そろそろ、ラッシュあるんじゃない?

 二学期の終業式の日、見知らぬ先輩に告白された。いや、あれは告白と呼んでいいものなのか。


 自称、メジャーデビューの話もきているが断っているバンドのボーカルという彼は、邪魔そうな長い前髪をかき上げ、文化祭での彼らの盛況振りを語った。

 あいにく私は、その頃は弓道部の射的屋の売り子をしていたので全く知らない。

 ともかくその青年が、付き合ってやるよというような台詞せりふを吐いたので、気を遣っていただかなくても結構ですと断った。断った、つもりだった。

 そうすると、何を思ったか顔を近づけてきたので、咄嗟とっさに蹴り上げて逃走した。


 あんなものを、告白と呼んでしまっていいのだろうか。


 誰もいなかったはずなのに、とこぼすとアカネさんは、何故か感嘆めいた息をこぼした。


「あんたねえ、中三で途中入学してから、たった一年足らずでどれだけ告白されたか覚えてる? ギネスでも狙うつもり? あの先輩にだって、あれで、取り巻きだっているんだよ?」

「じゃあ替わってくれる?」

「好みじゃない」


 あまりにあっさりと断言され、苦笑するしかない。とにかく、と茜さんが仕切り直す。


「注目のまとなの、いい加減自覚しなさい」

「うーん」


 確かに、私自身にはどこがいいのかわからないまま、付き合ってください、の言葉は何度か聞いた。古風に手紙をもらったりもした。

 はじめこそ、漫画の中だけじゃなくて本当にあるんだ、と楽しめたものの、何度か続くと、何やら申し訳ない。

 この学園を運営している一族であることは知られているので、そのあたりが大きいのだろう。この歳で打算的なのもどうかと思うけど、そこはそれぞれだ。


「そろそろ、ラッシュあるんじゃない?」

「ラッシュ?」

「卒業を前にした先輩方が、玉砕覚悟で告白」

「…卒業って言っても、この学校、そのまま大学進む人多いのに…?」

「だからって、みんながみんなじゃないでしょ。それに、そういうのは勢いっていうか…ノリだからさあ」

「ノリですか」

「そうそう」


 言いながら教室の前まで来たところで、戸に手をかけ、あ、と言って顔を見合わせた。


「今日は遅い方みたい」

「始業式だもんねえ。そりゃ、早く来る意味ないわ」


 朝早くの教室で、一時間目の授業の予復習や宿題をすることの多いクラスメイトがいる。

 生徒のいない間は施錠する決まりのある教室の鍵を、だからその彼が開けていることが多いのだけど、その必要がなければ――例えば文化祭や体育祭のときには、早くは来ていない。

 それをうっかりと忘れ、開いているものと思い込んでいた。


「職員室、寄って来ればよかったね」

「取って来るよ」

「寒いところに、一人で待ってろって? あたしも行く」


 本当に寒いの、と訊きそうになったけれどやめておく。しかし、寒いならもう少し厚着をすればいいのにとは、思う。

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