第6話 俺は友達が少ない

「そういえば女神の時は名前とかなかったのか?」


「一応ありましたけど、呼ばれる相手がいなかったのでほぼ機能してませんでしたね」


 俺と七罪なつみは二人肩を並べて学校への道を歩いていた。学校には歩いて20分程でつける。


「そうだったのか。あー……そのさ、七罪って名前勝手につけちゃったけど良かったのかなって」


「なるほど、そういうことですか。気にすることないですよ。七罪ってお名前すっごく気に入ってるので」


 七罪はこちらを見て微笑んだ。全く可愛いが過ぎるぞおい。


「それならいいけど」


 思わず俺の口角も上がってしまった。


「七罪は同じ高校でいいんだよな?」


「はい。女神の力でなんとか転入出来たのでご安心を」


「いや全く安心できないんだけど……まぁいいか。えっと七罪は高一でいいんだよな?」


「そうですね。同い年の双子の兄妹って設定にも出来ますがどうします?」


「ぐっ………それは究極の選択だな……」


 双子の兄妹とかいう存在そのものを俺は憎んでいる。というか、めちゃくちゃ羨ましかった。

 同じ学年に妹が居るなんてフィクションにしかないと信じたい。しかし、実際に存在するのが事実。

 だがしかし、妹は年下であってこそその輝きを増すことが出来る。妹は年下であって然るべきなんだ。

 俺は心の中で葛藤した結果────


「…………年下の妹の方が俺はいいかな」


「分かりました。じゃあ、それで行きましょう」


「おう。それにしても妹の所有物ならなんでも作ることが出来るなんて凄い便利だよな」


 妹の鞄やその他備品は纏めてもう作成済みだ。


「ふふふ。私に感謝してくださいね」


「ああ、ほんとに感謝してるよ。七罪、お前は俺の命の恩人だ」


 俺は七罪の目をはっきりと見てそう言った。


「……そ、そんなこと言っても何も出ませんよ?」


「可愛さが滲み出てるんだよなぁ」


「時折お兄さんの目線に恐怖を感じます……」


「気のせいだって」


「そうですね気のせいということにしておきましょう。えっと、あと口調とかどれがいいとかありますか?お兄さんの要望になるべく答えますけど」


「ああ、別に七罪の自由でいいよ。妹がいれば俺はなんでもいいんだ」


「じゃあ………んっんー。敬語だと違和感あるからなるべくこっちで喋ろうかな」


「そっちの方が妹らしさはあるかもな」


「私もそう思ったから最初はこの喋り方だったんだけどね〜」


 女神だと分かってると違和感しかないけどしょうがないか。敬語で兄と話す妹なんて見たことないし。


「敬語で話すお前も好きだったけどそっちの七罪も好きだしなぁ。まぁそこらへんは七罪の自由でいいよ。兄は妹を束縛しないものだ」


「あーじゃあ、敬語のままでいいですか? あの喋り方疲れるしお兄さんに見破られたのかなりショックだったので」


「結構根に持ってんなお前……。まぁ義理の妹とかなら敬語でも不自然じゃないしいいんじゃないか?」


「確かにそれもそうですね」


 実際のところ俺にはこだわりがある。妹の兄に対する呼び名、呼称についてだ。誰もが知っている通りその数は数多とある。


 お兄ちゃん、お兄さん、兄さん、おにい、にぃに、兄ちゃん、名前呼び、おい引きこもり、にい、アニキ、あにぃ、兄様、あに、お兄様、お前、おい、おにいちゃま、にいたま、兄者などなど……。


 この中でも俺が特に好きなものはシンプルで妹と兄のある程度の仲の良さ様子が伺える『お兄ちゃん』、少し距離感を感じるところに尊さを覚える『お兄さん』、小さい頃呼んでいたのがずっと変えられない『にぃに』、誰もが一度は呼ばれてみたい『お兄様』。

 この四つの柱によって兄の呼称は成り立っていると言っても過言ではない。


 しかし俺としては妹にこう呼べと強要するなんて非道な行為だと感じている。


 もちろん、相手にどう呼ばれたいと言われた場合もそうだ。

 ここで俺がこう呼べと言った通りの呼び名で言ってしまったらそれまでの経緯は全て無駄になってしまう。

 つまり、『お兄ちゃん』呼びには『お兄ちゃん』呼びになるまでの道程があるのだ。仲の悪い兄妹で妹が兄のことを『お兄ちゃん』と呼ぶなんて有り得ないだろう。

 いや妹がいたことがないからなんとも言えないけどさ。そうに違いない。


 という思惑があって俺は妹にこう呼んでほしいとは一切言わない。というか妹が存在するという事実だけで俺は満たされているので結構なんでもよかったりする。

 クソと呼ばれようがゴミと呼ばれようが妹相手なら喜んで受け入れよう。


「よっ、ベル」


 俺が頭の中で『妹の兄に対する呼称大会議』を開いていたら肩を誰かに叩かれたので振り返るとそこには濃野のうのがいた。俺の唯一と言っていい友達だ。


「おう」


「えっとその子誰? もしかして彼女さんとか? お前顔はいいからなぁ」


 濃野は純粋無垢な瞳で聞いてきた。

 この男、濃野綾都あやとは虫も殺さないで逃がすような善人で、この間なんかクラスに出現した『G人畜無害な黒き悪魔』を果敢にも捕まえて窓の外に逃がしていた。クラスのみんなも濃野が善人だと知っているため誰も驚いてはいなかった。


