ジュナside

29

 ―美術室―


 俺は壁時計の針を見つめながら、苛立っている。


『人物画のモデルになって欲しい』と自分から言い出したくせに、何故時間に遅れる。時間にルーズな女は嫌いだ』


『ジュナ様、どうかなさいましたか?』


 絵画の法香が妖艶な笑みを浮かべ、俺を気遣う。


『毎日毎日退屈なだけだよ』


 法香に歩みより壁に左手をつくが、手はムニューッと壁の中に吸い込まれる。


 自然と接近する唇。法香は唇を突きだし瞼を閉じた。


 ――その時、まるで怪獣が走り回っているような地響きが、ドタドタと床を揺らした。


『無粋なヤツだ。何年の男子だ。校舎を壊す気か』


 唇が触れる寸前、バンッとドアが開いた。


「唐沢先輩! 遅くなってすみません!」


 ハァハァと息を切らし、仁王立ちしているのは男子ではなく、風見流音だった。


「うわっ、唐沢先輩、今、絵画にブチュッてキスしようとしたでしょう。変態なんだから」


『ジュナが変態? クックックッ。これは滑稽だな。お前、ブチュッてしたのか?』


 流音の背後でハカセが笑っている。


『邪魔が入ったから未遂だよ。ハカセ、どうしてお前が彼女と一緒に』


『ジュナ、俺が彼女と一緒にいると、気になるのか?』


『別に。変な取り合わせだと思っただけだ』


『彼女が化学室に逢いに来てくれたんだよ。この俺様に』


『ハカセに逢いに? それは本当か?』


「本当かと聞かれれば、そうですけど。友達が化学室のヴァンパイアを見たいっていうから。でも……ハカセさんは誰にも見えなくて。ハカセさんが本物のヴァンパイアだったなんて、今も信じられない。ハカセさんは変装マニアの幽霊だと思ってました」


『俺が幽霊? ジュナと一緒にしてもらっては困る。俺は姿を消しているだけで、由緒あるヴァンパイアだ』


「日本にヴァンパイアなんていないよ。他の国から来たの? まさかタイムスリップだなんて、言わないよね? もしも本物なら蝙蝠や鼠になって見せてよ」

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