はじまりの町から出られないのでプレイヤーを皆殺しにします。
KIA
第1章 Death from Above.
第1話 推定死亡回数……はもう忘れた
反転する視界は巡り巡って鮮やかなマジックアワーを僕にみせてくれた。
地上と天上の境目。
そこから滲む桜色の残滓が彩って夕闇を迎え入れようとしている。
しかしだ。
スペースコロニー”アイランド2”の地上は地球のように丸くはない。
ならどうして曲線を描く地平線を見ることができるのか、僕がいえる答えは一つしかない。
――これはゲームだから。
そもそも、アイランド2には青空なんてものはなく、天上にあるのは宇宙(ソラ)だけ。
つい先ほど沈んでいった太陽に組み込まれたプログラムがこのような幻想的な風景をプレイヤーにみせてくれているらしい。
ちなみに、
現実では平衡感覚など疾く失せているだろうバク宙途中の僕。
その真下ではやたらと巨大で凶悪な牙を備えた口腔が迫ってきている。
クリーチャーネームは”モルドレッド”と呼ばれる中型ボスモンスターだ。
スペースファンタジーにお似合いな脂ぎった緑色の肌に、有り得ないほどの数がギョロつく複眼の特徴を持っているこのクリーチャーは、所謂、”チュートリアル上、戦えるボス敵”であることを断っておく。
僕は現在、とあるVRゲーム内のチュートリアルを遊んでいる。
ジャンルは荒廃世界系SFアクションモノ。
プレイヤーは《リザルター》と呼ばれるパワードスーツに身を包んで、生き残っている人類の存続をかけ、クリーチャーとの戦いに挑む。
簡潔に述べればそういうゲームだ。
もちろん、僕も《リザルター》に身を包んで、スーパー脚力を発揮し、宙がえりしながら”モルドレッド”の攻撃を避けているわけだ。
そして今取り出したるは、SFさながらのビームライフル《Q10R》と呼ばれたフルオート射撃可能な強武器である。
使用推奨レベルはなんと21レベル。
僕の現在レベルはまだ3レベル。
到底扱える代物ではなく、引き金を引いた瞬間、リコイル制御ができずに両腕アーマーがぶっ壊れてしまうに違いない。
このような武器がどうしてチュートリアルステージに存在するのか、はこの際問題にはしない。
考えたところで”空しくなるだけ”だから。
”リザルター”アーマーの初期装備であるサブ兵装のサバイバルナイフを取り出す。
『敵を切りつけることで小ダメージを与える』いたって平々凡々なこのナイフだが、”今まで”の検証によってこのナイフには一定の物を切断するクラフト用の効果が存在する。
おそらくはメニュー画面にいくつか存在する《????》表記の一つが”クラフト”に類するコマンドなのだろう。
当然ながら、クラフト素材ではない生命体にはこの効果は適用されないため、クリーチャーの命を絶つことはできない。
しかし、オブジェクト認定されているデータであれば断てるということでもある。
フフフ、ハハハ……。
頭の中で思い描いた勝利の方程式が完璧すぎて思わず笑みがこぼれる。
はっきり言おう。
このモルドレッド戦は負けイベントである。
ゲームのチュートリアルでは差して珍しくもないチャレンジバトルというやつで、初見プレイヤーにまず勝ち目はない。
行方不明となっていた少女を難破した小型船跡から助け出す、このイベントの終着点はプレイヤーが倒れることで完遂される。
この後、アイランド2にて集落を営む人々の助太刀があり、プレイヤーと少女は保護される。
そういう筋書きだ。
一通りのプレイを学んだだけでこのモルドレッドの突進に対応できるはずもなし。
ほぼ全プレイヤーがモルドレッドにやられる。
でもつまり、だ。
僕がこうして奴の攻撃を避けているのは……。
「逃げて、私のことはいいから!逃げてください、”イチモツしゃぶしゃぶ”さん!」
ブフゥ!
