第19話 南澤はもしかして凄い?
今の現状を見て何も思わない人間がいるのだろうか?
俺は、『お悩み相談部』の部室に行こうと思っていたのだが、部室に向かう長蛇の列。
問題が起こっているのなら、先生がいる筈だ。
しかし、ここには大勢の生徒達で溢れ返って先生がいる気配はない。
恐ろしい考えで面倒なもめごとでは無いと安堵はできる。
一番考えられないが、一番当てはまる選択肢として、『お悩み相談部』に相談する人間の行列が出来ているのだ。
だが、このまま立ち尽くしても情報は一切入らないし、原因は分からないので進むしかない。
取り敢えず人込みを分けて部室へと入る。
「おい、一体何が起きてんだ?」
「見たでしょ?あれが私達が宣伝の為に書いた紙の成果よ」
真っ先に部室に入って尋ねると、南澤が自慢げに呟く。
「紙?」
「……もしかしてですけど、今日朝配られた私達の紙を見てないんですか?」
「見てない」
「はっきり言い過ぎです!きちんと見てください!」
泉に叩きつけられる形で、三人で考えて作ったという紙を見つめる。
『恋の相談解決率百%!♡今まで相談してきた人は全てのお悩み解決!恋の相談だけではなく、何でも相談して来てください!♡――――』
ハートに苛つきを感じてしまい、途中で止める。
たった二行の文章で言いたいことがある。
「なあ、この恋の相談百%ってどういうこと?」
「吉条こそ何言ってんのよ。愛華ちゃんに、茜ちゃんの恋の相談はきちんと解決してるじゃない」
「たった二つだけどな」
「嘘は書いてないし」
南澤たちは悪く無いと言わんばかりに顔を背けるが、現状に対する把握は出来た。
「新手の詐欺か。だが、人だかりが出来てるのかはようやく理解出来た。そりゃあ、恋の相談百%解決なんて、来たがるわな。だけど、こんなにも相談が来るとすれば処理しきれるのか?」
「今日一日で解決出来ない案件はメモっておく!」
流石に考え無しではないようで、寺垣がペンとメモ帳を掲げる。
「取り敢えず、長蛇の列の相談は皆で頑張ってくれ」
今回は本当にやらなければならない案件があるしな。
今から、伊瀬に話を聞きに行き、場合によっては自分より遥か雲の上の存在である学校一美少女に話しかけに行かなければならない。
三人の言葉を待たずして扉に手を掛けた所で呼び止められる。
「待ちなさい。吉条君もそこに座って話を聞きなさい」
「………はい?」
昨日、話を聞きに行けと言ったばかりにも関わらず、何を言い出しているのだろうか?
まさか、清水のボケ?
…流石にそれはないか。
ここでいつもなら南澤や泉が先に止めるのに、真っ先に清水が止めに入ったのには、伊瀬達に話を聞きに行くよりもここで話を聞いた方が良いと言うことか?
「いいから座って話を聞きなさい」
「……はいよ」
「二人ともどうしちゃったんですか?今から飛び蹴り食らわせる前に清水先輩が止めるのも意外ですし、広先輩も素直に聞くのも不思議なんですけど」
さり気なく自分が飛び蹴りをすると普通に言ってのける泉に身体が震えるが、聞き間違いだと完結しよう。
「部活を精一杯頑張ろうという気持ちだ」
「誰よりも似合ってないセリフじゃん」
寺垣にツッコまれるが、俺も自覚しているので黙っていて欲しい。
「……と、取り敢えず話だけは聞くがお前らが呼んだんだ。なるべく自分達で解決してくれよ」
「分かってるわよ。今までの手柄は吉条にばっかり取られてるけど、私達に任せなさい!」
南澤が自信満々に言うのに若干の不安は残されているが今回の功績もあるので、黙ってお手並み拝見といこう。
読書しながら、清水の言葉が気掛かりではあるので耳だけは傾けておく。
「それじゃ、最初の依頼者どうぞ!」
寺垣の声を筆頭に初めにオドオドした姿を晒し、周囲を見渡していた女の子が現れて椅子に座る。
「え、ええとここで喋ったのは黙って貰えるんですか?」
「安心して!私達は絶対に喋らないわ!相談に関しては一級品なんだから!」
また、見栄を張ってハードルを上げてどうするのだろうか。
「じゃあ、私の好きな人が付き合ってて……好きな人の彼女は私の友達で…私どうしたらいいのか分からなくて…諦めて応援しないといけないのは分かってるんですけど…諦めきれなくて」
初っ端から凄い依頼だな!
