第2話
「どうしても、いくのか?」
誰かが、自分を呼んでいる。この声は、陽介だ。
愛機の点検をしていた咲夜は手を止め、声のした後方へと顔を向けていた。飛行服に身を包んだ彼は、悲壮そうな眼差しを自分に送っている。いつもはきちんとそられている髭がかすかに伸びていることに気がついて、咲夜は苦笑していた。
「髭も剃れないぐらい、俺のことが心配か?」
体を彼に向け、咲夜は微笑んで見せる。
「髭なんて、どうでもいい。お前は――」
「お前は、誉れある343航空隊の一員なんだ。そんなお前に守って俺はお国のために命を捧げに行く。そんな光栄なことはないよ。それに、こいつも一緒だ」
後方の愛機へと顔を向け、咲夜は彼女の機体を優しくなでていた。飴色の機体には、撃墜数を表す桜の花が無数にあしらわれている。遠くから見ると、零戦に桜が咲き誇っているようだとかつての戦友たちは笑いながら言った。
その戦友たちも、今は自分と陽介しか残っていない。予備学校で共に学んだ仲間たちは、みな空に散っていった。
「正直、ラバウルでの撃墜数はお前の方が多かった」
「正確に言うと不確実数だ。小隊長殿が優しいお方で、撃墜でいいとおまけをしてくれたんだよ。その証拠に、お前は紫電改に乗れている」
陽介の所属する343航空隊は、本土防衛のために日本の精鋭たちを集めたエリートパイロット集団だ。零戦の後継機である紫電改は、零戦をしのぐ格闘性能を持ち合わせ、操作性も抜群だという。
自分は、そのパイロットに選ばれることはなかった。
代わりにやらされたのは、特攻要員として徴用された若者たちを訓練する教官の役だ。その若者たちも数を減らし、本土防衛のために自分が命を捧げる番が来た。
「こいつと一緒に先に行ってる。お国のために命を捧げられるんだ。そうじゃなきゃ、見送っていった教え子たちにも合わせる顔がない」
怯えることなく、空に旅立っていった彼らの姿が忘れられない。戦場で死ぬことを決意した自分はいつまでも生き残り、そうでなかった者が国のために命を捧げていく。
その、崇高で残酷な行為を自分は黙って見守ることしかできなった。そんな日々も終わりを告げるのだ。
明日、自分は特攻隊員として沖縄の海に行く。彼らの後をやっと追うことが出来る。それが、なんとも嬉しくて、悲しくもあった。
「心残りがあるとすれば、茜に会えなかったことかな?」
咲夜は言葉を続ける。生きて帰ってきて下さいと自分を送り出してくれた幼馴染そんな彼女は、無事でいるだろうか。
故郷の島は四国の瀬戸内にある寂れた漁村しかない島だ。そんな場所に敵が攻撃を仕掛けるとも思えない。
それでも彼女のことが心配で、咲夜は茜のことを考えるたびに胸を痛めていた。
ふと、背後から抱きしめられる。驚いて顔を向けると、陽介が自分を抱きしめていた。
「生きろ……咲夜……」
彼の言葉が耳に突き刺さる。
自分はこれから死にに行くのに、この戦友は何を言っているのだろうか。苦笑しながら咲夜は彼に言葉を返していた。
「あぁ、俺は生き続けるさ。お前の中で。海に散っても、お前の中に俺はずっといるだろうから」
「そうだな……」
そう言って、親友は悲しげに微笑んだのだ。
気がつくと、どこまでも青い空が視界に広がっていた。咲夜は眼を見開き、あたりを見回す。最初に見えたのは、巨大な木の根。その根が、咲夜の寝そべる石畳の床を縦横無尽に走っている。
起き上がり、咲夜は気がつく。どうも自分は生きているらしい。
「俺は……」
自分はたしかに愛機もろとも敵艦に特攻したはずだ。生きているはずがない。
夢でも見ているのだろうか。それともここは、あの世なのだろうか。
「気がついた?」
混乱する咲夜に声をかける者がいる。鈴を想わせるどこか冷たい声音の声だった。
声のした方へと顔を向ける。
瓦礫の山の上に、一人の少女が佇んでいた。飴色の長い髪を空に流しながら、少女は桜色の眼でじっと咲夜を見つめている。歳にして十三、四ほどの少女だろうか。そんな少女がなぜこんな場所にいるのか、咲夜は見当がつかない。少女は短く息を吐いて、瓦礫の山を降りる。
彼女の纏う銀灰色のワンピースは、どこか零戦の装甲を想わせた。
