第7話 隣り合わせの妹と青春

「しかしお前に本当に妹が出来るなんてなぁ。最初はマジで行き過ぎたドッキリかと思ったわ」


「実の所、俺もまだこれが夢なんじゃないかって疑ってる」


「そりゃそうだろ。お前こっちが嫌になるくらい妹が欲しいってずっと連呼してたし」


「まあね」


「……なんかお前、心做こころなしか明るくなったよな」


「そうか?」


「あぁ。前は『妹が欲しい欲しい欲しい…………あっ今日帰ったら死のう』って顔してたし」


「いやどんな顔だよ!」


 退屈な授業が終わり昼休みになった。

 午前中は妹のことで頭がいっぱいになり、授業どころじゃなく全く内容が頭に入ってこなかった。

 そして、俺と濃野のうのは旧校舎二階の空き教室で昼飯を取っていた。

 この空き教室は完全に俺のテリトリーで部室でもなく、ここの鍵も俺が持っている。

 鍵は奇跡的にこの教室に置かれていたものだ。別に誰に迷惑をかけてる訳でもないから、別にいいだろうという謎の理論で拝借させて貰ってる。

 いつもは一人で食べてるのだが週に2回はこうやって濃野が俺の昼飯に付き合ってくれる。別にほっといてくれてもいいのに。

 因みに俺の昼飯は購買で買った焼きそばパンと果汁グミで濃野の昼飯はコンビニで売ってるうどん。誰もいない教室で二人して机の上に座り、飯を食いながら駄弁だべっていた。


「俺の妹の七罪なつみ、可愛いだろ?」


「まぁ、うん、正直凄い可愛いと思う」


「おい手ェ出したらぶっ飛ばすからな」


「言わせといてそれかよ。てか誰が人の妹に出すか馬鹿。お前こそ自分の妹に手出すなよ………って言っても無駄か」


「ああ、既に俺は妹を愛してるし、妹も俺を愛してるからな。つまり両想い」


 俺は胸の前で両手を使ってハートマークを作った。


「………それマジ?」


「大マジよ。義理の妹と結婚しちゃいけないなんて法律ないからな。俺はこのまま人生勝ち組になるぜ」


「………お前、いくら払ったんだ?」


「いや一円も払ってねぇよ! プラトニックラブだプラトニックラブ」


「俺の方が頭おかしくなったのかな。つまり要約すると、妹がずっと欲しかったお前に高校一年生のめちゃくちゃ可愛い義理の妹が出来て、その妹とお前が愛し合ってるってことで合ってるか?」


「ああ、合ってる。完璧に合ってる」


「ますます訳分からん。お前に都合良すぎだろ。お前の妹がお前を好きになった経緯を教えろ、納得出来ん」


「はぁ〜? 誰がお前に七罪と俺の馴れ初めを教えてやるもんか。お前は勝手に六華ちゃんと愛を育んでろ、けっ」


「気持ち悪いこと言うなお前。言っとくけど妹をそういう目で見れる兄はこの世にいないからな」


「はい来た〜妹のいる兄特有の感想〜~。残念でした妹をそういう目で見れる人はここにいますぅ〜」


「実妹と義理じゃ全然違うもんじゃねぇか!」


「はぁ!? 俺は例え血が繋がっててもそういう目で見れるね!」


「はい出た隠れ犯罪者。お巡りさんこいつです」


 濃野が俺の方へ指を指す。


「俺に実妹は居ないので未遂ですよおまわりさん」


あや


 俺が両手を上にあげる未遂のポーズを取った直後に教室の入口から声がした。澄んだ女の子の声だった。

 絢、というのは濃野の下の名前の綾都あやとから名付けられたニックネームみたいなものだろう。つまりその声の主は濃野のことを呼んだのだ。


「あっ茉白ましろ


 濃野は彼女のことを見るとすぐに名を呼んだ。

 空き教室の入口にいる彼女は樗木ちさき茉白。

 肩まで伸びた流麗な髪と神がひとつひとつの顔のパーツを選んで配置したような端正な顔立ちが特徴的な才色兼備の少女だ。

 この学年で彼女のことを知らないものはいないだろう。

 何せ、妹以外の女性に興味のない俺ですら彼女のことを知っているのだから。

 まぁそれは濃野の知り合いだから俺が知っているだけで何ら関わりがなかったら耳に入っても頭に残ることはないだろう。昨日までの俺は妹がいない事実に絶望して半分死んでいたようなものだったからな。

