【壱】 こんにちわ、桃太郎です。

【壱の1】 あだ名は「桃太郎」



「おーい、桃太郎!」


 げっ…。


「何が、げっ、だよ」


 やば。声に出てた。

 奴は颯爽と、俺の前に姿を現す。

 奴――乾栞太いぬいかんたが、俺に「桃太郎」なんて変なあだ名をつけるから、俺は自分の名前が嫌いだった。


 …鬼頭きとう桃汰ももたという名前が。



「へぇー、桃汰くんって、桃太郎って呼ばれてるんだ」

「めっちゃウケるんだけど」

「え、何、桃太郎って、あの桃太郎?」

「まじウケる」


 ざわざわざわ…。

 教室内の生徒が一斉に俺の方を見る。


 あああああああああ。

 クラス替えが発表されて、教室入って、まだ5分だぞ、5分!

 どん〇衛作るのにかかる時間とほとんど同じだぞ!?たった5分で、何でこうなるかなぁぁああ。


 俺は元凶と言える幼馴染、栞太を見上げた。

 オマエのせいだ!——という、声に出せない思いを込めて睨むが、栞太には通じていない。彼は首どころか上体丸ごと右に傾げた。

 と同時に、クラスメイトたちが俺に追い打ちをかける一言を放った。


「「俺たち(私たち)も桃太郎って呼んでいい?」」


 終わった……。

 今年こそ…今年こそは、このあだ名から離れられると思ったのに。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



「なーに怒ってんだよ、桃太郎」


 帰り道、栞太は笑いながら言い、俺の肩をポンと叩く。

 どういうつもりだか知らないが、こうなった原因は、栞太オマエだ!


「オマエのせいで、また桃太郎ってあだ名が定着したじゃねぇか」


 そりゃ、去年は諦めてた。栞太と同じクラスになったから。

 今年はクラス替えで、栞太と違うクラスになったから、あだ名から逃れられると期待していたのに!

 まさかクラス替え早々、教室に乱入してきて大声で「桃太郎」と呼ばれるとは。不覚だった。


「いいじゃん。桃太郎って、かっけぇだろ?俺のネーミングセンス、神ってる」


 栞太は楽しそうに言うが、神ってねぇよ。つーか、新しい言葉作るな。…俺もつられたけど!


「俺は嫌なんだよ。桃太郎って呼ばれんの」


 そもそも、俺のあだ名が「桃太郎こんな」になったのは、幼稚園の入学式だった。そこで出会った栞太が、俺の名前を聞くや否や、「桃太郎だ」と騒いだのだ。

 それ以来、ずっと定着しているし、何ならあだ名のせいで、幼稚園のお遊戯会の演目は俺たちだけ桃太郎で、俺は毎年桃太郎役をやらされた。

 親にも先生にも、「完璧な演技。さすが桃太郎」と絶賛された記憶があるけど、当たり前だ、毎年同じ劇、同じ役だったんだから。

 そしてそのせいで、近所の人からも「桃太郎」と呼ばれるようになったのは、最悪の思い出だ。

 …まぁ、きっと、桃太郎が大好きすぎる親父の子供として生まれてきたことが、俺の人生最大の過ちなんだろうけど。

 何せ、俺に「桃汰」という桃太郎まがいの名前をつけたのは親父だし、小学1年生の弟に「将猿まさる」なんてキラキラネームつけたのも親父だからな。


「何で嫌なんだよ?」

「何でもだよ!恥ずかしいし、かっこ悪いし」


 栞太オマエにはわかんないだろうがな!

 とにかく俺は、桃太郎なんて嫌だ。


「悪かったよ。来年からは、桃太郎って呼ばないから」


 いや、何だそのキメ顔は。親指立てるんじゃない。

 っていうか、今すぐヤメロ!


「あ、ここでお別れだな。じゃーなっ、桃太郎!」


 栞太が大袈裟に手を振る。

 近くを通りがかった、シルバーカーを押すおばあさんが、俺を見てクスッと笑った。

 あああああ、ホント、アイツは!言った傍から!

 顔がカァァァと熱を帯びた。


「桃太郎じゃなくて、桃汰だっての!」


 俺はあっかんべをして、栞太に背を向けた。

 結局、あだ名は変わらないまま、俺は家に帰った。


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