199602①

 1996年2月。SC鹿児島は2次合宿に突入していた。1次合宿でフィジカルとコミュニケーションの向上を図った鹿児島は、2次合宿ではより実戦的なトレーニングに移っていた。


 鹿児島は基本的に攻撃的なチームである。GMの宮原、監督のスキベが共有しているビジョンは、両サイドにウイングを置いてピッチを広く使い、個々が連動しながらサイドを果敢に突破するスタイルである。


 そのため鹿児島は攻撃の練習ばかりしているかというと、トレーニングの大半はポジショニングと守備の練習に費やされている。


 まずは常にパスコースを2つ作れるようポジショニングの練習が徹底的に行われる。ボールが前に進まないのは出し手の問題ではなく、周りの選手の問題であるという考えが周知されており、オフザボールの動きを徹底的に植え付けられている。


 次に行うのがボール喪失時、チームとしてどう素早く的確にプレスをかけるかという訓練である。サッカーとはミスのあるスポーツであり、ボールを奪われることを前提としたトレーニングである。

 被奪取時、素早く再奪取に動けるよう身体に叩き込むことで、攻撃陣は通常ならば40mの距離を戻らなければならないところを、10~15mのダッシュで済ませることができる。

 守備のトレーニングではあるが、あくまでも攻撃のための守備、自分達が常にボールを保持することが目的である。


 これらの練習において重要なことはいかに効率的に動くかである。スキベは選手の運動量も評価するが、それ以上に動きの質というものを評価していた。

 豊富な運動量を誇る選手であっても、無駄な動きが多ければそれに比例して試合終盤ではその運動量も落ちる。しかし、効率的な動きを身につけていれば余力も残る。どちらがチームにとって有効かは一目瞭然である。


 これらの意図を丁寧に説明した上で行われるトレーニングにより、選手はポジショニングと攻守の切り替えの意識が飛躍的に向上しつつあった。

 ポジショニングと守備のトレーニングに注力することで、結果としてチームの攻撃的カラーが深まりつつあった。





 また、鹿児島ではミニゲームの練習も多い。最も多いのは6対6。

 フィールドの半面を使い、人数はGK1人とフィールドプレイヤー5人の6人。7人だとフリーな選手が簡単に生まれ、5人だとボール回しが困難になる。計6人が絶妙なバランスであった。

 選手達は常に集中を求められ、判断力 、適応力、ダイレクトプレイやショートパスといった技術、オフザボールの動き、プレスのかけ方といった能力に磨きをかけつつあった。


 6対6の次に行われることが多いのが6対4のパス回し。ゴールを設けない約20㎡の正方形内で、4人のチームを2つ作り、そこに2人のフリーマンを入れる。この2人には常にボールを保持している側になってもらい、2タッチまでという縛りを入れた上でパス回しを行うのである。

 ボールを奪われた瞬間に先ほどまで味方だった者が瞬時に敵となることから、特に2人のフリーマンには高い判断力、決断力が求められる。


 鹿児島では個々が連動して攻め込むスタイルを標榜している。

 守備陣から前へ繋ぐボランチ、攻撃陣の潤滑油となるトップ下には『どの方向からもパスを受けられる』ことが求められる。

 判断力、ファーストタッチの技術が高めることで、事前に周囲360度の状況把握を理解し、次の展開を想定した上で、自分の止めたい所にボールを置くことを当たり前にできるようにすることが狙いであった。


 スキベはサッカーにおいてフィジカル、テクニックは最低限必要なものであると認識しているが、より高い次元にチームを引き上げるために必要なものを、一つ一つ選手の内面に植え付けていこうと考えていたのである。





 これらの練習を通し、輝きを見せたのが藤堂拓海と永井であった。


 拓海はトップ下としてプレイし続けてきたことから、四方八方からのプレッシャーに晒され続けてきた経験がある。常に周りの動きを観察し、その瞬間瞬間で最適なポジションを取ることは拓海が宮原に再三指導されたことである。


 宮原は拓海について後に語っている。


「初期の鹿児島では拓海の動きこそが生命線でした。あいつが動いてスペースを作り、そこに俺や篤(永井)が飛びこむ。サイドで勇(河原)が囲まれても拓海が顔を出して助ける。それが分かっているから俺たちも安心して動くことができた。あいつの質量兼ね備えた動きが鹿児島という組織をオーガナイズしていたんです」


 一方、永井はドイスボランチとして宮原と組んできた経験から学んだ先読みの技術、周りを効率的に動かすゲームメイクによって、自分自身のポジションを最適なものにする方法を身につけていた。

 拓海とはまた違ったアプローチで実力を見せる永井の姿はスキベの目から見ても満足できるものであった。


 トレーニングはそんな2人が引っ張るような形で進んでいく。


「明弘、パスカットされたんだから、そのまま惰性で走るな! すぐ守備に切り替えろ! カットされるのが予想できたんなら、コース変えて相手ボールになる前に守備に行け!」


 拓海が弟の明弘に叫ぶ。大きなスペースでボールを受けようと走りこんだ明弘へのパスが相手にカットされたシーンでのことである。

 明弘は『受けられるはずであったスペース』まで惰性で走ってしまったのだが、これは鹿児島ではNGであった。

 鹿児島では、ボールを前に進めるのはパスの出し手ではなく、受け手によるところが大きいと考える。この考えにより、パスミスが発生した場合、受け手の側で調整するということをルール化している。

 敵にカットされてしまったミスパスに対して即座に守備につき、ミスの被害を最小限に留めることができるのは受け手だけなのである。

 攻守の切り替えの瞬間に行う最大限の努力が、結果的に最も効率的な結果につながるのである。


「タツ! パス受ける前にちゃんと周り見ろ! 受ける時は正面見せろって何度も言ってんだろ!」


 今度は永井の怒声が窪に飛ぶ。CFを務める窪は感覚的な選手であることから、基本的な部分で怒られることが少なくない。もちろん確実にその技術、意識は向上しているのだが。


 鹿児島では常にルックアップを行い、周囲の状況を把握した上での最適なプレイ選択が求められる。当たり前の技術であるが、その当たり前の行動を常に行うことが重要なのである。


 ボールの受け方に関しても一つの取り決めがあった。


 受け手は基本的にボールの出し手に対し、身体の正面を見せることが約束づけられている。この動きにより、出し手がパスを出すスペースを見つけやすくなる。

 ここでいうスペースとは大きなスペースではなく、例えば足元の右側といった極々小さなスペースである。そうしたスペースを見つけることが可能になり、瞬間瞬間で変わっていく状況の中でもそのポイントを見つけやすくなるのである。


 出し手に背を向けた状態では、スペースはその受け手が動いている先にしか想定できない。受け手が急に反転する可能性もあり、パスのタイミングが掴みづらいことから、これを怠ると窪のように怒声が浴びせられるのである。





 拓海と永井に牽引され、トレーニングは順調に進んでいた。各選手ともばらつきこそあるものの、スキベの求める水準を概ねクリアしており、その内容・結果にスキベは満足を覚えていた。


 そんな中、スキベの目に留まった選手が一人いた。その選手は目立つことなく淡々と、確実に自分の仕事をこなしていた。他の選手達はその異質さに気付いていないようであったが、その選手が新人選手であることを思い出せば、その適応力、判断力、ポジショニングに対する天性の才能は驚異的なものであった。


「さすがはミヤハラが直々に引っ張ってきた選手ということか。このピースをどうチームに組み込むか……面白い」


 スキベの顔に、不敵な笑みが浮かんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る