新郎新婦の入場です(坂本シリーズ)

紬木楓奏

新郎新婦の入場です

 あいつの桜が咲いて、あたしの桜が散った。幼馴染のあいつの横に、常にほかの女がいるのを、知っていての恋だった。気づいたころには遅かった。

 気が強いくせに、心は弱い。だから泣くことも出来ずに、呑気なふりをして笑って。純白のドレスを纏ってにっこり笑う美香ちゃんと、珍しく正装していて笑みを浮かべる幼馴染のかなで。二人が口づけを交わしたとき、あたしの桜は枝からポキリと折れたのだ。




「あんたも馬鹿だね」

 坂本総合病院。関東では屈指の規模を誇る病院で、あたしの一族が経営している私立病院だ。あたしはここで救命医をしている。

 職員専用の中庭では、栄養バランスの優れた様々な料理を、二十四時間食べることができる。今日も貴重な休憩時間を、同僚の救命医・夕柳ゆうやぎ楓と過ごしていた。

「誰が馬鹿だ。数か月前にうちのご当主様に振られたくせに」

「関係なくね?」

「大アリ」

「この半年あたりで、内科医に振られ、幼馴染の楽器屋に振られ。飽きないね」

「喧嘩なら売ってなくても買うぞ」

「怖い怖い、美妃女みひめ先生」

 蝶よ花よと育てられてきた。将来に悲観なんてしたことがないし、自由気ままに生きてきた。医者という職業を選んだのも、実家一族が医療を生業としているからレールを引かれているからだ。やりがいはあるから、後悔はしていない。

「子供、いんのよ」

「あんたに?」

「違う、新妻」

「そりゃ、告白しようにもできないわな。ソウくん夫婦の関係性を崩しちゃいけない」

 坂本奏。あたし以外は、皆あいつを“ソウ”と呼ぶ。ちょっとした優越感がうれしい。

「で、新たな恋を見つける気?紹介しようか」

「やめとく。あんた趣味悪いし、仕事もあるし」

「このままじゃ美妃女、拒否しまくってたお見合い結婚だね。カワイソー」

「何が言いたいの」

「お見合いでも出会いがあるだけいいっつってんの。別にすぐ結婚決めなきゃじゃないんだし?あんたの実家、金だきゃあるからな」

「そうね……できれば弁護士がいいな。医者と弁護士。最強の組み合わせ」

「自ら政略に飛び込むなよ」

 楓の言い分も分るし、本当は自分でもそう思っている。恋愛結婚できる幸せってやつを、選びたいけれど――


 今は、優しい温もりが欲しい。傷口から膿が出る前に。



◇◆◇



「ミツシマトウヤ」

 迎えの黒塗りに乗ると、専属運転手から母に託されたという見合い写真を渡された。母は決して悪い人間ではないのだが、楓との会話の後にきた見合い話に、タイムリーすぎて嫌になる。

「伝統ある満島家分家のご子息でございます」

「知ってるわよ、この人。こないだ断った男だもの、しつこいわね」

「今、満島家は決断の時期を迎えておられるのです」

「医療関係者がいない、か」

「はい。医療を主軸にしている坂本家の中に、満島の血が流れている方はおりません。教育関係でどうにか坂本傘下にあるものの、いつ切れるかわからぬ線です。旦那様も、決断の時期だとおっしゃっていました」

 だから、あたしに火の粉が飛んだ。政略のにおいがプンプンする中、声も知らない男と長い時を過ごすなんて、あたしには無理だ。でも――

「旦那様の言うことはぜったーーい、ってやつね」

「お受けになるのですか」

「そうねぇ。お母さんに連絡しといて。会ってやるくらいはするって」




 お見合いの話を受けると告げたときの、父親の喜びようときたらなかった。これで我が家にもお祝金が入る、なんて下衆なことを口走り、取り繕うように娘の良縁を喜ぶ。坂本一族は名家との結びつきができると、半年、食うに困らないぐらいの、お祝金が入るのだ。

