第4話 不死身の風紀委員長

 八条悠星は風紀委員長である。

 模擬戦まであと3日に迫っていた頃、悠星は仕事に追われていた。風紀委員会と言っても、その実態は先生から受ける雑務が主な仕事であり、特に模擬戦と言ったイベント事になると生徒会と協力して準備をしないとならないため、ここ1週間はほぼ仕事詰めである。

 それに加えて、先日の校舎火災事件。その真相を突き止めるべく、相川氷雨の協力を得て、犯人探しをしなければならないという急な風紀委員会としての仕事まで舞い込んできたものだから、八条の胃の負担はマッハであった。

 このままでは楽しみにしていた模擬戦出場も危ぶまれるというもの。1分1秒でも早く終わらせて、模擬戦参加のために調整をしたいところなのだ。というのも、彼にはそんな仕事を放り出して(押し付けて)でも勝負に勝ちたいライバルがいた。そのライバルこそがーー花山緋那。その対決の絶好の機会である一大イベントが3日後に開催される模擬戦であった。


「あと3日か……楽しみだな」

「ダメですよ。委員長。まだ山のように雑務が溜まっているんですから。特に3日前の不審火とか」


 件の不審火から3日。あれから入念な調査と聞き込みが行われた。相川氷雨の協力の元、彼女の能力である『記憶する俯瞰図メモリーマップ』を使い、調査は比較的順調に進んでいた。

 結果から言えば、この不審火はやはり第三者が行ったものだ。でなければ、火元がない普通の教室から火災が発生するなどあり得ないからだ。

 しかも、計画的な犯行だったらしく、顔が分からない様に覆面をして火を付けたと氷雨からの能力情報を元に似顔絵を描いて。と言っても、似顔絵とは呼べるものでなく手がかかりはほぼ皆無だったのだが。

 分かっているのは、犯人が女生徒であることくらいのものだ。これだけでは探しようがないため更なる手がかりを見つけるべく、生徒の名簿を隈なくチェックする羽目になったというわけである。


 この学園で起こった不祥事は基本的にこの学園だけで始末するようになっている。だから放送委員の呼び出しに3日以内に応えなかった場合に懸賞をかけさせて学校全体で捕まえるように仕向くようになっている。

 懸賞は時間が経つごとに大きな額になり、たまにこういったことが起きるため、専門の賞金稼ぎがいるくらいだ。


「あーだりぃ……こんなことしてたら身体が鈍っちまうよ」

「じゃあ、どうして風紀委員長に……?」

「ん? あぁそういえば、まだ話してなかったよな。黙って作業するのもつまらないし、ちょっと話すか」


 時を遡ること、約1年前。

 まだ悠星が風紀委員長と呼ばれる前の話である。前風紀委員長の先輩から声をかけられたのがきっかけである。当時の悠星は風紀をどうこうすることなど考えていなく、ただただ緋那との決着を付けるために研鑽してきた。

 じゃんけんから大食い対決、50メートル走など事ある度に競ってきた彼らはライバルと言っても差し支えない。その様子を前風紀委員長は見ていたらしく、その負けず嫌いさとガッツを買って悠星を推薦したという。


「へーそんなことが。それで、委員長はどうしたんですか?」

「もちろん断った。俺ってこういう仕事柄じゃないし、束縛される嫌いだったし」


 最初は悠星も断ったのだ。しかし、前風紀委員長は1度断られただけではめげずに何度も何度も頼んできた。1日に多い時で5回くらいは頼み込まれ、あまりのしつこさに流石の悠星も堪忍の尾が切れた。


「1日5回とか……もはやストーカーの域ですね」

「前風紀委員長も負けず嫌いだったんだよ。その癖、諦めの悪くて自分が一度決めたことは絶対に曲げない人で何がなんでも押し通す人だった」


 こうなったら、力づくでも諦めさせるしかないと思った悠星は強行手段に出た。


 そう、決闘である。

 学校側が取り仕切り、成績に直結するのが模擬戦。

 個人での諍いを自らの力のみで押し通すのが決闘。


 決闘のルールは簡単だ。どちらかが気絶するか降参するまで戦い、勝った方が負けた相手に対してお互いが許容できる範囲でのみ要求を通すことができる。


「それで決闘に発展したわけですか……それでどっちが勝ったんですか?」

「……引き分けだった」

「引き分け? 委員長が?」

「ああ。正直、予想外だった」


 八条悠星の能力は、『永劫不滅』。正確には氷雨と同じで特殊体質と呼ばれるエネルギーを必要としない希少な能力である。その言葉通り、未来永劫朽ちることがない身体を意味する。


 その肉体には一切の傷が付かなかった。


 言わば、究極的な頑丈な身体を持ち、理論上では宇宙空間に放り出されようが太陽に落ちようが必ず生き延びるという。不老であるかどうかはあと数年見ないとわからないが、『不滅』であることは既に証明されているのだ。

