第18話 悪魔の手

 ーー1時間前の学園長室にてーー


「やはり、行くのかのぅ?」

「ええ。私のミスで今回はかなり大事になってしまったので」


 源治は青色にそう尋ねると彼女は力強く答えた。


「それに、貴方は学園を守る長ですから。貴方自らが出向くわけにもいかないでしょう」

「かといってなぁ……青色君に頼りっぱなしというのはなぁ」

「今さらですね、全く。お気持ちだけで結構ですよ。もし、本当にそう思うのなら、学園を守っていてください」

「そうかのぅ。悪いの」

「気持ち悪いですね。いつもはふざけているのに」

「ま、親しき仲にも礼儀ありというやつじゃ。それでは頼むぞい」


 そんなやりとりをしていた時であった。学園長室にある机の上の巻物スクロールが突如、光出したかと思えば、即座に新たな結界を形成される。

 しかし、結界が形成された瞬間にガラスの割れたような音と共に砕け散ってしまった。


「……流石じゃの。今のは……敵の差し金かのう?」

「おそらく、私と学園長を閉じ込めるためのものでしょう。強度からいって私が以前閉じ込められた結界と同じ強度だったと思われますが、今の私には紙切れ同然です」


 今の彼女は以前とは違い、万全に近い状態である。その状態であれば、結界など恐るるに足らない。


「それでは、行ってきます」


 青色はいつもと変わらない様子で、学園からアジトを目指すことにした。





 ーーアジト深奥部ーー


 薄暗い部屋とは対照的に明るい水晶から、黒いローブの男は、各々の戦いの様子を興味も無さそうに見ていた。


「…………」


 彼は一歩や彩里が優勢であるのが当然だと言わんばかりである。それはそうだろう。彼は誰よりも信頼している。彼らのその力とその信念を。それらがあればあるほど計画はより確実なものとなる。


「さて。私もやるべきことをしなければな」


 アジトの構造と彩里の能力により、仲間を分断させて緋那を自分の元へ行けるように仕組んだ以上、そろそろ彼女が姿を見せる頃合いだろう。

 そう彼が思っていると、コツコツと。開いた扉の暗闇から足音が聞こえてきた。暗闇から現れたのは、彼が待ち望んでいた人物であった。


「ここは……」

「よく来たな、歓迎しよう」

「あ、あなたは……!」


 黒幕と思しき男は初対面ではなかった。

 10年前、緋那は養護施設で倒れ、研究機関を兼ねたとある病院に連れて行かれた。そして、目の前にいる男はその時に会ったーー


「お久しぶり、ということになるかな。花山緋那」

「なぜ、如月先生がここに……」


 如月涼夜。かつて緋那の担当医であった医者の名前である。その声色と暗闇でも目立つ金髪。そして、自分の命を救おうとしてくれた恩人。忘れるはずがない。


「どうして、あなたがこんなところにいるんですか!!」

「少し、落ち着け。慌てなくても、ここにいる経緯は話してやる。そうすれば、自ずと私がここにいる理由も察せられよう。そこに掛けたまえ」


 黒幕ーーもとい、医者の男は周りに蝋燭で明かりを灯し、4人ほど座れる円卓のテーブルに案内する。格式の高いテーブルなのか、素人目にもその道何十年の職人作ったと判断できる。椅子も木製とは思えないほどの艶があり、明かりが蝋燭だけの部屋なのにも関わらず、輝いて見える。

 緋那は彼の言葉通り、椅子に腰を掛けると、彼はタイミングを見計らったかのように語り始めた。



 ……ある男の話だ。その男は医者になるべく、両親から英才教育を施されていた。その男は言われるがままに大学へ行き、卒業後の研修を経て医者になったが、決してそのことを後悔はしていなかった。現に美しい妻と結婚し、1人の子供を授かったのだから。

 もちろん、医者になるまでは大変だったし、苦労もした。けれど、その努力が今に繋がっているのだから、両親には感謝してもしきれないほどの恩があるし、とても幸せだと感じられた。


 しかし、そんな幸せも長くは続かなかった。


 それからも彼はその恩を少しでも返すべく、多くの患者を救った。養護施設に子供を預け、妻に家事、洗濯、子育てを任せて、仕事をこなしてきた。


 だが、それが間違いだった。


 これは後から分かったことだったが子供は養護施設でいじめられており、身体中には傷やあざが残り、精神を病んでいった。妻もその子供に見向きもせず、他の男と浮気をして、夫からお金を盗み、行方をくらました。……そう気づいた時には全て、手遅れであった。

 彼は憤慨した。仕事に集中している間に、財産を奪われ、子供は養護施設の弱肉強食の世界で淘汰されていた。親権は男が持ち、彼は男で1つで子供を懸命に育てようとした。だが、ここで追い討ちを掛けるような出来事が起こった。


 


 身体にあるエネルギーがあまりにも強大すぎて、コントロールができずに膨張し、身体中に癌のように転移をする現在では治療方法がない不治の病である。

 それが発覚してからは地獄だった。

 子供の病気を治すべく、エネルギーの専門と言われる研究機関に身を投じ、治療法を血眼で探した。

 だが、残酷にも時間は待ってはくれなかった。一刻も早く治療法を探そうとすればするほど焦りと不安が大きくなり、ついにはーーその方法は見つからず、まだ幼い子供から、『殺してくれ』と懇願されたのだ。


 苦しい。痛い。もう死にたい。僕が何をしたの?