「レイ……?」
そんなはずはないと思いつつも、愛機の名前を口にしてしまう。彼女の纏う色彩は、共に戦場を駆けてきた愛機を連想させる。
それにもしここがあの世なら、レイが人の姿をしていてもおかしくはない。
「そう。私はレイ。あなたの愛機。皇紀二六〇〇年に作られた零戦二十一型の一人……」
そっと少女は起き上がった咲夜へと歩み寄る。腰を折り、彼女は咲夜の顔を覗き込んできた。
「なに……」
「よかった。ちゃんと、私が分かるみたい……」
そっと咲夜の両頬を手で包み込み、彼女は微笑んで見せる。戦闘機であるはずのレイが人の姿をとっている。やはりここは、あの世なのだろうか。
「レイ……ここは」
「残念だけどあの世じゃない。私たちは、特攻する前にこの世界に呼ばれたみたいなの」
「この世界?」
「そう、地球じゃない、別の場所」
そっとレイが頬から手を放す。彼女は腰を伸ばし、前方へと顔を向けた。咲夜も彼女に倣ってそちらを見つめる。
大きな獣の嘶きが、咲夜の耳朶を揺さぶる。
咲夜たちのいる場所は、峻厳なる峰に築かれた絶壁らしい。その絶壁の前方を、翼を生やした巨大な生物たちが悠然と過ぎ去っていく。
恐竜を彷彿とさせる巨大な生き物が、翼を背に空を駆けている。青い静脈の映える翼は蝙蝠のそれを想わせる。その翼のどこに巨大な体躯を飛び立たせる力があるのか咲夜は不思議に思った。
飛行機乗りになってから、内地で見た古本にこの生物の絵が描かれていたような気がする。欧米の絵本に描かれたそれは、DRAGONと英語で表記されていた。
西洋では、日本の龍にあたる神話上の生き物を竜と表記するらしい。
その竜が、青い空を悠然と泳いでいる。
「なんなんだ、これは……」
自分は、夢でもみているのだろうか。そもそも、竜なんてものは架空の存在だし、自分の愛機であるレイが少女の姿をとるなんてことも考えられない。
意識がもうろうとするときは金玉を握れ。予科練の教官に習ったように、自分の砲丸を想わず握りしめてみる。ぶにゅりと柔らかな感触が掌に広がって、これが夢ではない現実であることを咲夜に教えてくれた。
「何やってるの……?」
そんな咲夜を見て、レイが引き攣った声をかけてくる。
「いや、夢じゃないんだな……」
「そうね、夢じゃない」
「夢じゃない」
「ここって、どこなのかしら?」
「さぁ、どこだろうな」
飛び回る竜たちを見つめながら、咲夜はそう答えることしかできない。隣にいるレイを見つめると、彼女は無感動な桜色の眼を自分に向けてくるばかりだ。
「そもそも君は何で人の姿をしているんだ?」
「わからない。気がついたら、こうなっていたから。ただ、呼ばれた気がした」
レイはこくりと首を傾げ、答えてみせる。
「呼ばれた?」
「そう、呼ばれたの。遠くから。こっちに来てって。そしたら、ここに来ていた」
そっと眼を瞑り、レイは言葉を紡ぐ。風が彼女の髪の毛をなで宙へと巻き上げていく。おもわず咲夜は、その髪に手を伸ばしていた。レイは驚いた様子で眼を開いて、自分を見上げてくる。
「ちゃんと、人の髪だ」
飴色の髪は角度を変えると金属めいた輝きを放つ。零戦はジェラルミンで装甲を覆われた軽い戦闘機だ。その零戦のように、レイの髪は軽い。
「咲夜……」
「君は本当に、俺のレイなのか?」
咲夜の言葉にレイは困惑を顔に表す。彼女は困った様子で前方へと顔を向け、言葉を発した。
「分からない。私も気がついたらこうなっていたもの。何がなんだから、本当に――」
爆音が、レイの声を制する。驚く咲夜たちの眼前で、悠然と空を飛ぶ竜たちが嘶きながら騒ぎ始めていた。
はるか遠方、小ぶりな竜を追う巨大な竜の群れが咲夜の視界に写りこむ。飛行士として鍛えられた咲夜の視力は、追いかけられる竜の上に人影を認めていた。
人を乗せた竜が追われている。
「レイっ!」
思わず咲夜は叫んでいた。目の前の少女が自身の愛機であることに疑いを持っていたのに、その気持ちはすっかり消えていた。
レイは咲夜から距離をとる。その体は光に包まれ、淡い燐光を放ちながら飴色の零戦へと姿を変えていく。その様子を咲夜は眼を見開きながら見つめていた。
———乗って!
