永久凍土

ナカタサキ

永久凍土

 駅から徒歩5分圏内じゃないと住みたくない。コンビニが近所にないと嫌。歩いていける距離にセブンもローソンもファミリーマートもないと楽しくない。でも、スーパーがないと困る。商店街とか憧れる。

 つらつらと理想を上げていく彼女に僕はウンウンと根気よく頷いて、グーグル検索をする。

 オッケーグーグル。

 僕と君が住むべき街を見つけてくれ。


 僕は特に住みたい場所がなくて、満員電車も1時間強ある通勤時間も苦ではない。それを彼女に言ったら信じられないものを見るように「嘘でしょ?」と、蔑視を向けられたのは記憶に新しい。

 嘘じゃない。

 満員電車は好きではないが、彼女の条件をのむと満員電車が付いてくるから仕方ないと諦めた。それにこの国で働くなら満員電車はどこにいても付いてくるだろう、都心から外れた田舎に住まない限りは。長い通勤時間は読書しているから苦ではないから嘘はついていない。

 僕は彼女に対していつも誠実でいようと心に決めているので嘘なんかつくはすがないのだけれど、同じ時間を過ごす度にだんだんと綻びが出てきているのを無視するのが難しくなってきた。


 薄々勘づいているが、彼女は僕が最初から物事を諦めているのが気に入らないらしい。

 僕は彼女の未来しかみない明るい前向きな所に憧れ、それがいつしか恋心となったのを自覚している。

 それに今の僕は知っている。

 彼女の蔑視の中には僕への哀れみと慈愛が混じっていることを。

 彼女に全てを委ねることは狡いことなのだと自覚はしている。どこまでも狡く臆病な僕は彼女の明るさを頼りに薄暗い日々を何とか送っていることを、彼女はもしかしたら気づいているのかもしれない。


(君が僕の生きる理由になってくれないかな)


 自分のことをまるで他人事のように語ってしまう悪癖を彼女にいつかさらけ出してみたい。

 それでいて彼女が僕を受け入れてくれたらどうなってしまうのだろう。彼女は変わってしまうのだろうか。僕と同じところに堕ちてくれないだろうかなんて最低なことを想像するのが、日々の楽しみだったりするから救いようがない。

 自嘲的に笑う。

「何笑ってんのよ」

 彼女は伺うように僕を見た。

 彼女は瞳で多くを語る人だ。

 その瞳には僕への心配と、我が儘を言い過ぎたかもしれないという焦りが浮かんでいるように思う。

「いや、カフェのWi-Fiが繋がらなくなっちゃっててさ。速度制限がかかっちゃって動かなくて」

 口から出任せな言い訳をする。

「なーんだ」

 彼女は窓の外を見る。つられて僕もみた。先ほどから外には粉雪が舞っている。

「寒いから出たくないな」

 明日を生きる君は帰る時間を気にしている。

「……雪が止むまでここにいようよ」

 後ろめたい過去に燻る僕は、雪を理由に君をここに引き留める。

 雪は止まない。

 今日、都心は大雪だと天気予報は告げていた。



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