 そしてこいつには六華りっかちゃんというめちゃくちゃ可愛い妹がいる。

 六華ちゃんは弓道部に入っているため、いつもではないが帰りに三人で帰ったりすることも時々あるのだが、俺はそんな環境を生きる濃野に殺意を覚えていた。


 でも濃野は友達のいない俺に初めて話し掛けてきたやつで本当に良い奴なんだ。

 もしこの世界が一つの物語として存在するならば、彼が主人公だろう。そう思ってしまうほど俺にとっては彼は眩しいんだ。妹もいるしな。


 しかし、この俺にも妹が出来てしまったのだ。くっくっく、これで俺も主人公の仲間入りだ。

 「顔いい」というナチュラルな罵倒は無視して、彼の俺の彼女か、という見当違いの質問に正直に答えた。


「いやいや違ぇよ。妹だよ」


 俺がそう言うと濃野はポケットからスマホを取り出して、少し操作してからそれを耳に当てた。


「もしもし、警察ですか? ここに誘拐犯がいます」


「ちょちょちょちょーーい!! 待てや!!」


 俺は濃野のスマホを奪い取った。その画面は真っ暗で通話した痕跡も残っていなかった。そうと分かると俺はすぐに濃野にスマホを返した。


「冗談だって。そこに交番あるからさ。一緒に自首しようぜ、な?」


「冗談じゃないじゃねぇか! お前、今完全に勘違いしてるよな!? ちゃんと話聞けよ!」


「だって毎日、いや毎秒のように妹が欲しいって言ってたお前に妹が出来たなんてそんな上手い話あるわけないだろ」


「いや、その……そう、うちの父さんが再婚したんだ。それでまぁ、義理の妹が出来たってわけよ」


 俺は身内なら絶対にバレるような言い訳を咄嗟に思いついて言葉にした。因みに両親は離婚もしてないし、もちろん再婚もしてない。

 濃野は変わらずに猜疑的な目線をこちらに送っている。濃野は七罪に目線を動かして、


「……それほんと?」


「ふふっ、本当ですよ。初めまして、ベルお兄さんの妹の七宮七罪です。よろしくお願いします。えっとあと高校一年生です」


「ご丁寧にありがとう。俺は濃野綾都。お兄さんと同じ高校二年生だよ、よろしく。えっと、こいつに洗脳とかされてないよね?」


「いやいやいや、そんなのされてないですよ。正真正銘私はこの人の妹です」


「驚いたな……本当なのか………」


「やっと信じてくれたか。くっくっく、俺にも遂に妹が出来たんだぜ?」


「……良かったな、ベル。本当に、本当に良かった」


「っておいおい泣くことないだろ……」


 濃野は感極まって泣きそうになって袖で目を擦ってる。どんだけ俺は妹を欲してたと思われてんだよ。

 濃野は七罪に向き直って質問をする。


「……えっと、その制服ってことは瑆桜せいおう?」


「そうです。転入って形でそちらの高校に入らせて頂きます」


 瑆桜学園高等学校。それが俺らの通う学校の名前だ。

 私立の中高一貫校で中学校が高校の隣に建っている。


「おお、同じ高校か〜。……あっ、高校一年なら俺の妹と同じだ。六華って名前なんだけど。大人しいやつだから仲良くして貰えると嬉しい」


「妹さんがいらっしゃるんですね。私もこっちに友達いないんで宜しければその子とすっごく仲良くなりたいです」


「そうして貰えるとこっちも助かる。部活があるからって今日は一緒じゃないんだけど。六華のやつ、こいつと同じで親しいやつとしか話せないタイプだからさ」


「おいさりげなくディスんな!」


「すまん。悪気はなかったんだ許してくれ」


「余計タチ悪いわそれ」


「ふふっ。仲良いんですね、お兄さん達」


 七罪は口に手を当てて笑う。


「まぁ、こいつは、腐れ縁というかなんていうか」


「腐れ縁じゃなくて、ゲロ縁だな」


「ゲロ縁というか……腐れゲロ?」


「何そのおぞましいワードの羅列」


「てかお前その話、七罪にするなよ……」


「しないしない。お前が嫌がることを俺がしたことないから」


「悪意のある嫌がらせは確かにしたことないと思うけどさ」


「だろ?」


「悪意のない嫌がらせをするのがお前なんだよ……」


「お兄さん。ゲロ縁って何かあったのですか?」


「なんでもないって……。ていうか七罪知ってるんじゃないのか?」


「聞いてないことは知らないに決まってるじゃないですか」


 嘘つけ、と心の中では思っていたが口には出さなかった。

 七罪が元来女神であるということは誰にも言わない七罪との約束なのだ。そもそも女神だと言ったところで信じてもらえるかは分からないが。