頭の中でレイの声が聞こえる。
——早く!
驚く咲夜に催促するように、その声は大きく脳内に響き渡る。咲夜は意を決し、愛機のもとへとかけていた。風防を開き、操縦席に乗り込む。だが、ここには整備士がいない。零戦はエナーシャー・ハンドルと呼ばれる道具を使ってプロペラを回すことで、エンジンがかかる仕組みになっているのだ。だがここには、ハンドルを回してくれる整備士がいない。
狼狽する咲夜の耳に、レイの声が聞こえる。
——いいから、主スイッチを断つにして!
レイの言葉に従い、咲夜は主スイッチを断にする。すると重々しい駆動温が機体からし始めたではないか。ハンドルを回していないのに、ひとりでにプロペラが回りエナーシャが最高回転に達する。思わず咲夜はコンタクトと叫び、メインスイッチを入れていた。
引き手を引くと、プロペラが動き出す。驚きに唾を飲み込みながら、スロットルレバーを開いていく。
瞬間、愛機は爆音を発しながら勢いよくプロペラを回し始めた。エンジンがかかったのだ。
「信じられない……」
——感心してる場合じゃない。早く!
「分かってるよ、レイ!」
動力計、燃料気圧、ブースト計。すべてに異常ないことを確かめる。風防を閉め、咲夜は周囲を見回した。
この断崖は滑走できる場所がない。まるで空母の甲板のようだ。風防から木の根に絡まる蔦の葉を観察する。葉が左上向きに風に煽られていることに気がついた咲夜は、その風上へと機体を動かしていた。
プロペラの影響で機体が右に浮かないようあて舵をしながら、スロットルレバーを引いてエンジンを全開にする。上げ舵で尾部を浮き上がらせ、機体を水平に保ちながら操縦桿を戻し、機体が浮いた瞬間に再び上げ舵にする。
揚力を受けた翼は宙へと浮き上がり、咲夜の乗る愛機は竜の飛ぶ空へと放たれていた。左旋回を繰り返しながら機体を上昇させ、咲夜は追われる竜のもとへと駆けつける。
接近するにつれ、それが女性を乗せた小型の竜であることが分かった。空のように蒼い竜の背には鞍がつき、そこに十代中ごろの少女が座っている。
小麦色の肌を持つ乙女だった。彼女は無造作に束ねた銀糸の髪を宙に放りながら、赤い眼を鋭く細め前方を見つめている。
蒼い竜の口を覆う手綱を必死になって手繰り寄せ、追いかける竜たちの追撃を必死になって躱す。対する追手の竜たちは異様な風体をしていた。
干からびた黒い体をしたそれは、木乃伊を想わせる。そんな不気味な竜たちの口から少女めがけて火球が繰り出される。少女は下降しながらそれを避け、後方へと顔を向ける。
咲夜は迷うことなく、干からびた竜の背後へと機体を移動させていた。敵の数は三頭。三角形に陣を組む竜のたちの左下へと潜り込み、照準器いっぱいに左端にいる竜が映り込むまで接近。7.7ミリ砲を連射する。
機銃を浴びた竜が咆哮を発しながら落ちていく。咲夜の存在に気がついたのか、干からびた竜たちはこちらへと首を向けてきた。一斉に竜たちは嘶き、火球を吐き出してくる。
フットバーを踏んで、機体を左右に滑らせながら咲夜は竜たちへと接近していく。ぶつかるすれすれで機首をあげ上昇、左に機体を捻り込み、そのまま急降下。7.7ミリ砲を下方にいる竜たちに容赦なく浴びせていく。
悲痛な声をあげながら、二頭の竜は落ちていく。咲夜は機体を水平に保ちながら、蒼い竜のもとへと接近していた。
嬉しそうに零戦よりも一回り小さな竜は咲夜たちの周囲を旋回する。その背に乗る少女は気を失っているのか、竜の背にうつ伏せになってぴくりとも動かない。
「レイ……」
——大丈夫。気を失ってるだけだって。
「竜の言葉が分かるのか?」
——なんとなく。
咲夜は竜の背に乗る少女を見つめる。赤い眼を固く閉ざし、彼女は身動き一つ取らない。