突如聞こえた少女の声援に噴き出してしまう。
し、しまった。どうせリセットするだろうからとプレイヤー名をテキトーにつけすぎた。
現実世界ならまだ小〇生といえる年齢の彼女に僕は何を言わせているのか。
というか、文字の読み上げまであるのか、このゲーム。
初期設定に読み仮名入力する箇所はあったけど、よもやこんな風に呼ばれるとは。
「凄い。クリーチャーに襲われているのに、笑みを浮かべてる……」
続けざまに聞こえた少女のセリフに苦笑いしつつ、システム音が思考加速時間の限界を告げるのを聞いた。
リザルターアーマーは身体強化のみならず、プレイヤーの思考能力を増加させるサイコブースト機能がある。
サイコブーストを利用することで、入れ替わりの好守を繰り返す疑似的な某有名RPGのようなターン制戦闘もやろうと思えばできる。
これがなきゃ、即座にNPC少女のセリフを確認したり、悠長に風景を眺めることなどできるはずがない。
しかし、敵対者とのレベルが拮抗していなければ微々たる暇にすぎない。
仕切りなおして、僕は分不相応なビームライフル【Q10R】の銃口をモルドレッドではなく桜色の宇宙(ソラ)へと向けた。
リザルターアーマーが壊れてしまうのは、あくまで反動抑制装置が銃器のリコイルの制御を行ってしまうからだ。
幾度の検証の結果、暴発に対しては『燃料缶を撃ちぬいて爆発を起こす』等のステージギミックアクションと同じ扱いになることがわかった。
今のように、海老反りで片腕の指先に引き金がかかっているかいないかのような態勢は、システム側が発砲動作と認識していないため、射撃サポートのディスプレイは表示されていない。
掻い摘んでいえば、今から僕が行う行動はプレイヤーのアクションではなく、事故扱いになるってことだ。
「さぁ!見せてやる! 通算数十回の死を乗り越えた僕が、貴様に一矢報いるときがきた!」
ミリタリーに詳しい人がいたら激怒するであろう持ち方で引き金をひく。
瞬間、Q10Rの放った閃光一筋が紺色に移り変わった空を切り裂いた。
そして、収縮され放たれたビームエネルギーの反動は、射手である僕に運動エネルギーとして帰ってくる。
僕の身体は投げ出され、Q10Rビームライフルは持ち手を離れて回転しながら宙を舞う。
けれどおおむね僕の思い通りにことが運んだ。
あとは僅かな微調整。
構えたクラフト用のサバイバルナイフを構えて、大口を開いたモルドレッドへと突撃した。
「――ッ!!」
ナイフはあえて振りぬかず、かざすだけにして勢いのままに敵へと突っ込み、砂屑の積もった月面へと着地する。
リザルターアーマーの姿勢バランサーが自動的に発動したらしい。
しかし、誤算が生じた。
「脚部損傷!? 着地の衝撃に耐えられずにって、タウンのビルから落ちても平気だったくせに!?」
一度は着地に成功したかに見えたが、ものの数秒と経たずに両膝が地面へ沈む。
オマケにアーマーの関節がギシリと音をたてて、立ち上がることすらままならない。
「GRRRRRARRRRXIAAAA!!!!」
当然ながらモルドレッドも健在である。
ナイフによるダメージはなく、与えたダメージはアーマーがぶつかったことによる物理ダメージのみ。
だが眼前には僕が追い求めていたものがゆっくりと月面に舞い降りた。
【モルドレッドのフォトントゥース】
風景に馴染まない煌々と光り輝く真っ赤な結晶体。
高レアリティを表すアイテムが僕の5メートル先に現れていた。
このアイテムのために約一か月ほどを費やしてキャラリセットを繰り返していた。
なのに。
――やばい!やばいやばいやばい!!
高負荷で脚部アーマーが故障するなんて聞いてないぞ!
もしやバトルフィールドだけ負荷の蓄積値が出現する仕様なのか?
「くそ! そんなのあんまりだ……! 」
アーマーの限界を知らせる注意音が頭部装甲の中を駆け巡る。
その中で今度はもっと鋭い警告音が鳴り響く。
夜時間を迎えた空。そこにそびえる月の光が、僕を踏みつけようとする巨大な四肢の影を露わにした。
上半身で無様にもがいてその場から離れると瞬時にモルドレッドの脚部が月面の砂ごと空間を抉った。
もはや一刻の猶予もない。
無我夢中で両腕をばたつかせて【モルドレッドのフォトントゥース】に手を伸ばした。
「ダメ!やめてぇぇぇぇぇぇ!!」
やがて聞きなれた少女の叫び声が聞こえた。
このセリフが聞こえてくると、チュートリアルが終わるって意味だ。
「装甲車隊っ射撃開始!!」
野太い男の発声は少女の父親である『キャリバーNX09』タウンの代理提督、マクスウェルのものだ。
彼の掛け声に合わせて、僕の背後に迫っていたモルドレッドに砲撃が喰らわされる。
甲高い呻き声と爆炎を辺りにまき散らしたクリーチャーは、そそくさと撤退していく。
ちなみに僕の身体はアーマーの故障関係なしに微動だにしない。
チュートリアルクエストが進行しており、僕は今、そのストーリーラインに則って行動しているにすぎない。
検証の結果、このチュートリアルではプレイヤーがモルドレッドに一撃を喰らってしまうと自動的に現在のイベントが開始される。
無我夢中で気づかなかったが、僕はあの怪物から攻撃を受けてしまったらしい。
視界が霞んで見えるのも、プレイヤーが瀕死を演出するためのものだ。
そのままならない視界に人影が一つ二つ、駆け寄ってきたマクスウェルの部下が僕を介抱しているらしい。
そしてそのまま、視界はブラックアウトした。
ただ一つ、システムメッセージ欄を残して。
――《イチモツしゃぶしゃぶさんが、レジェンダリーレアクラフト素材【モルドレッドのフォトントゥース】を入手しました》
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