 最も驚いたのは、非常に高い不死身性を有している者を相手に時間制限まで粘り、引き分けに持ち込んだことである。


「でも引き分けってどうやって……?」

「ん? あぁ、その理屈は簡単だ。その前風紀委員長の能力で俺を時間まで縛り付けてタイムアップ。その時点でお互い地に伏している状態だったからだな」


 悠星としては、不死身という特性を活かして相手のエネルギー切れを狙い打つ戦法を取り勝とうとしたがそれが裏目に出た。引き分けだった場合の条件も事前にお互いに決めていたのが何よりの敗因だ。


 


 彼は勝負を持ちかけて、悠星が了承した時点で既に術中にハメられていたというわけだ。


「つまり、最初の一手が決まった時点で委員長は詰んでいたってことですね」

「要約するとそうだな……今まで『自分が完全に負けた』って思ったことはなかった」


 何せ彼は、最初からそのつもりで勝負を受けていた。全て、掌の上である。


「それで……その前風紀委員長って誰なんです? 勿体ぶってないで教えてくださいよ」

「ん? あぁ。そういえば言ってなかったけ」


 悠星は今思い出したかのように、何食わぬ顔で平然とその名を口にする。


「前風紀委員長の名前は瀬戸内蓮。現『五英将』序列第5位に立つこの学園で最強の名を冠する人物だよ」

「マジですか……」

「大マジだよ。しかも後からさらにショックだったのが、時でさ……戦慄したわ」


 それが分かったのは、綿々と続くこの学園の伝統行事である次世代の『五英将』を決める時の瀬戸内先輩の本気を垣間見た時だった。


『五英将』候補に選ばれた生徒を開始5秒で一掃し、即座に最強の名をほしいままにしたのだ。


 皆、決して弱いわけではなかった。『五英将』の候補に選ばれるだけでも周りからは持てはやされ、特別視されるくらいなのだ。その選ばれた生徒達を一瞬で戦闘不能にし、『五英将』入りした蓮は一際異質さを放っていた。


「そんな人でも、序列5位なんですか?」

「いや、序列って言っても単純な強さで推し量れるものじゃないさ。強さのベクトルっつーかそれぞれアプローチが違うからな。序列は学園長の独断だしあんまり気にすることもないと思う」


 実際、序列5位という肩書きに不満があるのか蓮は「なんで俺が5位なんだよ……」と度々ぼやいていることもあり、本人の前では禁句に等しい。


「ま、そんな紆余曲折があって俺は風紀委員長になったわけだ……実際はめんどくさい仕事を押し付けられたり、先生からの無茶ぶりにも答えられる強いメンタルの持ち主を探していたんだろうけど、こっちはいい迷惑だぜ全く」

「……その割には口よりも手が動いているあたり、流石委員長って感じがします」


 悠星は後輩の風紀委員の言う通り、何だかんだ言って昔話をしつつも、手を動かし、書類と睨めっこをしつつ膨大な仕事を淡々とこなしていた。


「でなきゃ仕事終わんねーだろが。また適当な無茶ぶりをされたらこっちは敵わねーんだよ。模擬戦に向けて準備したいしな」


 そう悠星はキリキリと仕事をこなし、一刻も早く終わらすべくまだ多く残っている資料に手を伸ばした。






 一方、その頃緋那は……


「……よし、火傷も問題ない」


 模擬戦に参加するために彼女もまた最終調整に入っていた。先日の不審火を食い止めたことで報奨金と3日間の休日を貰い、ずっと自分の部屋で過ごしてきたわけなのだが、とにかく暇だった。

 部屋で1人でできる遊びは大分限られた。最初の1日のうちの半日は両手を使わずに時間を潰す必要があったため、1日どれだけ寝れるかゲーム?をしてみたり、残りの2日は能力の調整も兼ねて手を使わずに格闘ゲームをしたりととにかく暇を潰していた。ちなみに、上級者向けの対人ゲーだったので戦績はボロ負けだった。


「ちょっと大袈裟な気もするけど、あの日以来ちょっと能力のコントロールも乱れてたし、それを直すための期間と考えればいいのかな」


 緋那の能力は高い精度が要求される。一度、コントロールが乱れると直すのに少し時間がかかったりする。最も、日常で使うレベルのものであれば無意識下でもコントロールができているので生活に支障が出るわけでもないのだが。


「でも、今回はそういうわけにもいかないもんね」


 模擬戦は、バトルロイヤルに始まり、その中から生き残った8人が本戦に勝ち進むことができる。そして、その8人はバトルロイヤルの直後に本戦を行うためいかにして体力を温存するかが鍵となる。


「不特定多数の敵を蹴散らしても尚、戦い抜ける力。それが模擬戦で最も重要なことだけど、私は……」


 いつも力が抜けて、思うように結果が残せず、バトルロイヤルの時点で負けてしまっていた。悠星からも色々と勘繰られてきており、「何で本戦に出て来れないんだ?」と迫られる始末。 緊張したり、体調が悪化したなどといった言い訳ではそろそろ通じなくなってきた頃合いだ。バトルロイヤルは何としても、勝ち抜かなければならない。


「調整は完璧。あとは……青色先輩に任せるしかないか」


 緋那は模擬戦のことを考え、早めに床に着いた。

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