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数秒後……、鈍感な男子がやっと頭に手をやる。
「んっ……?」
掌にベッタリとついた絵の具。
赤い色に一瞬ギョッとしたものの、直ぐさま振り返り後列に座っていた男子生徒の胸ぐらを掴んだ。
「お前だろ! 何すんだよ!」
後ろの席で参考書を広げていた男子は、絵の具のついた手で掴み掛かられ、目を見開いた。白いカッターシャツは絵の具で赤く染まっている。
「うわ! お前こそ、なにすんだよ! 俺のシャツどうしてくれるんだよ!」
「あ、あなたたち、止めなさい」
喧嘩を止めに入ったのはひ弱な新米教師、
柿園先生には俺の姿は見えない。壁に掛けられた人物画の美少女達の声も当然聞こえない。
柿園先生だけではない。
全校生徒で俺が見えているのは、現時点ではあの女子生徒だけだ。
「お願いだから、二人ともやめてぇ」
柿園先生はもうすでに泣きそう。俺はそんな教師と生徒を眺めながら、毎日毎日繰り返される退屈な時間を延々と過ごす。
『教師なんだからさ、もっとビシッとやりなよ。そんな態度だから生徒にナメられるんだよ』
俺は青や黄色の絵の具を掴み、喧嘩している二人にぶちまけ、その絵の具を柿園先生の手に渡した。喧嘩をしていた生徒の一人がそれに気付く。
「柿園先生がやったのかよ! 俺の親は保護者会の会長だぞ! 教師の虐めを問題にしてやる!」
「ひぇっ、い、虐め!? わ、私が生徒を虐めるなんて……」
美術の時間に他の科目を勉強してるお前らの方が、大問題だろ。それに虐めてるのは、教師ではなく生徒の方だし。
「私じゃない。ち、ちがうわ!」
柿園先生は絵の具のチューブを足元に落とし、泣き叫んだ。
『本当は俺だけどさ。これくらいのことで泣かなくても。大体、美術の授業中に他の勉強をしていたのはこいつらなんだよ』
「教師が生徒にそんなことしていいのかよ! 謝れよ!」
「わ、わ、私……」
『謝るのはこいつらの方だ。真面目に授業を受けないと、単位やらないって言えば? ほら、早く言えよ』
「……ごめんなさい。ごめんなさい。保護者会には言わないで下さい。お願いします」
柿園先生は泣きながら生徒に謝った。
これだから、生徒がつけあがるんだ。
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