 か細い、消え入りそうな声で問いかけてくるのだ。男はこの時ほど、自らの無力さを呪ったことはなかった。私は医者なのに。1人の子供父親なのに。今、目の前で苦しむ子供1人すら助けられないのかと。一生分の後悔をした。そして、男は。断腸の思いで自らの子供に手をかけたのだった。



 男は発狂した。

 精神が崩れ、およそ人とは思えない叫び声を上げ、やり場のない怒りを物にぶつけ続けた。そして、その時にどうしようもないほどの憎しみが芽生え、悪魔のような考えが脳裏によぎった。


 子供を殺したのは私ではなく、周りである。


 あのような養護施設がなければ。


 下劣な妻がいなければ。


 自分はこんなことにならなかったのだと。


 そう思ってからは、彼は用意周到に、静かに動き出した。研究機関に再び籠りながら、研究機関に運ばれてくる特異体質の子供と特殊な病気の子供を研究し、復讐に利用するために。

 そんなある日のことだった。面白い素体が研究機関に預けられた。その少女は目の色によって能力を使い分けることができ、時々ではあるがほんの少し先の未来を視ることができるのだという。男はその少女に近づき、アポを取った。

 そして、彼女のDNAマップを手に入れることに成功。そのDNAマップを彼自身に取り込むことによって奇跡的に一時的ではあるが、未来を視ることができた。その未来とはーー復讐の完遂。自らの悲願が叶った瞬間であった。


 それからというもの、その未来に向け、彼は成功するという確信で高まる鼓動を抑えつつ、行動を開始した。

 最初は妻を手にかけようとし、住所と行動パターンを分析し、100%殺せるタイミングを狙った。もちろん、証拠は残さないように最大限の配慮をして。結果、妻を殺害。断末魔を聞くまもなく、即死させ、この世から彼女という存在を消し去った。


 次の復讐対象ターゲットは子供をいじめて、肉体的にも精神的にも追い詰めた養護施設の人間達である。その人数は先生を含め、合計20名。1人ずつ確実に殺していく手筈だったのだが、ここで彼の計画は一度頓挫することになる。その20名の中に想定を上回る力を持つ者がいた。


 その人物はーー養護施設の出資者の1人であり、『黄道十二宮』の1人、花山緋里であった。


 想定を上回る力を持つ者を倒すには、自らの能力の贄となる人間が必要であった。自分と同じく、復讐心を持ち、その復讐心を動力源として動いている人間が。それがーー



「……その人間が私、だと」

「その通りだ。花山緋那、汝こそ私の贄に相応しい。私の能力はドス黒い感情を操る能力を持っていてね。その感情が昂ぶれば昂ぶるほど、『悪魔』となるための上質な贄が構築できる。その能力を使い、汝を見つけたというわけだ」

「お母さんを殺すために私を利用しようとしたというの?」

「その通りだ。そして、汝の過去話によってさらに私の復讐対象だと判明。嬉しい誤誤算だよ。最初は贄のつもりで模擬戦の妨害を施し、不満不平を募らせていたのだが……汝を贄にした上で復讐も完遂できる。これは一石二鳥というやつだな」

「! それじゃあ、『天空落下計画』というのは……」

「ご明察。。あれは鳶沢の力を私の手中に収め、霧峰学園に侵入させるためだけにでっちあげたものだ。『星の力』なぞ、ただの迷信に過ぎないのだよ。何せ、前回の発動したのが6000万年前以上前だ。一体、誰が立証できる?」


 涼夜はやれやれといった感じで首を横に振る。まるで、こんな嘘にまんまと引っかかる奴がいるのかと言わんばかりの表情である。


「波風も彼とはまた別の理由を聞かせて信用させたがね。彼女は少々疑ぐり深かったが、彼とは違ってコロッと騙されてくれたから楽な仕事だったよ」

「じゃあ、お前は私と私のお母さんを殺そうとしただけじゃなくて、言葉巧みに彼らを騙したというの? 自分の目的のためだけに!」

「ああ、そうだ。私は目的のためなら手段を選ばない。喋り方や言葉などで組み伏せるのもまた武器の一つ、というわけだ」

「この外道っ……!」

「なんとでも言うがいい。どの道、汝に選択肢など残されていない」



 緋那が殺気を放つの感じた彼はパチン! と指を掻き鳴らすと蝋燭の火は消え、部屋が一気に明るくなる。最初、部屋は六畳程度のものだったが、瞬時に体育館ほどの広さの部屋に塗り替えられる。

