裏と表の恋心

古人

「間宮さんの彼女、浮気してるらしいですよ!」

「え……」


 業務が終わり、退勤寸前だった間宮に後輩の女性から驚きの言葉が放たれた。これからの予定を聞かれ、今話題に上がった彼女の家に直行して宅飲みをしようと答えた直後のことだ。いきなりの言葉に間宮の挙動が止まる。

 しかし、後輩の方は止まらなかった。彼女は私用スマホを取り出して間宮に証拠を見せつけてくる。


「ほら、これ……確か、先輩の彼女さんでしたよね!?」


 そう言いつつ後輩は間宮にスマホの画面を見せた。そこには間宮の知らない男性と一緒に歩いているスーツ姿の美女、間宮の交際相手である由美子が写っていた。

 間宮はすぐに彼女のスマホを借りて内容を確認してみる。少々画質の悪い写真だがぱっと見で間宮は映像の男に容姿で完敗していることを確認した。そして次に本題の女性を細かく確認する。


「成程、これは……確かに由美子だな」


 詳しく写真を確認してそう言った間宮だが、そう判断してからも諦められないようで写真を拡大したりして加工の跡がないか等を確かめた。だが、判定は覆らない。

 現実はこんなものか。嘆息する間宮だが、後輩には写真の女性が自身の交際相手であることを答える以上の言葉は吐かなかった。その様子を受けて後輩は間宮の状態を独自に解釈したようだ。


「ショックが大きすぎて現実味がないのかもしれませんね……あ、先輩。この写真、あげたりしないで大丈夫ですか?」

「そうだね……まず聞きたいんだけど、これはいつの写真?」

「え、と……ちょっと待ってくださいね?」


 ややあって彼女が告げた日付は四日前。その日のことは間宮にとって思い出そうとする必要すらなかった。四日前は間宮が自身の誕生祝いを口実に彼女と会おうとして多忙を理由に断られた日だった。

 例年の二人であればお互いの誕生日は必ず一緒に祝っていた。しかし、今年の間宮の誕生日はそうもいかなかった。なぜなら、間宮の誕生日当日は間宮の仕事上、どうしても遅くまでかかる外せない仕事が入っていたからだ。それを踏まえると誕生日の前日か翌日に会うことにしたかった。

 しかし、間宮が予定を変更したかった日は両方とも由美子の方が忙しいということで予定が組めなかった。その代わりが今日だ。彼女の家でこれから行おうとしていた宅飲みは自分の誕生日を祝うささやかな宴会というわけだった。


 ……しかし、忙しいと言っていたその日。由美子はネオンが光り輝く通りを間宮が知らない男と仲睦ましそうに歩いていたという。それがどういう意味なのか、間宮はしばし逡巡する。


 そして、力なく肩を落とした。


「……申し訳ないけど、その写真……よければくれないかな?」

「あ、トークに貼るのでQR画面ください!」


 間宮は内ポケットから私用のスマホを取り出すとロックを外し、アプリを起動すると後輩と連絡先を交換して写真を送ってもらった。それでようやく後輩は何かをやり遂げた雰囲気を漂わせて緊張を解く。

 その後、二、三語交わして後輩に別れを告げると間宮は退勤した。いつもは車通勤だが、今日は由美子の家での宅飲みの予定があったので電車通勤だ。

 程なくして会社の最寄駅に着いた間宮。彼女の家の最寄駅へと向かう電車をホームで待ちながらトークに貼られた写真を見て彼は心内で諦めたように呟く。


(……由美子は美人だから仕方ない。これまで頑張って来た方だが、そろそろ結婚も視野に入れ始める時期だし遊んでいられなくなったのかもな……)


 自分ではない男と一緒にいて華やかな笑顔を浮かべていた由美子の姿。自分の前で彼女はそんな顔をしていただろうか。


(楽しかったんだけどなぁ……結婚するなら楽しいだけじゃダメだよな……)