 樗木は定期テストでは毎回のように上位三人に入っているらしい。そして、濃野の友達の谷村曰く、男子人気ナンバーワンなんだとか。まぁどうでもいいけど。


「またここにいたんだ。探したんだから」


「なんか用か?」


「ちょっと相談したいことがあって」


「ああ、なるほど。分かったすぐ行く」


 濃野は立ち上がり、食べ終わった昼飯のごみを持って樗木の方へ向かって行った。


「ごめん七宮ななみや君。綾借りるね」


「あ、あぁ、大丈夫大丈夫。適当に持ってってくれ」


「悪いベル、またな。五限サボんなよ〜」


「わーってるって」


 濃野が手を振りながら扉を閉め、教室に静寂が生まれる。


 樗木の言う相談ってなんだろ。妹以外に興味のない俺でも気にならなくはない。

 学年トップの頭の良さを誇る樗木が勉強の相談をするわけないしな。

 考えるにあの二人は同じ図書委員会に所属していてそこから仲良くなったはずだから、差し詰め図書委員の仕事で何かトラブルがあったとかそんな感じだろう。

 二年生になってからやたらと二人で一緒にいるのを見る。

 ま、俺には関係ないけどな。

 俺は机の上から降りて、教卓の上に座り直し、周りを見渡す。そうすると、この広い教室に俺一人がいるというその事実を再確認できる。教室の支配者、俺。

 スマホを取り出してラインを開く。そこには俺が昼休みが始まって直ぐに送った妹を昼飯に誘う一文が書かれていた。

 おかしいな、返事がない。迷ってんのかな。いや元女神のあいつに限って学校で迷うなんてあり得ない。

 妹の安否を心配し思考していた、そんな時だった。


「ぼっち乙、です」


「うわぁっっ!!」


 教卓の下から突然、七罪が飛び出してきたのだ。俺は驚いて教卓の上から転げ落ち、尻を強打する。


「あははっ! どんだけ驚いてるんですか。ぷぷっ」


「いててて………。く、くっそお前いつからそこにいたんだよ」


「このお昼休み始まってからずっとですけど」


「ずっとって……。なんでそこに隠れてたんだ?」


「お兄さんがここに来るの知ってたので待ち伏せしてましたんですけど、そしたら濃野先輩もセットだったのでお二人の友情を邪魔しちゃいけないなって思って咄嗟に隠れちゃいました」


「全力で邪魔しろ俺とあいつの友情なんか! 俺は妹、つまりお前以外なんにもいらない」


「………知ってはいましたけど、お兄さん超がつくほどのシスコンですよね」


「ああ、そうだが? 今までは妹のいない危ないシスコンだったが、今は妹のいるシスコンにクラスアップしたからな。俺はもう無敵だぞはっはっはっ」


「妹のいるシスコンも充分危険だと思うのですが……。というかさっきのお兄さんと私が愛し合ってるって何ですか?」


「いや事実を伝えただけだけど」


「確かに私がお兄さんに『大好き』と言ったのは認めましょう。ですがそれをほかのひとに他の人に言うのは別ですから!」


「全く恥ずかしがり屋だな〜七罪は」


「その言葉、妹に言いたいリストに入ってたやつですね」


「ぐっ、バレたか。てかお前俺の事知りすぎ。どんだけ俺のことが好きなんだよ」


「ばっ、そ、そういうんじゃないですよ。勿論お兄さんのことはちょっとは好きですけど私は私のやるべき事をしているってだけですよ」


「いつから俺のこと見てたんだ?」


「まぁ初めて見たのはずうっと前ですけど、しっかり観察し始めたのはここ1年くらいですね」


「うわマジか。妹に監視されるとか兄冥利に尽きるな」


「監視じゃ……いやまぁ監視みたいなものですね。プライバシー無視してて申し訳ないです」


「いやいや全然大丈夫。なんならずっと俺のことを見てくれ」


「言われなくても見てますよ。それが私の責務ですので」


「俺を幸せにするってやつか」


「そうです」


「俺より不幸なやつとかこの世にいっぱいいると思うんだけど。今も全世界で自殺者は絶えないだろ?他の女神は何してんだ?」


「痛いとこついてきますね。えっとそもそも女神が人間と交流を持つことはこっちでは基本的に禁止とされてるんですよ」


「それならなんで俺に手を差し伸べたんだ? 女神と人間の禁断の恋的な?」


「ち、違いますよ。何言ってんですか。女神間の規約で詳しいことは言えないですが、お兄さんに死なれたら困ることあるんです」


「はーん。つまり俺を愛してるってことだな」


「どうやってもそっちに持っていこうとするんですね……。もうそういうことでいいですよ」


 七罪は肩を落として目線を下げた。


「そろそろお昼休み終わる時間じゃないですか?」


「そうだな。教室まで送ってくよ」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 俺と七罪は空き教室を一緒に出る。俺は誰もいない教室を一瞬だけ振り返って扉を閉めた。

 いつもここを出る時は一人だった。

 まさか妹とこの教室で話すことが出来るなんて考えてもいなかった。


「なにニヤけてるんですか」


 七罪が俺を見上げて聞いてきた。


「いや、七罪可愛いなって思って」


「はぁ。もう、バカップルじゃないんですから」


 隣を歩く七罪は本当に理想的なくらいくらい可愛くて、夢だとも思ってしまう。

 いや、よそう。不吉なことを考えるのは。

 妹の頭を撫でて再確認する。

 これは現実なんだ。


 妹と歩く廊下はいつもと違って見えた。

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