 それと同時に敵の姿があらわになる。10年前と変わらず、金髪碧眼の中性的な出で立ちをしており、眼鏡をくいっとあげる仕草が妙に様になっていた。


「場所を変えてくれるのは好都合だ。そっちがその気なら私も……」

「まぁ、待て。あの部屋をめちゃくちゃにされても困るのでね。少し場所を変えさせて貰っただけだ。交渉をするためにね」

「交渉、だって?」


 突拍子もない提案に緋那は驚きを隠せなかった。数秒間の間脳の処理が追いつかず、緋那は自分の耳を疑った。


「そうだ。交渉だ。これは汝にとっても悪いことではないと思ってね」

「戯事を。今更そんなこと聞けるか!」


 目の前にいるのは悪魔だ。言葉巧みに人を操り、自分の目的のためならどんな汚い手段も平気で使う外道だ。こいつの言うことに耳を傾けてはいけないと緋那は直感した。


「その交渉材料は私が汝から手を引くのと同時に、仇敵の名前と能力の開示だとしたら?」

「!!」


 悪魔の話を聞くまいとしていたはずの心が揺れる。仇敵の名前、仇敵の能力。どれも、どこを探し求めても手に入らなかったものだ。

 それが今。目の前に転がっている。


「……! ……!」


 ふるふると首を横に振る。ダメだ。彼の言うことに耳を傾けては。頭ではわかっているはずなのに、心は聞きたがっているからかどうしても聞こえてしまう。


「……どうして急に引くって気になったんだ? それに、何故仇敵の名前と能力を知っているんだ?」


 悪魔の掌の上と分かっていながらも、彼女は悪魔の話にそう尋ねた。悪魔はニコニコとしながら、答える。


「何、君の話を聞く限り、花山緋里は死亡したのだろう? ならば、汝をわざわざ悪魔化しなくても私の悲願は達成できると踏んだからだ。それに、君を敵に回すと自動的にあの学園長や乾青色まで敵に回しそうになりそうで面倒だ。彼との関係についてだが、研究機関で何度か会う機会があってね。利害関係にあったというだけだ。だが、彼とはそれなりに友好があってね。名前や能力についても聞いたことがある」

「……知人ってことね」

「まぁ、そんなところだ。そういうわけで、汝が断る理由がない。メリットもない。違うかな?」


 彼の提案に乗れば、仇敵の名前と能力が分かる。それだけではない。仲間がこれ以上傷つかずに済むのだ。逆に断れば、情報も手に入らず、仲間の命も危ない。


「どうした? そんなにエネルギーを荒ぶらせて」

「そんな悪魔に魂を売るような真似はできない。だから、その交渉には応じられない」

「ならば、お前のしようとしていることは私と何が違う? 仇敵を探し出し、殺す。私は汝を利用し、悪魔を生み出して養護施設に関係した人間を殺す。そこになんの違いがある?」

「そ、それは……」

「それに貴様がこの場で断れば、仇敵の情報もなくなる上に仲間が死ぬぞ? 言っておくが交渉が決裂したとしても、貴様1人では結界からは出れん。それに見てみろ。この水晶を」


 言われるがままに水晶を見てみると、氷雨や蓮、悠星が苦しくも懸命に戦っている姿が見受けられた。


「み、みんな……」

「量産型のメイドの相手をしている彼はともかく、鳶沢や波風を相手にしている彼らはどう考えても死ぬ。どうかね? 君が『はい』と一言答えれば、私から彼らにすぐにやめるように言った上で君の欲しい情報も開示しよう。仲間を見殺しにするのか? さぁ。どうするかね? 」

「っ……!」


 是が非でもこの悪魔は緋那に『はい』と言わせたいらしい。しかし、仲間が人質に取られ、彼女が喉から手が出るほど欲しい情報を目の前にして『はい』と言えないはずがなかった。


「わかった……その要求を飲むから。だから、情報の開示と仲間を解放して」

「……いいだろう。しかと聞き届けたぞ。

「なっ……」


 ギシリ、と。

 まるで金縛りにでもあったかのような感覚に襲われる。身動きが一切取れない中、彼女は必死に口を動かした。


「お、い……な、何を……」

「うん? 何かって? 汝が『了承』した瞬間に既に私の術中なのだよ。

「や、約束が、ち、がう……ぞ……」

「当たり前だ。私が目的を彼らに偽っているまでは本当だが、それ以降の交渉は全て嘘だ。考えてもみろ。アジトに忍びこんだ侵入者をこの私がみすみす逃すと思うか?」

「お、ま、え……っ!!」


 嗚咽を交じりながら、彼女は涙を堪える。

 なんで、私はこんなやつのーー悪魔の手に乗ってしまったのだろう。そんな後悔が何度も脳裏をよぎる。


 自分の無力のせいで、また大切な人間が死ぬのか。あの時、お母さんは私のせいじゃないと言ってくれたけれど。心のどこかでは、やはり引きづっていたのだろう。


 ーーあの時、私がいなかったら。私がいたから母は死んでしまったんじゃないのか。


 今回もそうだ。自分さえいなければ。あの時に不治の病で死んでいれば。こんなことにはならなかったんじゃないのか。そう思えてくるのだ。


 彼女は呪った。自分の無力さと愚かさを。


 彼女は憎んだ。自分の存在と自分の運命を。


 その時ーー花山緋那は復讐の闇に飲まれた。





 

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