあな」


 「はーい」


 漢城もまたこれから用があるのか、足早に去って行った。

 本当に嵐のような奴だ。

 だが、あいつのことを気にしてもきりがない。俺も今日は本当に疲れたし帰ろう。


 萩先生が、授業が終わる間際に体育委員会がどうとか言っていたが、俺には関係ないし、今回のテストで何て言ったのかは忘れたので、とっとと帰ることに決定。


 結局、今だ清水の見返りも教えて貰ってなければ、泉に一つ貸しが出来ているのだが、今日返す必要も無いだろう。


 教室に行けば、既に南澤、寺垣は部室に行った後なのか姿は見えない。今から帰るのも最早面倒だが仕方ない。

 重い足取りで下駄箱に向かい、靴に履き替えて昇降口に向かったのだが、


 「あ、吉条君今帰りですか?」


 まるで、偶然出会った感を装う漢城。

 ここは無視。

 颯爽と帰ろうとするが、隣に漢城が並ぶ。

 何故いる?


 「無視しないで欲しいです」


 ここも無視。


 「お願いだから無視しないでください―――!」


 泣き叫ぶように呟くので、仕方ない。


 「何だよ。さっきも言ったが俺はもう憂鬱で直ぐに帰りたいんだ」


 「ハア。吉条君は酷いです」


 「帰る」


 「ああ!要件言いますから!」


 話が進みそうに無かったので帰ろうと思ったが、漢城が慌てた様子で前に出る。


 「それでどうした?」


 「一緒に遊びません?私もテストの順位が悪かったので帰って怒られるので、楽しんで帰りたいんですよ」


 この子は部活連中とどうやら同じらしい。俺の話を一切聞かない。

 

 「帰って本を見たいと言った筈なんだが?」


 「えー?私と遊びたいって言ってませんでした?」


 アホな事を呟く漢城の隣を過ぎ去ろうとしたが、慌てて前に来られる。


 「遠まわしに言って邪魔だ」


 「一切遠まわしに言ってない様な気がしますが!」


 「だから、俺は帰ってゆっくり休みたいんだ」


 「私の予想では小説に集中しようにも集中出来ないんじゃないです?本を見ようと思えば、私は知らないですけど小野さんの横顔がチラつくんじゃありません?」


 漢城と言う奴は偶に鋭い事を言ってくるから困る。確かに、今本を読んでも集中出来ることは無いかもしれないが、


 「だからと言ってお前と遊んだら俺の鬱憤が晴らされるとでも言いたいのか?」


 「それは分かりませんが、行ってみなくちゃ分かりませんよ?それに、私って結構情報持ってるんで吉条君が知らないような面白い小説を教えてあげます」


 「今すぐ行こう」


 「え?」


 「何だ?行かないのか?」


 流石に俺が知らない様な小説が手に入ると聞けば大変気になる。

 というより、滅茶苦茶気になって、今既に小野の横顔など吹き飛んだ。


 「吉条君って結構チョロいです?」

 

 「全くチョロくない。ただ、学校の下校時間ぐらいには帰るぞ」


 断じてチョロくはない。堅物とも言えるかもしれない。自分じゃ分からないけれども。


 「分かりました。それじゃあ行きましょう!」


 「お前って男子と遊ぶ所とか分かってそうだな」


 「……これは私遠まわしに男と沢山遊んでるって言われてます?」


 「良く分かってるじゃないか」


 「私は男たらしじゃない――――!」


 漢城の叫び声が学校に響き渡るのだった。


 


 


 


 


 

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