私が小説を読まない訳
小万坂 前志
私が彼と出会ったのは、歓迎・送迎会の時だった
私が彼と出会ったのは、歓迎・送迎会の時だった。
新入社員であった私は右も左もわからず、ただその飲み会の席に座っていた。
お酒が好きな訳でもなく、話す相手もいるでもなし、若いという理由だけで寄ってきていたお偉方も私に飽きたのか、自分たちで盛り上がり始めている。
同じフロアのよしみということらしく、二課合同ということで、参加人数は多い。配属された人、出ていく人、元からいて残る人いちいち覚えていられる訳もなく、せめて顔くらいは覚えておこうと辺りを見渡す。
そこそこ広い座敷に八つの台が並んでいる。あちらこちらで大声で話す声が響く。特に不快とも好ましいともとも思わない空間だったけれど、食べくさした皿や飲みくさしたビールがあちこちに置かれていた。
私は乱雑なこの座卓を見ながら、なんらかのテレビか雑誌かでみた日本人のイメージの礼儀がよいとは、いったい全体なにを意味しているのだろうかと思った。
この座布団にみんなだいたい座っているから、礼儀というのもあるのかもしれないなどと、考えていると、知らない男性に話しかけられた。
もちろん当時、私は知らなかっただけで、その人は隣の部署の先輩で、年は十ほど違っていた。
がやがやとした空気のなか、彼の言葉が私の耳に届く。
「君はみたことないけれど、二課の人?」
「四月からにゅうひゃしました、
いきなりかんでしまった。彼が少しはにかんでいるのが、余計に私の恥ずかしさを呼び込んだ。
なぜ、かんでもないあなたが恥ずかしそうなのだと問い詰めたい気分になった。
「君は、かわいいのかな? うん、たぶんかわいい人だ」
何をいっているかわからなかった。良くみると呂律もまわっていないし、目も若干据わっているような気もする。
要は酔っぱらいだなと、私は判断したのは何も間違っていないと思う。
「すみません。ちょっと、私、席を外します」
「そうか、まあ、これから宜しく」
私はなにも言わず席をたち、トイレへと向かった。
洗面台の鏡をみた。
普段と何も変わらない私がいる。確かに社会人となって、慣れなかった化粧というものを、毎日するようにはなった。毎日やることは少しずつ慣れていくもので日進月歩の歩みで上達は、したかもしれない。
そういうことを考えている時点で、私は動揺しているのではないだろうか。ただの酔っぱらいに言われた一言など気にするほうがバカらしい。
実際なにも気になどしていない。
なぜなら、その先輩は私が宴会場に戻ったときにはもう居なかったのだ。
かくして私と彼とのファーストコンタクトは特に何の味気もなくおわり、とくに印象に残るようなことではなかったのだった。
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