天荒を破る
若狭屋 真夏(九代目)
将棋を救った男
日本が敗戦後ダグラスマッカーサー率いるGHQは日本の再軍備化を防ぐため軍国主義につながるものをすべて握りつぶそうとした。
剣道などの武術はもとより歌舞伎やチャンバラ映画さえも禁止した。
チャンバラ俳優の片岡千恵蔵も仕方なくスパイ映画の主演をして糊口をしのいだ。
そしてその矛先が将棋にも及んだ。
「将棋は敵から奪った駒を味方として使う。このことが捕虜虐待の思想につながる。」GHQの通達に将棋連盟に震撼が走った。
下手に歯向かえば逮捕される、いやひょっとしたら処刑されるかもしれない。
この時将棋連盟の代表として選ばれたのが升田幸三、のちに羽生善治から「対局したい相手」と言わしめた男である。
「なんで将棋が捕虜虐待やねん。あほか」
升田は吸っていた煙草を灰皿に投げ入れた。
「よっしゃ、わしがひと泡ふかしちゃる」
意気揚々と出たのはいいがどんな難癖をつけられるかわからない。
自分はともかく将棋界が廃れていく姿は見たくなかった。
升田に対峙したのはマッカーサーの懐刀といわれたホイットニーである。
升田は紋付袴姿でやってきた。
ずかずかと大きな足音を立ててどっかと椅子に座った。
ホイットニーも椅子に座る。当然通訳が入っての会話となる。
「おい、酒はあるか?」開口一番升田はこういった。通訳は困ってしまった。
その姿を見て「日本では話をする前に酒を飲むのが礼儀だ。」とうそぶいた。
「ビールならある」ホイットニーはそう答えた、彼にはその姿は宇宙人のように思っただろう。
今まで見てきた日本人はペコペコ頭を下げるのにこの男は頭を下げるどころか実に横柄な態度を戦勝国の人間にしてくる。
やがてビールとグラスが運ばれてくる。
升田はグラスにビールを注ぎ一気に飲み干した。
飲み干して「まずいのー、これがビールか?」と一言。
通訳が苦い顔をする。
実はこれは升田の作戦で酒を飲むことで答えに困ったら小用にたつことで時間を稼げるというものであった。
「では本題に入ろう、日本では普段から将棋や剣道をしている。これは軍国主義を増長するものではないのかね?」ホイットニーが話を切り出した。
当然通訳が入るが以後は省く
「漢字で武とは矛をおさめると書く。ただひたすらに鍛錬して己を磨き外に出さない、それが武である」
「しかし将棋はチェスと違い敵の駒を自分の駒に使える、これは降伏してきた捕虜の虐待に当たると思うのだが。。」
升田は長い髪をぼりぼり搔きながら話を聞いている。
「チェスでは敵兵が降伏してきても虐殺する事ではないのか?将棋はたとえ相手に取られても元の階級のまま登用する。これこそが真の民主主義であろう」
升田の回答にホイットニーからも脂汗が流れはじめる。
「し、しかしチェスではクイーンが駒の一つにある。これは男女平等のあかしだと思うのだが」
升田はまずいビールをぐいっと飲み干し
「そのクイーンでさえもキングを守るためなら盾にする。それがあんたらの女性尊重ってもんかね?」
まさに升田がホイットニーに王手をかけた瞬間だった。
こうして日本の将棋の未来は開かれた。
升田は自分の勝利を確認し以後酒を飲みながらホイットニーと語った。
最後に
「ミスター升田。君は非常に面白い日本人だった。何か望むことはあるかね?なんでもいいたまえ。」
最後にホイットニーがこう尋ねると升田は乱れた紋付の襟を正しこう語った。
「収容所にいる指導者たちを殺さんでくれ。あいつらは日本の生き字引だ、彼らを生かすことが日米両国の繁栄につながるであろう。頼む」
升田は頭を下げ頬を涙が伝った。ホイットニーとおそらくは大変脂汗を流しただろう通訳の目からも涙がながれていた。
升田幸三とホイットニーの会見以降GHQによる文化統制が緩和され日本の文化が断絶のピンチから脱出した。
愛煙家で酒好きでありながら戦争中でおった病気のため永世名人になることはかなわなかったが将棋連盟は升田のために1988年「実力制第4代名人」の称号を贈った。
晩年は羽生善治などの若手と囲碁を打って楽しんだ。
1991年死去。死してもなおプロ、アマ、また多くの将棋ファンに愛された生涯であった。
著者は「日本文化を救った人物」と評価するが当の本人は「なぁにわしはただの将棋指しさ」と笑っているであろうか、それは誰にも分らない。
天荒を破る 若狭屋 真夏(九代目) @wakasaya
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