夏のアメジスト
PREラッシュ(活動休止中)
前編
冒頭
「高丘さーん」
クラスの担任の先生に名前を呼ばれたので私は席から立ち上がる。
「先生、用件は何ですか?」
私が聞くと先生は険しい顔で言った。
「伊集院の奴がまた学校に来てないんだよ。高丘さん、悪いけどあいつの家まで数学の課題届けてやってくれないかな?」
伊集院アキラ。授業はいつも欠席してばかりで学校にあまり来ない人だ。ああ、関わりたくないな。
私は嫌々ながらそう思った。
「取り敢えず、渡すだけでいいんですよね?」
私は先生に聞く。
「勿論。学級委員長の君からなら伊集院も納得するだろう」
伊集院アキラは先生達にとって問題の種だ。なんで先生が伊集院君の家に行かないんだろう?私は疑問に思う。
まだ伸びたばかりの私の髪を見て先生が言った。
「高丘さん、入学の頃と雰囲気変わったよね。なんかあった?」
私は先生の問いに中学時代の自分を思い出す。中学時代の私はバレー部に入部していて髪は短った。受験生になると私は髪を伸ばす事にした。
「髪ですか?やっぱ長いほうが自分的にはいいかなーって思いました」
私は苦笑いしながら先生に言う。
「ふーん。高丘さんは可愛い顔してるからショートでもロングでも似合うよ」
先生は職員会議があるから次の時間は自習な、と私に伝えた。
立ち去っていく先生を見送りながら私は教室へ戻った。
教室に戻ると友人の野中凛子が笑いながら私に近づいてきた。
にやにやする凛子を見ながら私はもの問いいたげな顔をしてみせる。
「琥珀ってばまた先生になんか押し付けられた?」
「うん。伊集院君の家まで課題届けてくれって命令されちゃった…」
学校の問題児の家まで課題を届けるなんて億劫だ。でも届けないと先生に怒られるし。怒られるのはもっと嫌だ。
先生が私に仕事を押しつけた事を凛子は激怒した。
「ったく、あの先生マジで苛つくよね。なんで伊集院の事さぁ、琥珀に頼むのかな」
多分委員長の私のほうが頼みやすいのかな、なんて思ったが。
「伊集院アキラって、学校にあんま来ないって有名だし授業に出たの1回ぐらいしかないんだけど」
凛子は問題児の伊集院君について私に詳しく話す。クラスの誰もが伊集院君に関わりたがらない。理由は不良だからとか隣のクラスメイトと殴り合いの喧嘩をしたらしい。伊集院君に関する噂はそれだけではないらしい。
「琥珀もあんな奴に関わるのやめなよ。不良だし短気だよ。私、琥珀が殴られないか心配…」
凛子は私をぎゅっと抱き締めながら心配そうな顔をする。
「怖いよ。けど、人を見た目で判断したらダメってお父さんが言ってた」
私の父は人を見た目で決めつけるのは駄目だぞ!とよく言っている。
「伊集院はマジでやめときなよ。付き合っても得にもなんないからね!」
凛子はまるで父親のように私に注意する。
「凛子って私のお父さん?」
私は思わず笑ってしまう。
「お父さん。失礼な」
凛子は私の右頬を指でつつく。
「琥珀可愛いもんね。伊集院なんかに渡さんぞー」
そんなこんなで授業が終わった。
放課後になると私は伊集院君に渡す数学の課題をスクールバッグに入れる。
渡せばいいだけだよね。
そうすればいいじゃない。
私は怯えている自分に言い聞かせる。
伊集院君に深入りしちゃ駄目だ。どうして学校に来ないの?なんて聞いちゃいけない。学校に来たくない理由があるかもしれない。彼だって事情があるのだ。無理に学校に来させるなんて私には出来ない。
私が伊集院について思い悩んでいると同じクラスメイトの東山克也君にすれ違った。
「高丘、何処行くんだよ?」
東山君は訝しげな表情で私に聞く。
「伊集院君の家に課題届けに…」
どうしよう。東山君に言っちゃった。
「伊集院?なんであんな奴の課題をお前が…?」
東山君は訳が分からないという顔をしていた。