 再び写真を見る間宮。そこに写っている男の出で立ちは間宮の及ぶところはない。靴もスーツもその男のスタイルにぴったりで特注品を思わせる物。服飾品とてそれらに疎い間宮でも高そうと思わせる物だった。何よりそんな金持ち感が嫌味にならない程それら全てが似合っている美男子だ。二人が並んでいる姿を見れば誰もがお似合いのアベックだと思うに違いない。


(……それに比べて何だ俺は。カップルじゃなくて急にアベックなんて言葉が出るくらい古い……いや、流石にそんな年代じゃないはずだが……)


 急に変なことを考えた自分に突っ込みを入れて大して面白くもないことに苦笑してしまう間宮。だが、それで自らの動揺具合を自覚する。


(……落ち着いて、話せるようにならないとな。幸いと言っていいのか多少の時間はある。最後くらいは格好つけないと)


 ふと見ると写真の下を見るとトークに後輩からメッセージが来ている。


「『相談乗りますよ』か……ふぅ。相談も何もない気もするが……」


 しかし、元気を貰った気がする。駅のホームに電車が近付いて来る音を聞いて顔を上げた間宮はそのメッセージに「ありがとう」とだけ返し、電車に乗り込んだ。


 混み合う電車。その中でスペースを確保して電車に揺られながら間宮は由美子との出会いについて思い起こす。


 初めて間宮が彼女と出会ったのは二人とも中学生の頃だった。


 画一的な制服というのに周囲と異なる可愛らしさを遺憾なく発揮し、人目を惹いていた彼女。当時の間宮はそんな彼女を見かけることはあっても、自分から話しかけることなどなかった。間宮の友人が自分の前に彼女を連れて来た時も自分は住む世界が違うと勝手に思って顔見知り程度の関係で済ませていたものだ。


 そんな関係が少し縮まったのが高校時代。恋人こそ出来なかった間宮だが、勉強はそこそこ出来た。そのため特に考えることもなく彼の学力で行くことが出来る地元の高校を受けに行き、地元の中学校では珍しいくらい高難易度の高校に受かった。

 その時、同じ高校に合格した由美子と数少ない同じ中学校からの出身ということで話をするようになったのだ。

 そうは言っても何か用がある時に、程度の繋がりだった。しかし、それでも当時の間宮はそれなりに役得ではないかと思ったものだった。由美子の方も意外と気さくに間宮に話しかけて来て色んな話をした。ただそれ以上の発展はなく、何事もなく高校も卒業してしまう。


 二人の関係が大きく変わったのが大学時代だ。高校では恋人が出来なかったどころか友人も少なかった間宮が高校時代の余剰時間を勉強に叩きこんで受かった大学に、彼女も合格して声をかけて来たのだ。話を聞くとまさかの同じ学部の同じ専攻。更に目指しているゼミも同じだという。

 ここまで偶然が続き、そして良好な関係が続いたのだから、もしかすれば行けるのではないか……? そう考えた間宮が一世一代の勇気を奮って告白し、大学三年生になってようやく二人は付き合うことになった。


 今度はその関係が社会人になったことでまた別の形に変わるのだろう。


(……まぁ、いつかはこういうことになるかもなとは思ってたが……)


 少し泣きそうになって壁を見上げる間宮。車内のどうでもいい掲示板の宣伝が視界に入り、無意識にそれを目で追って……由美子との思い出に関連付けてしまう。


 間宮が我に返る頃には電光掲示板と車内放送が間宮がもう直に降車する予定である駅に着くことを告げていた。


(……思い出を振り返ってたら由美子の家で何て言うか全く考えられなかったな)


 目的の駅に到着すると駅に設置されている時計が目に入った。気が急いていた所為か、約束の時間まで余裕がある。由美子が一人暮らしをしている家までは駅からそれほど距離もなく、徒歩でも時間はかからないためタクシーを使う必要もなさそうだ。

 散歩の時間を僅かながら迎えようとしている彼はその間に自らの心を落ち着かせることに努めつつ、由美子の家に着いてから何をどう伝えようか、それを考えることに決めて駅から出て行くのだった。



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