 夕餉が終わり、自室で今日を振り返る。溜息は出るが、久々にゆっくりとした一日だ。救命医に安穏は殆どない。

 持ち帰った仕事を紅茶片手に片づけていると、プライベート仕様のスマートフォンが振動した。ディスプレイに表示された名前は……


『ミヒ!お見合いするんだってな、おめでとう!』


“坂本 奏(かなで)”


 想い続けた幼馴染だった。

「どこから仕入れたのよ。情報。ウチの使用人しか知らないはずよ」

『母ちゃん。うちの母ちゃん、満島の出だから』

「そうでしたわね。嫁と子供は元気?」

『おかげさまー。なんかあったらミヒに頼むに決まってんじゃん』

 ああ、もう。この男は……

「ソウ、惚気なら切るよ。疲れてんだけど」

 奏は、めったに名前を呼ばれない。ソウ、だとかソウちゃんだとか。名前で呼ぶのはあたしとソウの兄貴ぐらいだ。

『惚気じゃない、真実だ。なあ、ミヒ。男の名前、なんていうの』

「ミツシマトウヤ」

『ああ、東也とうやくんか。優秀な外科医だな』

「……ソウ」

『マリッジブルーか』

「違うわよ、馬鹿」


 誰よりも同じ時間を共有してきたソウ。想い続けてきたソウ。

 もし、あんたのこと好きだって言ったら、どうする?


「……何でもない」


 たらればは、好きではない。



◇◆◇



 見合いは一族経営の料亭で執り行われた。といっても大人たちはすぐに消え、あたしも業務用スマートフォンを片手にしている。いつ、求められてもいいように。

 満島東也は、長身に細い体躯、小さい顔と、見た目は文句のない男だった。ソウの言う通り優秀な医者らしかったら、なんで今まで婚約の話が出なかったんだろう。

「美妃女さんは、医者に大切なものは何だと思いますか」

「腕じゃないですかね。あと、判断能力」

「否定はしません。僕は温もりだと思うんです」

「温もり」

「助けたい、生き返らせたい、守りたい。そういった温もりです」

「そうですね」

「美妃女さんはご存知でしょうか。僕も見合い話はずっと拒んできたんです。あなたを知っていたから」

 あたし?

「あなたの写真から、どうしても目をそらすことができなかった。運命と言ったらロマンチスト過ぎますが、同じようなものを感じたんです」

「それ、は」


「早坂美妃女さん。僕を伴侶にしていただけないでしょうか」


 沈黙が訪れた。頭がうまく働かない。だって、急すぎる。わたしは最前線に立つ年齢の医者で、彼もそうだろうに。


「……あたし、この仕事が好きなんです」

「好きなのは、仕事だけですか?」

「え?」

「奏くん。彼を慕っているのではないですか?幼馴染だと聞きます」

「まあ、そうですけど」

「昨夜、彼から電話が来たんです。“美妃女をよろしくお願いします”と。優しくて残酷な男ですね」

「……ソウが、そんなこと」

「そんな優しい彼だから、あなたは彼に惹かれているのかと、邪推してしまいました」

「……すみません。その話を続けられるなら、この話は破談にさせてください」

「分かりました、もう言いません。ただ……あなたを想う気持ちは負けませんから、それだけ覚えていてください」


 この出会いに


「僕は、あなたを愛しています」


 飛び乗っても、いいのだろうか。




◇◆◇




 一年後――


「天下の奏も、美妃女ちゃんの前じゃ形無しね。お父さんみたいな顔してる」

「一心同体なんだよ、俺とミヒは」

「嫁に言う言葉じゃないよね」

「悪い」

「いいのよ。こんな席だもの」

「みひめちゃん、結婚?花嫁さん?」

「はい、小鞠こまり。少しだけ、お口にチャック」

「違う感情だよ。お前と小鞠に対するものとはな。ミヒには幸せになってもらいたい」

「妬けるわね」

「怒るなって。ようやっとミヒにも桜が咲いたんだ」

「きっと、きれいな桜ね」

「ああ」



“新郎新婦の入場です”





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