伊集院君の噂はクラスで知らない人は誰もいない。クラスの全員が伊集院君を警戒している。
「先生に頼まれたからかな…」
私は奥歯にもののはさまったように東山君に言う。
「松谷先生にか?」
「うん…」
東山君の表情が柔らかくなる。
良かった。怒られるのかと思った。
「中学ん時のお前ってさぁ、いつもびくびくしてたよな。あれ以来、高丘って変わったよな」
中学時代の私は気弱だった。そんな私は勉強を頑張る事にした。それで大学入試に有利なこの進学校を選択した。ガリ勉したおかげで中学3年の期末試験には学年1位になれた。
東山君は私の中学時代からの学友である。
東山君は中学時代の私に勉強を教えてくれた。私は彼に感謝している。
「東山君も変わったよね。なんか身長も中学の時より高くなったし」
東山君の身長は中学時代より少し高くなっている。髪型もオールバックに変わった。
「俺なんてコンプレックスの塊だし。それより、伊集院に気をつけろよ」
東山君は私を心配してくれた。
伊集院君が私に危害を加えないか心配なのだろう。
「うん。私、伊集院君に会った事ないしまだ分かんないから…」
私は無理して笑ってみせる。
そんな私を見て東山君が気遣わしげな顔を向ける。
「本当に気をつけろよ」
「大丈夫だってば」
私は彼に笑い掛けながらそう言った。
第一章
伊集院君の住む家は学校から徒歩40分の所
にあった。目的地に着いた私は辺りを見渡す。伊集院君の家は海沿いの街にある。私はフェルメールブルーの海を眺める。綺麗だな。海なんて長年見たことなかった。
取り敢えず伊集院君に数学の課題を届けなくてはならない。
私は伊集院君の家の門を開ける。伊集院君の家の外観は和風モダンな造りだった。
家の玄関のインターフォンを鳴らす。
居ないのかな?なんて思ったら、はーいと声が聞こえた。
私の全身に緊張が走る。
どうしよう。伊集院君がもし出てきたら…。
玄関のドアを開けたのはきつい顔つきの男の人だった。男の人は髪を茶髪にしていて左耳にはピアスをしている。
「あんた、誰…?」
彼は訝しげな表情で私を見る。
私の全身が緊張のあまり震える。
「あの…同じクラスの委員長の高丘琥珀です…。その…伊集院君に…数学の課題を…」
どうしてもっとハキハキ喋れないのだろう。自分でもうまく相手に伝えているつもりなのだが…。
茶髪の男の人はふーんと言って凝視する。
「ちなみに伊集院アキラは俺の名前だから」
茶髪の男の人は強面の顔で私に自己紹介をした。
やっぱ怖いな、なんて思いながら私は恐怖のあまり固まる。
「なんで俺見て怖がってんの?」
彼は緊張した面持ちの私を見つめながら聞く。
「えっ、別に怖がってなんかないですよ…」
私は誤魔化すように顔を背ける。
そんな私を余計怪しむ。
ただ私は彼に数学の課題を届けに来ただけである。それだけの事だ。
「まあ、上がれよ。委員長さんに悪い気がするし…」
彼は私を家の中に入れ、と手招きする。
勝手に他人の家に上がり込んで大丈夫なのだろうか?
私はどうしたらいいのか分からずに躊躇う。
「え?知らない人の家に勝手に上がるなんて…」
私は伊集院君に言う。
すると伊集院君は私に優しく笑い掛ける。
この人こんな優しいんだ。
「別に親は働いてて夜遅くまで帰って来ないし。てか、あんた委員長だろ?」
彼が私に対する呼び名は委員長になった。
委員長って…。てっきり高丘さんとか呼ばれるのかなって思ったけど。
家の中に上がり込むと彼はテーブルに置いてある自分のスマホと文庫本を見ながら私に言う。
「委員長さん、俺のスマホ取って」
彼に言われた通りにテーブルの上に置いてあるスマホを手に取る。
スマホの隣にある文庫本を何気に見つめる。文庫本のタイトルは『シャーロック・ホームズの冒険』だった。推理小説を読んでいるのは誰だろうか?伊集院君だろうか?
