最後の夜明けに

@bullbull0510

1話完結

白い木漏れ日が溢れる森を抜け


雫が落ちる音が反響する青い洞窟を抜け


深い夜を纏った海岸で

君に寄りかかって眠った


黒い海の見える峠に着いた


気づいたら月が沈んでいた


もう夜更けだ


君の"門限"が近い


「ここに立っていなさい、

あの子が君を家まで届けてくれるよ」


君は切なさを隠して微笑んだ


不思議と涙は出なかった


私たちは手を離さなければならない


星が見えなくなってきた


夜が明ける。


「ねぇ、私を忘れないで」


「忘れないさ



もう君は、僕がいなくても頑張れるよ」




言葉が詰まった

何も言えなかった


進まなければならないのが分かるから


私は手を離した



"さよなら"



君の姿は スっと闇に消えていった


私の心に何かが残っていた






言われた通り黒い海原を望む峠に立っていると

ペンギンらしき鳥が

丸っこい身体を揺らしながら歩いてきて

人懐っこそうに私を見つめた


本当にペンギンに大きな羽が生えたみたいで

眼が透き通るように蒼く綺麗だった


「お家に連れて帰ってくれるのね」


そう言うとペンギンは得意げに笑った


ふと、優しい声が聞こえた


「大丈夫、ブルは君を落としたりしないよ」


ブル、この子の名前。


私はブルを抱きしめ、顔を撫でた


ブルは心地よさそうに蒼い目を閉じ

再び目を開け、私を見つめた


もう夜明けが近かった


私はブルに跨り、羽の根元を優しく持った


ブルは勢いよく羽ばたき、空に昇った


私は赤とオレンジが溶け合う空に

打ち上げられた


一瞬の内に見慣れた懐かしい景色が現れた


私の世界に戻ってきた



人恋しくなった

はやく、早く帰らなければ


ブルは私を落とさないように

ゆっくりと進んだ


見慣れた景色が刻々と濃くなる影を帯びて

目の前を通り過ぎて行った


私の家がそう遠くない距離に来た


家が恋しかった


けれど、


この世界にはいない君のことを思い出した


涙が溢れてきた


現れた太陽の眩しさに目を閉じた


涙は流れて行った


影に君が写った気がした



ブルが高い声で私を呼んだ





「着いたよ」



そう言っているようだった



ゆっくり目を開けると


そこは家のベランダだった


ブルは私をゆっくり降ろすと



満足そうに笑って


空に舞い戻って行った



「ありがとう、ブル。」



私にはもう行けない世界にブルは帰っていく


君は私を覚えていてくれるだろうか






私の家に帰ってきた。


家族を起こさないように

そっとガラス扉を開けて中に入った


部屋の中のは慣れない匂いで満ちていた


カレンダーを見ると


不思議なことにあれから1週間が経っていた



故郷は何も変わっていなかった


けれど、私の心の中には

先週までいなかった


優しい声の君と

蒼い目のブルがいる



それだけで

何も怖くなかった


見えなかった明日が

見えるようになっていた






-[完]-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最後の夜明けに @bullbull0510

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