光と闇の存在理由
篠岡遼佳
光と闇の存在理由
ここは、光と闇が共存する、境界の街「オース」。
私はここに住む学生だ。今日も下駄箱で下校の挨拶を交わし、「境界」に住む師匠のところへと出かけていく。
師匠は私の母と同じくらいの年齢で、人の師匠になるにはちょっと早いくらいだ。それは優秀であるということで、ならばやや奇矯な性格も仕方ないのかなと思う。
「よう、また来たか。我が一番弟子」
口調は男性のようだが、れっきとした女性である。
「来ましたよ。掃除をしに」
「お前、ほんとにマメだよね」
「師匠が大雑把すぎるんです。髪を乾かして、服も来てください。寒いでしょうに」
「おお! 風呂に入ったあとだから忘れてた」
女性ではあるが、ちょっといろいろ頓着がないというか、いろいろどうかと思う。
師匠の家は不思議な構造をしている。
すべての境界、魔力の源となる闇と光を隔てる壁が、居間を真っ二つにしているのだ。つまり、おそらく家を上から見れば、家も真っ二つにされているのがわかるのだろう。
この壁は人為的に作られたのではないそうだ。
植物は光を好み、闇では生きていけない。そのため、闇との境界で植物は上を目指し、結果闇を取り巻くように植物の壁ができたというわけだ。
師匠が、そのふわふわしたロングヘアを拭きながら部屋に戻ってきた。
私は尋ねてみる。
「師匠、ずっと気になってたんですけど」
「なんだ?」
「何でこんなところにおうちを作ったんです? 師匠なら別にどんなところにでも作れたでしょうに」
「あのな、言っておくがこの家は、魔導師垂涎の的なんだぞ。闇と光、その狭間に家を作れる者が何人いると思う? ここは私が天才だからできたようなものだ」
「はぁ、天才ですか」
「ま、お前のことだから具体的に説明してほしいんだろ。闇と光については学校では『そうあるモノ』としてしか扱わないからな」
「話が早くて助かります、師匠」
「つまりだな……」
師匠は、まだ半裸のまま、その緑でできた境界の壁にズボッ、と手を突っ込んだ。
「!?! 師匠!?」
「バカだな、私たちの力の源なんだから、別に悪いモノではないさ」
と言って、何かをつかんで手を戻した。
そこにわだかまっているのは、丸い形をした、闇。なんだかもこもこしている。
「これが闇の正体。力そのものと言ったところだ。そして、」
もう片手で器用に指を鳴らすと、その手に光が集まり、闇と似たような球になる。
「これが光。闇を操るモノだ。強く照らせば力は増し、弱く照らせば影に紛れる」
「なるほど……私たちは夜以外、いつも光の側にいないと生きていけないから、光に重きを置きがちですが、実際は”光で闇という力を操っている”んですね」
「理解が早くてよろしい」
師匠は両手を重ねて、光と闇を相殺し、続ける。
「つまり、闇のそばにいられるとは、いつでも大規模な魔法が行使できるいうことだ。この街は闇からのモンスターの襲撃も多いが、その代わり魔法だってかなり強力なものが使えるだろう、そういうバランスなんだ」
「確かに、この壁を越えてくる魔物は多いですよね。その割に被害が少ないのはそういうわけですか」
「そう。そして、この闇にはもっと大事な役割がある。ちょっと、着いてこい」
「はい。あ、ちゃんとホウキ持って服来てくださいよ」
「さすがに着るよ、寒いからな」
師匠がさっさと着替え、私を連れてきたのは、
「……墓地、ですか」
街外れの墓所だった。
私が小さいときにはこの国は内乱状態であったらしい。
それが、異国で育てられた正当な血を持つ王子が現れ、そのカリスマと光と闇を平定する実力であっという間にこの国は平和になった。
だから、墓地は今のところ満員御礼に近い状態だ。
「とうさんたちの墓なら、今日も掃除しましたけど……」
いいながら、私は自分の家族が眠っている3つの墓石を再びホウキで掃いた。
「お前は珍しい、戦争孤児だったな」
「はい、でも、いざとなったらやるタイプなので、魔導師としての才能は開花させてもらいました」
「言うなあ」
「師匠がよかったのかもしれません」
「言うなあ……照れちまうだろ」
師匠は長い前髪をかき上げると、私の頭をわしわしと撫でた。
「闇があるのは、光のためではないんだ。光で生きていられなくなった人が還るのも、また闇だからだ」
「……とうさん達がモンスターになるんでしょうか」
「違うよ。闇は冥界の扉を守っているんだ。冥界に行けなければ、生まれ変わることもない。光に憧れるモノ達は時々暴走するが、我々は死して、闇に還りたいと思うわけだな」
「そうなんですか……」
師匠は多分、私が気にしていることを知っていて、こんなところに連れてきてくれたのだろう。
師匠は意外と面倒見がいいのだ。
「……昨日もまた一つ、命が失われている」
師匠が見つめる先には、真新しい墓石に、たくさんの花が供えられている。
うん、昨日、年下の男の子が流行病で死んだことは知ってる。
師匠も長い間手を尽くしたが、ついに回復までには至らなかった。
私も寝ずにあの子を見ていた。
死んでしまうということは、それだけで、もう取り返しのつかないことだと思っていたけど。
私は呟く。
「冥界の門を通って、生まれ変わってきてほしい。今度は、病を得ずに」
今度。死したもの達に、その言葉は似合わないのかもしれない。
ただ、此処には闇と光があり、それぞれの役割を果たしていることは、わかった。
「――まあ、そう泣くなよ。干からびちゃうぞ」
「そしたら……師匠が……助けてください……」
「しょうがないやつだなあ……よしよし」
師匠はマントの中へ私を包み込み、優しく抱きしめてくれた。
雲一つない青空の下、私たちはそこにたたずみ、生と死を思った。
「師匠、師匠は死んではダメですよ」
「うーむ、よく考えておこう。お前が心配だからな」
師匠はぱん、と手を打つと、
「よし、昼飯にしよう」
「はいはい、何がいいですか。市場に買いに行かなきゃだめですか」
「うん、果物が食べたい」
「しょうがない師匠ですね……」
にっと歯を見せて笑う師匠は、やっぱりちょっと奇矯で、でも、私が元気に生きていこうと思うのも、師匠の所為なのだ。
もう少し、あなたの元で弟子をやらせてくださいね、師匠。
光と闇の存在理由 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka
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