「きゅんっ!」
彼女を心配する咲夜に、愛らしい竜の鳴き声がかけられる。咲夜が顔をあげると、風防越しに大きな金色の瞳がこちらを見つめていた。
縦長の瞳孔を持つそれは、嬉しそうに瞬きを繰り返しながら咲夜を見つめている。
蒼い竜の眼だ。竜は零戦から離れ、ついてきてといわんばかりに咲夜たちを振り返ってきた。少女を背に乗せているためか、その動きは静かだ。
「レイ……」
——行ってみましょう。何か分かるかも。
レイの言葉に咲夜は頷く。咲夜は蒼い竜の後を追った。
行けども行けども、広がっているのは海ばかりだ。かすかに見える岩礁以外、海に浮かぶものはない。眼下に広がる海洋は、在りし日のラバウルの海を想わせた。はるか遠い南国で戦った日々が、咲夜の脳裏をよぎっていく。
ラバウルから敵基地のあるガダルカナルを目指してはるか数千キロの旅をした。三時間以上かけておこなわれた飛行は思う以上に飛行士たちの体力を奪い、どれほど多くの腕利きの飛行士がガダルカナルの上空で散華しただろうか。
それでも自分と陽介は生き残った。
今乗っている愛機のレイと別れたのは、ラバウルでだ。
一九四一年一二月八日。日本はハワイの真珠湾を攻撃する。インドネシアでの日本軍駐留や中国からの日本軍撤退を訴える米からの訴えを記したハル・ノートの存在。さらに石油を含む輸出品の規制を米から受け、日本は米との開戦に踏み切る。
後の世で言う太平洋戦争は四年間にわたる熾烈な戦いへと発展していくのだ。日本は真珠湾だけでなく、輸出を止められたことによって枯渇した石油と資源を求め東南アジアへも侵略の矛先を向ける。そして、オーストラリアと英米の連携を断ち切るために、南方方面へも進行を開始したのだ。
その中でもラウバウには腕利きの飛行士たちが集まり、ガダルカナル島を巡って米軍と激しい戦いを繰り広げていた。
激戦が続くラバウルで咲夜は、零戦五十二型への乗り換えを命令された。本土へと戻り、特攻を命じられたときには心の底から驚いたものだ。
自分の愛機が、人生の最後を共にすることになったのだから。
——どうしてここにいるのか、考えてた?
レイの声が脳裏に響き渡る。
「そうだな……。どうして俺は生きてるんだろうな……」
本来であれば、敵戦艦と共に海に沈むはずだった自分の命。そんな自分が見知らぬ世界で愛機と共に空を飛んでいる。
夢のような話だ。夢だと思って金玉をつねっても、激痛が走っただけだった。
——あなたたちは死ぬことばかり考える。
「戦うかぎり、いつもそこに死があるんだよ」
ふっと微笑んで、咲夜は言葉を継いでいた。
飛行機乗りに乗りたいと思ったのはいつからだったろう。小さな島の漁村で生まれ育った自分が初めて戦闘機を見たのは、尋常小学校に通っていたころだ。
どういうわけか、島の上空を編隊を組んだ戦闘機が通っていったのだ。
茜と一緒に見た、夕焼け色に染まる戦闘機は本当に美しかった。自分も、あんな美しいものに乗りたいと思った。乗って、隣にいる茜を、この島を、そして祖国を守ることが出来たらどんなにいいだろうか。
そんな思いが、咲夜を突き動かし飛行機乗りにしたのかもしれない。守るためには死を覚悟するのは当然だった。中華事変の時から飛行機に乗っていた咲夜にとって、戦友たちの死は日常の延長にあるものだったのだ。
「きゅん!」
竜の鳴き声が聴こえる。いつのまにか蒼い竜が金色の眼で風防を覗き込んでいた。ぎょっと眼を見開いて、咲夜は竜に苦笑してみせる。竜の背後には、巨大な浮遊島が浮いていた。
いや、島というよりそれは巨大な竜の遺骸といった方が正しい。
