うさんくさい郷土史

@wada2263

第1話 和田義盛の影

                               本陣山通信社

                               峰 富 士 夫

              和田義盛の影

昨年の秋、杉並へ転居した。

さっそく、近くにある和田商店街の中央付近に煙突を構えるさくら湯の暖簾をくぐった。

新宿にいる頃は塩の湯を初めいくつかお世話になったが、蓬莱の湯では廃業後の脱衣所にリサイクルショップができたのを知り訪ねたことがある。番台と大きな鏡は懐かしさを感じたが、延べ何百万人という人々の汗と涙を吸い取ったであろう湯舟は廃墟と化し、そのわびしさは表現しがたいものがあった。

「これ最後の一枚なんですがよろしかったらお持ち帰りください」とおかみさんから頂戴したのは、横尾忠則氏のイラストポスターであった。浮世絵風の湯美人がなんともよいではないか。今も家に飾ってある。

さくら湯では昔やんちゃだったおやじたちが湯舟におとなしく浸かっている姿が、野沢温泉の猿に似て可笑しい。

大風呂は何か人を豊かにさせる。


ひとっぷろ浴びたあと「和田帝釈天通り」とある商店街をそぞろ歩きしてみた。

小さなお堂の石柱に「神刀山帝釈天」とあり、蚊取り線香を菱形にしたような変わった「稲妻菱の紋」は、「男はつらいよ」のくるまやの暖簾に染められたそれと同じだ。

稲妻は雨を連想することから雨乞いまたは五穀豊穣の信仰とも繋がっている。武人である帝釈天の威光ともとれる。そういえば稲妻雷五郎という相撲取りがいたななどと思いながら歩を進める。

環七通りを渡れば妙法寺があり商店街は下町の雰囲気があちらこちらに漂い、柴又帝釈天ののれん分けといったところだが草団子を売る店はない。

縄のれんは気が引けたので酒屋へ入って真澄を買う。聞けば昭和30年に開店して以来、年中無休で切り盛りしてきたそうだ。皺くちゃな女将さんは88歳、店には立たないが夫も元気で93歳だという。息子夫婦があとを引き受けている。

湯冷めしないうちに棲家へ戻ろう。


埼玉大学教育学部谷謙二研究室が運営管理する「今昔マップ」というサイトがある。現在の地図と過去の地図を左右対称にして見ることができる便利なツールだ。

明治期の地図をみると、善福寺川の流れとは別に妙法寺の北側から和田3丁目付近を東へ下り1丁目付近で南下して、神田川へ流れ込む小沢川という川筋がある。善福寺川と小沢川の二筋に挟まれた台地はちょうど舌状になっており、台地上は居住地、低地は田んぼにするには好適地であったことがわかる。

棲家は善福寺川の左岸へ向かって下るこの台地のフチで、ちょうどベロの中間といった標高39mにある。


ウエーブサイトの「杉並区遺跡一覧」(184ヵ所の遺跡所在と地図上での範囲などがわかる)を閲覧してみると、棲家が「本陣山遺跡」(遺跡番号72)に該当することがわかった。遺跡範囲は和田2丁目と堀之内2丁目の一帯にわたるため環七通りが分断した格好になっている。

「本陣山遺跡」というタイトルの発掘調査報告書によれと、縄文時代から弥生時代、古墳時代を経て中世、近世に至る各時代の遺構と遺物が連続して見つかっていると書いてあった。

東京では、奈良、平安、鎌倉、室町といった古代から中世の遺跡は極めて少なく、ことに中世は「空白の時代」と呼ばれているくらい住人の痕跡がとぼしい。しかもかように時代が連続した複合遺跡もわずかに数えるだけである。

短径100m×長径250mの弥生時代の集落跡が存在したとされ、ステータスシンボルとして使われたガラス玉が発見されたことからここに有力なボスがいたことがうかがえる。

それ以上に興味を注がれるのは「空白の時代」である中世の建物跡と溝が発見されたことだ。東西に長軸方向がある6つの柱穴が均等な間隔で見つかり、その部分だけでも桁行7.6m、梁行5mもあり(実際はそれ以上の可能性がある)、さらには南側に屋敷を区画するための逆台形型の溝が調査区域を越えて東西に延びていることから大型の館であった可能性が高いと報告者は語っている。


ところで本陣山とは一体何か。

この城館を想像させるような遺跡が出てきたことから命名されたのではない。

本陣山の由来について報告書によると「本陣山は小字名で、和田義盛が鎌倉攻めのための本陣を構えたという伝承に由来している」としたうえで、「(遺跡と)何らかの関係があるのかもしれない」としている。舌状地の中央に当たり、「陣見坂」「駒坂」「駒屋敷」など本陣にまつわると考えられる地名も残っている。本陣を置いた付近はどうやら棲家の付近らしい。

このことから考えれば、本陣山遺跡の大型館の発見は、地名である和田と和田義盛(または和田一族)との関係が表裏一体として伝承されてきた経緯を事実として実証しうる可能性を秘めているということになる。今後の検証に期待が膨らむ歴史ロマンだ。


鎌倉幕府の有力御家人和田義盛殿というベースメントモンスターが現れたのにはびっくりした。ぜひ、ここでご登場していただかなければならなくなったが、ひとまず本陣山の棲家を拠点に周辺の歴史をもう少し俯瞰してから語ってみたいと思う。

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