第2話 第一兵器(下僕)

 7月下旬の延長された梅雨にうんざりながら、17才になったばかりの少年が1人、 自宅から深夜のコンビニへ向かっていた。


「チェッ! 何でいつも俺なんだよ」



亮二りょうじぃー、アイス食べたい……』


 そんな姉の一言で、少年亮二のコンビニ行きはあっさり決定した。



 愚痴をつぶやきながらも亮二は右手に赤い傘を差し、左手をズボンのポケットに入れたまま、コンビニへと足を早める。

 

 湿気を含んだ梅雨の空気が軽く立たせた彼の短い黒髪にまとわり付き、残念ながら傘を差していてもワックスの効力は失われ、髪の毛は下を向いていた。

 

 それでも亮二は、姉や妹から要望された深夜のデザートを買いに外出しなければならなかった。

 

 亮二の帰りを待つ家には、彼以外に同性は1人も居ない……彼の他には大学生と高校生の姉、中学生の妹が2人に母親という、正に「女系家族」の末端に在する若い男に、命令を断る権利は皆無なのだ。

 

 もう1人の下僕……輸入家具を扱う会社勤務の父親は、海外で暮らしている。もうすぐ2年になるが、父親の転勤話を聞いた時は「逃げたな……」と、亮二は密かに思った。


 暫く歩いていると、誰もいない雨夜の住宅街に彼はふと恐怖を覚える。

 

 家々の明かりはほとんど消えていた。

 住宅の間を走る道路には街灯が等間隔で並んでいるが、放つ光が何故か普段よりも弱い為、この不気味さを払拭ふっしょくするには到底足りない……。


 亮二の足取りが自然と早くなった、まさにその時だった。

 

「……!?」何かを察した――。

 

 足を止めてポケットから手を出し、姉から無理矢理持たされた赤い傘を少し上げて周りを見渡すが、誰もいない……確かに生物の気配がして、しかもこちらに視線を向けているように亮二は感じた。

 

「……猫だよな?」


 不安を残しながらも、また歩き出す亮二。

 しかし再出発の直後に、事は起きた。

 

 前方に無音ではあるが、稲妻の様な光が落ちたのだ。


 驚いた亮二が今度はしっかり顔を上げると、5メートル程先に自分より少し年下かと思われる、やたら線の細い少年が立っていた。

 

「おい! 大丈……」


 突如現れた人間に戸惑いながらも、安否確認を優先した亮二はそう叫びかけたが、街灯の下に立つ少年の姿にその言葉はゴクリと飲み込まれる――。

 

 藍色をしたボタンの見えない制服に身を包み、輝く銀髪を持つ少年の左手と右頬は、ペンキが乾いたかのように赤く染まっていた。オマケで腰に付いている剣らしき物から察すれば「それは血によるものでは?」と疑念も生まれる――。

 

 少年の異様な姿は、それだけに留まらない……。


 今でもしっかり降り続いている雨が、傘もカッパも持たない少年に全く当たっていない事も、亮二に増しで恐怖を与えた。

 

 そんな状況を楽しむかの様に、亮二の傘を打つ雨は次第に強くなってゆく……。


「……佐久間亮二さくまりょうじ、お前を迎えに来た」


 雨が傘に落ちる音が邪魔こそしていたが、亮二にはハッキリそう聞こえた。

 

 (なぜ俺の名前を知っているんだ? 俺はコイツを知らないが……)


 困惑の表情を浮かべる亮二の事などお構いなしの様子で少年は目の前に立ち、彼の腕を強く掴む。

 

「敵が動き始めた。早く来い」

 

「関わってはいけない……」己の危機感(直感)に従った亮二は、捕まれた腕を無言で振り払い、その場から去ろうとしたが、少年に足を掛けられて前に倒れ込んだ。

 

「何すんだよっっ!」

 

 起き上がった亮二に睨み付けられた少年は、自分の目の前に転がった赤い傘を蹴ると、亮二の胸ぐらを掴んだ。


 透き通るようなスカイブルーの瞳を持つ美少年だが、その顔に感情は一切見えない。亮二は少年の腕を振りほどこうと必死にもがいた――しかし今度はピクリとも動かない。


「わりと手間のかかるヤツだな……悪いが、ここでのんびり説明をする気はない――」 

 

 そう冷たく言い放ち、少年は亮二の腹に膝蹴りを入れた後、気を失う寸前の彼に銀色の銃を突きつける。


「私の指示に従えないのなら、この場で死んでもらう」 

 

「……従い……ます……」


 小さく首を縦に振り、亮二はそのまま気を失った――。

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