骨の翼を生やした竜の遺骸が、空に浮かんでいた。その大きさは空母一隻ほどありそうだ。白い骨にはびっしりと蔦や捻じれた樹が生い茂り、その隙間を緑色に染め上げている。
「何なんだこれは……」
——さぁ、彼らの住処には違いないと思うけれど。
レイの言葉通り、蒼い竜は少女を乗せたまま巨大な遺骸へと向かっていく。遺骸の背中には滑やかな背骨が走り、蒼い竜はそこに優美に着地してみせる。咲夜もまた、空母に降りるのと同じ要領で背骨に着地を試みる。
竜骸を通り過ぎ、左に旋回を始める。旋回をするごとに着地する白い背骨は近づき、咲夜は平衡を保ちながら背骨へと着地した。背骨を覆う蔦や根が着艦フックの役割を果たし、零戦の速度をさげていく。何度かバウンドしながら、咲夜は竜の遺骸に愛機をとめることができた。
着地した零戦の前方では、自分たちを導いてくれた竜が動き回っている。見ると、背に乗った少女が起き上がっているではないか。彼女は顔をあげ、驚いた様子で周囲を見つめている。
咲夜の乗る零戦を認めると、彼女は竜から降りこちらへと駆けてきた。咲夜もまた風防を開け、零戦から降りていく。
「××××」
少女が喚きながらこちらに向かってくる。だが、咲夜は彼女の言葉を聞き取ることが出来なかった。三国同盟を結んだドイツともイタリアとも、ましては彼女の言葉は志那や満州で聴いたそれとも違う。
まったくもって、わからない言葉を発しながら、彼女は零戦の側に降り立った咲夜に近づいていく。彼女はガダルカナルの島であった原住民のようにあられもない恰好をした少女だった。
彼女が纏うのは豊満な胸を包み込む色彩艶やかな青布と、局部を隠すふんどしのような形状の布のみ。その布を、褐色の肌色に合う紺の腰布で覆っている。
「××××××」
楽しそうに声を弾ませながら、少女は咲夜に抱きついてくる。
「ちょ、君——」
咲夜の言葉は、少女の唇によって塞がれる。赤い少女の眼が目の前にあって、咲夜は思わず喉を鳴らしていた。
笑みを刻む少女の眼が遠ざかる。柔らかな唇の感触が名残惜しくて、咲夜は思わず自分の唇に指を這わせていた。
そんな咲夜に少女は笑顔を投げかけてくる。
「私の言葉が分かりますか? マレビト様」
少女が日本語を喋った。ぎょっと咲夜は眼を見開き、眼前にいる彼女を見つめる。彼女は赤い眼をいたずらっぽそうに細めて、背の高い咲夜を見上げてきた。
「日本語が分かるのか?」
「言葉が通じる。やっぱり、マレビト様だっ!」
少女は眼を輝かせ、咲夜の両手を握ってきた。彼女は自分たちの置かれたこの状況について何かを知っているらしい。咲夜は後方の愛機へと顔を向ける。
少女の姿をしたレイがそこには立っていた。不機嫌そうに桜色の眼を怒らせ、レイは咲夜と少女を見つめている。咲夜はなんだか気まずくなってレイから視線を逸らしていた。
「あぁ! 申し訳ございません。神竜さまっ! 私としたことがっ!」
少女は慌てて咲夜の手を放し、レイに向かって頭をさげる。何が何だかわからなくて、咲夜は口を開いていた。少女は後ろへ下がり、片膝をついて咲夜たちに頭をたてた。
「申し遅れました。私はシエロ。このルケンクロの巫女でございます。ようこそ、我らの世界へ。マレビト様」
「あなたが私たちを呼んだの?」
レイが咲夜の隣に赴き、彼女へと声をかける。少女は面を上げ赤い眼に微笑みを湛えてみせた。
「我らが仇敵。海の民との戦いのためにあなた方はこの地に招かれました。我らが神ルケンクロが、あなた方をここに呼んだのです」
「ルケンクロ?」
「あなた方が立っている、この竜の屍のことですよ」
首を傾げるレイの言葉に、シエロは艶やかな微笑みを浮かべてみせた。
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