難しい依頼を聞いている寺垣、南澤、泉の方を見るが、三人もどうしたらいいのか分からないような困惑気味の顔だ。
それもそうだろう。
まさかここまで深い心境を抱えた依頼がくるとは思わなかった。
てっきり彼氏を手軽に手に入れるのはどうしたら良いの?などとネタに思われても仕方のない内容が出てくるのを想像していたが、全然予想とは違い過ぎた。
閑話休題。
話しは逸れたが今の依頼は彼女の学校生活の今後を担う相談である。
彼女に気を遣い諦めないで頑張れ!と言い、万が一彼氏が今の彼女から依頼主に移った場合、二人の友情に亀裂が入る可能性もある。
だからこそ、彼女は悲しむかもしれないが諦めて応援するというのが無難であるが、正解ではないのかもしれない。
「私はそのまま好きでもいても良いと思いますけどね。好きでいることは悪い事でもないですし、付き合っているから積極的に行ってはいけないという理由もありませんから」
慌てて真っ当な意見を述べている泉の方を振り向けば真剣な表情で相手の顔を見つめながら部活のメンバーとして相談に乗っている泉の姿が見受けられる。
「だけど、好きで居続けて可能性は低いのは分かるんですけど友達と亀裂が入るかもしれないですし」
先程の俺と同じ言葉を述べる名無しの依頼主さん。
お前が言っていることは正しいのだが……、
「友達との亀裂が入っても抑えきれないほど好きなんじゃないんですか?だったら、頑張った方が良いと思いますよ。それか、彼女にもう宣言してみてはどうですか?私は好きだから諦められないからって。なら、少しは亀裂がなくなるかもしれませんよ」
「……確かに、私は彼のことが好きです!ありがとうございます!何だか、スッキリしました!」
部室に入った時とは一変し清々しい笑顔を向けた依頼主は席を立ち去っていたのだが、果たしてここにいるのは俺が知っている泉なのだろうか?
別人な気がするのは俺だけか?
「……何ですか広先輩?」
泉の方を見てしまっていたのに気付かれたようで泉が不審者を睨みつけるようにジト目で訪ねてくるのだが、
「…いや、なんか今日のお前凄いなって思って」
「そんなことは無いですよ。私だって考えていたことですし」
「考えてた?」
「そうですよ。最近少しですですけど、同じ状況が出来そうな気がしたので。でも、私の気のせいだったので大丈夫でしたけど」
「ん?お前って好きな人いたのか?」
今の口ぶりからは泉に好きな人がいると言っているのと同じだと思い、興味本位で聞いたのだが泉は悪戯っ子の様な笑みを浮かべていた。
「何ですか~?もしかして私に好きな人がいるかどうか気になるんですか?」
「全然」
「ちょっと、そこに立ってください」
拳をパキパキと鳴らせながら立ち上がる泉が尋常ではないほど怖い。
「落ち着け。俺は悪くない。お前も悪くない。よって何もなしが一番良いと俺は思う」
「……ハア。取り敢えず私も少し疲れたのでお二人で頑張ってください」
泉は流れるままに一抜けし机の端っこにいる俺の隣に座る。
「いや、何してんのお前」
「だって、あそこまで内容が濃い依頼が来るとは思わないじゃないですか。私、無暗に責任とか取りたくないですし」
泉がヒソヒソと伝えてくるが気持ちは分かる。
「舐めていたが結構えぐい依頼来るんだな」
「本当ですよ。さっきの依頼は何とか出来ましたけど、もう私の手には負えませんよ」
こいつは責任逃れをしようとしてやがる。
まあ、俺でもすると思うけど。
「そ、それじゃあ次の方!」
「僕のお願いを聞いて欲しいでござんすよ!」
走って入ってきたのは、痩せ細りのガリガリで眼鏡を掛けている男だ。
何故か背中にバックを背負い、チャックが締まっておらず、バックからアニメのフィギュアがはみ出ており、手にもフィギュアが握られている。
誰が見てもオタクである。
南澤、寺垣が自然の動作の様に一歩椅子を後ろに下げる。
「どうして、僕には彼女が出来ないんだよ!?」
……何故、俺の方を見る?
