或る川
涼
或る川
大きな岩の間から新たに産まれた命が、春の訪れを森に告げた。森は知っていた。凍えるような日々と屍たちが、それを産み出したのだということを。だから森は微笑んだ。リスは枝の上で踊った。柔らかな土を掘って出てきたモグラや、ミミズたちも、続いていく命を見守っていた。優しい陽光に包まれ、ウグイスが鳴いた。歓びに湧く命たちに小さく会釈をして、その命は森を離れた。ウグイスの鳴き声が遠くなっていった。
やがて仲間に出会った。わかれたり、合わさったりしながら、か細かった命は太くなっていった。人里では狩猟が盛んで、藁葺き屋根を揺らす勇壮な角笛はその命をせき立てた。森のことを想いながら流れた。聞こえなくなった角笛の代わりに、背後から稲妻が轟く。下流はまだ青空であったが、鼠色の雨雲が村を覆うのがわかった。
雨が降っても、それは生き続ける。時に曲がり、落ち、激しくなる流れに身を任せ、泣くように音を立てた。それは正に嵐と張り合うほどであった。木々はまだ流れる水を見ていた。しかと根を張り、太い幹が遠くから緑の葉を支えている。丸くなりきれなかった岩の上を、掘り起こされたまま野放しになった土の横を、命は流れた。
ようやく上がった雨の匂いを嬉しそうに吸い込んで、花婿は花嫁を抱きしめた。下流の村では結婚式が挙げられていた。二人の顔にこれまでの困難と、未来への覚悟が込もっていた。尖っていた岩を削って作った指輪は決して流麗ではなかったが、お腹の膨らんだ花嫁はそれを幸せそうに指にはめた。川は、人間もまた生き物であることを知った。木々が赤く色づいていた。
ゆったりとした流れは次第に大きくなり、河口付近へと近づいた。厳しい寒さがまた始まろうとしている。木々の代わりに見えるのは家々だった。その命は想いを馳せた。大河の一滴になったあと、あの森へとまた恵みの雨を降らせるのだ。川は日々と共に流れた。命を乗せて命を見ていた。季節の移り変わりが新たな生命を予期させる。木々がまた微笑んだ。
或る川 涼 @ryo-right
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