ぼーっと文庫本のほうを見入る私を見て伊集院君が首を傾げる。
「あんた、そんな難しいもんとか読むのか?」
彼は私に文庫本について聞く。
推理小説は読んだ事はある。けど難しいしあまりハマれなくて途中で読むのを挫折した。
「昔はホームズものが好きで読んでたんです。グラナダ版のホームズが好きでよく観てたんです」
私は中学時代にハマっていた推理小説について伊集院君に詳しく説明する。
「ふーん。そんなの読むんだ。ってか、その本親父のだから」
伊集院君は文庫本を指差しながらそう言った。伊集院君は小説をあまり読まないらしい。
「伊集院君のお父さんはミステリー小説が好きなんですね」
「うん。委員長さんみたく堅い内容の本が好きでさ…」
「そうなんですか」
推理小説にハマっていた時期はやたら嫌いな先生の事をホームズシリーズに登場する悪役のジェームズ・モリアーティ教授とあだ名をつけていた。
モリアーティ教授とか恐喝王なんとかとか中学時代の嫌いな先生を密かにそう呼んでいたのを思い出す。
「委員長さん、親父に会いたい?」
伊集院君は悪戯な笑みを浮かべる。
伊集院君のお父さんなんて知らないし…。
「お父さんは仕事でいつも忙しいんじゃないんですか?」
私は伊集院君に聞く。
「休日くらいだったら大丈夫じゃね?俺の親父が暇なのは土曜だけだから」
伊集院君はスマホを弄りながら言う。
「委員長さぁ、それより海に行かね?暑いし…」
確かに外は蒸し暑かった。
まだ6月なのに今日は気温が高い。
「海、行きたいです」
「マジで。俺も行きたい。一緒に遊ぼうぜ」
彼に誘われて私は海に行く事にした。
第二章
伊集院君の家から徒歩10分のところにすぐ近くに海はあった。
私はアスファルトの道をローファーで歩いてきたのに対して彼はサンダルを履いているだけだった。
目の前に広がる海を私は見つめる。
「伊集院君の家の近くに海があるなんて…」
私は目の前にある景色に見惚れながら伊集院君に言う。
「小さい頃からこの場所で育ってきたし海でよく遊んだな」
伊集院君はサンダルを脱いで裸足になる。
私も靴とか脱いだほうがいいのかな、と思った。
「靴脱げよ。どうせ泳ぐんだろ?」
伊集院君に促されて私はローファーと靴下を脱いで裸足になる。
裸足になった私達は波打ち際まで歩く。
潮風が私の髪を巻き上げる。
朝早く起きてセットしたばかりなのに…。
乱れた髪を手で直す私を見て伊集院君が笑う。
「笑わないで。早起きして直したばっかなのに…」
私は彼に不貞腐れたような顔をしてみせる。
「委員長って笑ったほうが可愛いよな。俺、マジで惚れた」
彼はそう言って私の額にかかる前髪を掻き上げる。キスでもされるのだろうか?
赤くなる私の顔を見て彼がにやりと笑う。
「委員長って案外ちょろいよな」
彼はそう言って私の額にキスした。
彼の柔らかな唇の感触に思わずドキッとする。
「6月でもやっぱ冷たいよなー」
彼は波打ち際で海水を足で蹴りながらそう言った。
私は足元に押し寄せる波を見ながら考えに耽る。最初は伊集院君の事を警戒していた。でもそんな彼の優しい笑顔を見て私は今までの警戒していた態度をやめる事にした。私は今まで彼の素顔を知らなかったのだ。人を見た目で判断するなんて最低だ。
私はスカートの裾を握りながら今までの伊集院君に対する態度を改める事にした。
「伊集院君、今まで怖がってごめんね」
私は彼に謝る。
すると伊集院君は笑いながら私に言う。
「俺、中学ん時までは普通に学校行ってたし、みんなとも仲良くしてたんだ。けど、いつからか学校や勉強に嫌気が差して行くのをやめたんだ。本当の俺って何なんだよって思ってさ…」
そうなのか。彼が学校に来なくなったのは本当の自分を見失ってしまったと気づいたから。
「俺は委員長や東山みたいに頭良くないし勉強出来ない。クラスのみんなだって俺を怖がるし。学校に俺の居場所なんか最初からなかったんだ…」
彼は今まで心の中に閉じ込めていた思いを私に打ち明ける。
そんな彼を私は抱き締める。
彼をずっと孤独にしていたのは私のほうだったのではないか?
学級委員長なら彼がクラスに馴染めるようにするべきだ。
「今まで苦しかったよね。私、あなたの苦しみに気づけなかった…」
委員長なのにと言いかけようとした時に唇を塞がれた。
私の唇を塞いだのは伊集院君だった。
「委員長は委員長だろ。俺の事まで気に掛けなくてもいいのに。あんたってさぁ、お人好しの馬鹿じゃん」
彼が私を強く抱き締める。
彼のそばにいてやりたい。何なの?この気持ちは?
「伊集院君、今は学校に馴染めなくてもいつか学校に来て。約束しよ」
私は彼に小指を差し出す。
伊集院君の顔から笑いが漏れる。
「ガキかよ。俺ら、高校生だろ?」
伊集院君は私を抱き寄せる。
ええ、恥ずかしいな。
誰か見てなきゃいいけど。
「委員長、俺ぜってーに学校に来るよ。そんで俺だけ見てやるようにしてやる」
彼の言葉に私は笑い出す。
「学校に来たらまずは勉強して。伊集院君が嫌いな数学は私が教えるから」
私は彼に優しく諭す。
私と彼は約束した。
彼がいつか学校に来たら私が勉強を教えてやろう。それでクラスに馴染めるように頑張ろう。
彼は私の耳元にこう囁いた。
「委員長、俺だけ見て」
続
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