あ、南澤と寺垣が一歩下がっているからか。
左右を振り向いて気付いたが泉は何時の間にか背後に隠れている。
「僕はこれでも頑張ってるんだ!太らないようにダイエットはしてるし!勉強もしてる!なのに、なんでモテないんだ!」
「その努力をする前に、後ろにあるバックを失くせよ」
「何故ですか!?これは僕の一押しのキャラなんですよ!?」
「お前彼女作る気無いだろ。ネタで来てんのか」
失礼かもしれないが、思わずツッコんでしまう。
……いや、考えて欲しい。
背中にフィギュアを詰めて、手にもフィギュアを持ってる人間がそんなことを言ってくれば誰でも思うはずだ。
「ネタ!?失礼ですね!?僕は真剣ですぞ!?」
「なら、まずバックを小さめにして、どうしても入れたいのならフィギュアを入れるとしても一つ。そして、あまり見られないようにしろ。後、手にフィギュアを持つな」
「……ですが」
名無しの依頼主は少し落ち込んだ素振りを見せる。
……そこまでフィギュアを手放したくないのだろうか?
「どうした?」
「小さめのバックを買うお金が勿体ない気がするんです!」
「お前、彼女作る気ないだろ。帰れ。次」
「酷い!」
嘘泣きをしながら、ガリガリの名無しは去って行った。
「よし。張りきって行こう!」
「うん!」
今のやり取りは無かったかのように話を進める南澤と寺垣。
少しガリガリの名無し君が不憫に思えてしまった。
だが、その後は一日で解決出来る案件は南澤と寺垣が相談に乗りながら話し、一日では解決が出来ない部類は寺垣がメモを取りながら捌いている。
読書をしながら依頼人の方に耳を傾け、隣の泉もスマホをいじっている光景が目の端で見受けられるのだが……泉がチラチラとこちらを見ているのは気のせいか?
「何か用か?」
「あの、広先輩が読んでる小説って面白いんですか?」
「何だ?お前も興味が湧いたか?」
「いえ、さっきのガリの人があそこまで熱中していて、広先輩もずっと読んでるじゃないですか。人がとことんハマる程に面白いのかなって」
あそこまで熱中している人がいたら少しは気になるか。
「面白いぞ。小説も漫画もな。漫画は学校に持って行ってバレたときが面倒だから持ってこないがどちらも面白い」
「へえ。今まで見たことなかったですけど、漫画ぐらいなら私でも見れるかもしれないですね」
「漫画は誰でも気軽に読めるって形だが、小説も悪くないぞ。一般的に文字が多いし、敬遠されがちだが、一度読んでみたら分かる。俺も最初は漫画が見飽きて、こちらに手を出した形だが、こんなにも面白いとは思わなかった」
「じゃあ、どれがオススメですか?」
「お!泉もようやく小説に興味を持ち始めたか。その気持ちも分からなくは無いし、全力で教えよう」
「なんか、今までで一番広先輩が張りきっている気がするんですが」
「まあな」
泉が指摘されても否定は出来ない。
誰でも本の内容を誰かと共感したいという気持ちはあるだろう。
好きな物を共有出来るのは素直に嬉しい気持ちが芽生える。
「清水先輩のは違うんですか?」
「清水のはジャンルが違うな。ジャンルが違うだけであいつが読んでるのも面白いぞ」
「そうなんですね。取り敢えず先輩のオススメを教えてください」
「……そうだな。初心者で誰でも読むだろう万人向けの作品ならこれがオススメだな」
バックから一つ本を取り出すが、泉が驚いたような顔をしている。
「どうした?」
「先輩って学年二位ですよね?」
「一応そうだが?」
「今、カバンの中がチラッと見えたんですけど、勉強道具が見当たらないんですけど、どういうことですか?」