 因みに俺と濃野が腐れ縁じみた関係になっているのは一年初期の頃の勉強合宿での出来事に起因するが、まぁ気持ち悪い話なので今は割愛するとしよう。


 七罪と濃野、それぞれと会話しているとあっという間に目的地の学校に辿り着いた。

 昇降口に足を踏み入れると七罪が俺の耳に口を近づけて、小声で「上履きもらっていいですか?」と言った。一瞬混乱したがすぐに状況を察知して、《創妹ソロル》で七罪に上履きを作り出した。


「職員室まで送ってくよ。場所分かんないだろ?」


「本当ですか? ありがとうお兄さん」


「優しいお兄ちゃんだな〜」


「うるせぇよ」


 俺達は三人で職員室まで歩いた。


「ここでお別れか……」


「永遠の別れじゃないぜ、ベル。また会えるさ」


「そうだな、ありがとう濃野」


「何やってるんですか二人とも……。それじゃ兄をこれからもよろしくお願いしますね、濃野先輩」


「ああ、任された。うちの妹のことも頼むよ」


「はいっ」


 七罪は相変わらず可愛く返事をし、職員室へと入っていった。俺達は手を振ってから自分たちの教室へと向かっていった。


「濃野先輩、か。こいつには先輩なんて付けなくていいって七罪に言わなきゃな」


「ははーん。じゃあ、六華にもベルに先輩付けなくていいって言っとくか」


「そ、それはやめてくれマジで!」


「冗談だよ」


「いや笑えねぇよ」


 そして、俺らは教室の扉を開けて中に入っていく。


「あっ、綾都おっはー」


「よっ、谷村」


「おはよ」


「高橋もおはよう」


「そいえば綾都さぁ、今週のハンタ読んだぁ?」


「ああ読んだ読んだ。やばいよな、絶対終わらないわあの漫画」


 俺は彼らが会話する横を通り過ぎ、すたすたと自分の席に向かっていった。

 そして静かに腰を下ろす。窓際の一番後ろの席。主人公じゃない俺が唯一主人公でいられる場所がここ。

 濃野の席は教室の中心で今も友達三人と会話している。

 濃野は決してクラスの中心に立つような目立つ人間ではないが、このクラスを影から支える人物の一人だ。

 みんな彼に信頼を置いている。あいつは頼み事は絶対に断らない。しかしやることの真摯さから舐められもしない。

 認めたくはないけどあいつは凄いやつなんだ。濃野は別に友達がたくさんいるって言う訳でもないけど、いない訳でもない。

 誰からも自然に話しかけられ、誰に対しても自然に話しかける。あいつは存在が潤滑油みたいなやつだ。


 そして、友達の友達は友達じゃない。

 俺は濃野以外のやつとは全く親しくないのだ。話しかけられなければ絶対に会話はしない。ほら、気を使った会話ってなんか面倒くさいじゃん?つまんないしさ。


 ベルフェゴールとかいうふざけた名前のせいで自信もすっかりなくなってしまった。みんな、心のどこかで俺の名前を馬鹿にしてるんじゃないか、みたいな。

 単に俺の愛想が悪いだけなのかもな。挨拶しても返さなかったとか、よくあるし。


 要するに俺は臆病な捻くれ者なんだ。ただ、それだけ。


 俺が妹相手に自然に話が出来るのは相手が妹だからってのもあるが、女神だからってのもある。

 どうやらあいつは俺の生活を四六時中覗いていたらしいし。要するに身内も同然だ。


 俺はポケットからスマホを取り出して、ラインを開く。そこには妹の連絡先があった。俺の能力で作り出したスマホと朝連絡先を交換したのだ。


 適当に、本当に意味もなくアニメキャラのスタンプを送るとすぐに返信が返ってきた。


『いつも通りぼっちやってるんですか?(๑ó⌓ò๑)』


 顔文字が無性にイラつくな。俺はすぐに返事を返した。


『そうだよ、悪かったな。ぼっちで』


『そっち行きましょうか?(╭☞•́⍛•̀)╭☞』


『いやもう学校始まるしいいよ』


『分かりました。ではまた』


『おう』


 俺が返事を返したところで教室に先生が入って来た。担任の馬場センだ。細身の無精髭と死んだような目が特徴的で、その印象とは裏腹に結構テンションが高い。


「おはようみんなぁー。ちゃんと来てるかー? ホームルーム始めるぞー」


 あー今日も朝の陽射しが暖かいなぁ。

 頬杖をついて馬場センの話を聞く濃野の背中を横目に俺は微睡みの中へと溶け込んでいった。

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