「どういうことって、家で勉強しないし」
「え!?テスト週間もですか?」
「ああ。あ、だが一年ごとに先生が変わる時は流石に勉強するが、今の所あまり変動無いし、家で勉強したのはもう一年前だったか?」
「ハハハ。先輩も冗談言うんですね。だって、家で勉強しないでどうやって勉強するんですか」
「いや、全く冗談なんて言ってないんだが、学校で普通に勉強してるし。テストの日は朝早くに学校来て勉強すれば点とれるし」
「いやいや!意味が分からないんですけど!?」
「俺の順位や点数はどうでも良いんだよ。それよりも、小説なんだが」
「結構重要だと思いますけど!?」
泉が凄い驚いているが、どうしたのだろうか。
「まあそれは後で話せばいいだろ。今は本だ。これでも読んでみろ」
「へえ。って、これって表紙が真っ黒なんですけど、本ってこんなもんなんですか?」
泉は未知の物を見定める様に遠目で物色しているが危険物質などでは無いからな?
「ちげえよ。それはカバーで、表紙を隠すための物だ。家で読むと思うだろうからお前からすれば必要ないかもしれないが、一応つけとけ」
「へえ、便利な物もあるんですね。じゃあ、ありがたく貸してもらいますけど、当分読めないかもしれないですよ?」
「安心しろ。そんな早くに読むとは始めから思ってない」
俺も最初は微妙だと思い、暇な時間に現代文の勉強程度になるかもしれないと読んでいた。
しかし、物語が進み中盤から一気に面白くなってくるんだよな。
物語とは面白くなれば、いつの間にか本を読むまで読み続けているのが読書家としての性ともいえるのだが、まさか三時間も読み続けているのに気付かないとは思わなかった。
「はい!次の方!」
泉と話していると南澤の声で、すっかり『お悩み相談部』に来ていた行列の相談者忘れていたことを思い出す。
泉との話に熱中してしまって、依頼人の話を聞くのを忘れていた。
南澤の声で部室に入ってきたのは寺垣と同様に染めたというのは分かるんだが、あれは、茶色と金色が混ざったような髪なのだが、何色と表現していいのかが俺の知識では分からない。
だが、一つだけ言えるのは男子の中でもダントツでイケメンであり、身長も百八十㎝はあるであろう背丈、もしかしたらモデルにいても別に疑わないぐらいの存在だ。
……こんな男に相談することなんてあるのだろうかと思わずにはいられない。
「あ、あの人って」
泉は俺が貸した本を眺めていると思えば、部室に入った人物の存在に気づく。
「知ってるのか?」
泉だけに聞こえるだろう声で聞く。
「広先輩なら知らないかもしれないですけど、超有名人ですよ。あの、学校一美少女小野美佐子先輩と付き合ってることで有名なサッカー部の
泉の応えに驚いてもう一度春義という男を見てしまう。
春義を見た理由はイケメンと言われているからではない。
昨日、黒柿たちと話していた時に名前が挙がった小野美佐子の彼氏と言ったのだ。
しかしながら、春義の方は俺の視線に気づいていないのか、淡々と椅子に座る。
「ここは、相談の内容は黙ってくれるんだよな?」
「ええ。私達は絶対に言わないわ!」
南澤が堂々と宣言したことによって、春義もまた覚悟が決まったのか、一瞬目を瞑ったが直ぐに開き、
「……彼女と何事も無く別れる方法を知りたい」
「ほう」
思わず、声を上げて耳を傾けてしまう。
ここに来て、清水が部室に残れと伝えた意味が示されてきた。
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