第3話 俺にこんなに可愛い妹がいるわけがない
なん………だと………。
一緒にベッドで眠る……?
妹ものの漫画、ラノベ、ギャルゲ、エロゲ、小説、映画
だが、一緒にベッドで眠るイベントはいくらなんでも早過ぎないか?
そもそも、妹ってのは小さい時から一緒にいるその思い出の積み重ねがあるからこそ愛せるのであって、突然現れたこの子との思い出は当然ながら全くない。
それにこの子はどういった存在なのだろう。
俺の能力で作り出したなら、人造人間、と言って然るべきなのではないか?
そして、この子は俺の事をどう思っているんだ?
一緒に寝ようなんて提案、普通じゃなくない?
いやもうこの状況が普通じゃないのは分かってるけど。
冗談抜きで普通の兄妹は一緒に寝ることがあるのだろうか。
一緒に寝るなんてフィクションではありがちな展開ではある。
しかしリアルの兄妹はこの歳になって、一緒に寝るなんてありえないよな? ありえないと言ってくれ頼む。俺が全世界の妹のいる兄を殺しに旅立ちそうだ。
俺は5秒ほどその場で立ち尽くし、熟考に浸っていた。
否、ただ可愛い女の子、もとい妹に一緒に寝るよう促されてテンパっていただけである。
「どうしたの……? 私と一緒に寝るの、嫌なの……?」
「いやいやいや、嫌なわけないじゃないか。………えっと、じゃあ」
そう言って俺は妹が持ち上げた毛布に入り込み、妹の隣で横になった。
背中から潜り込んだため、妹の方向は向いていない。
…………え? なにこの状況、数分前まで死のうとしてたのが本当に馬鹿みたいじゃないか。
天国か、ここは。
その正体がなんであれ、妹のいない俺に妹が出来たんだ。その事実だけで俺は心が満たされる。
「ふふっ。あったかいね」
「そ、そうだな」
首元に生暖かい吐息を感じる。俺は恥ずかしさから妹の顔を見ることが出来なかった。
無理だろ。無理。俺が固まっていると妹の手が俺の背中に触れたのが分かった。
「…………このままでいいから聞いて、お兄ちゃん」
「……ん? ……分かった」
「お兄ちゃんの能力の《
「俺の望むまま……?」
「そう、見た目は、まぁ顔は変えられないんだけど、身長や体格、衣服とかは思いのままに出来るんだよ」
それは俺の望む姿の妹にいつでも変えられる、ということか。年の差妹、双子の妹、二つ下の妹とか好きな妹を選んでね、みたいな感じか……?
なんて、なんて最高なんだ。
これは倫理的にどうなんだろうか、という心のブレーキを俺のイドがぶち壊す。
妹がいればそれでいいじゃないか。妹さえいればいい。
でも、心のどこかには引っかかるものがあって、それを俺はそのまま口に出した。
「……出来るなんて言われても、そうお前をそう簡単に変えるなんて、俺には出来ない」
「……………お兄ちゃんがお兄ちゃんで良かったな…………お兄ちゃん、大好き」
「ぐぁッ………ッッッ!」
俺はベッドから飛び出して床に転がりながら胸を抑える。
「はぁ……ッ………はぁっ…………うぐぁッ………ッ!」
「お兄ちゃん!?」
死ぬ。死んでしまう。
息が、息が苦しい。心臓の鼓動が
な、んだこれ…………。なんだ、この感情は。
生きていて、言われることなんて生涯ないと思っていたその言葉。
それを聞けるなんて俺は、俺はなんて幸運なんだ。
妹が俺の肩に手を置いて、俺の身体を心配する。可愛いにも程がある。
もうやめてくれ、俺のライフはもうゼロなんだ。
「だ、大丈夫……?」
「大丈夫だ……心配するな妹よ……」
「大丈夫なら、いいけど……」
俺は目に浮かぶ涙を片袖で拭き、ベッドに座る。
いきなり一緒に寝るのは俺には少しレベルが高かったようだ。
俺は心を鬼にして妹に釘を刺す。
「妹よ、一つ言っておく。兄が妹のことを好くのは定番だが、基本妹は兄をそこまで好いてくれない。お前に俺を愛することは別に強要しない。自然のままの妹でいてくれ」
俺は妹でもないし、妹がいたこともないからあくまで想像の範囲内だけどな。
でも、この子が俺を好きなのは感覚的にも感じる。決して驕っている訳では無い。
要するにこれは刷り込みだ。英語で言うならばインプリンティング。
生まれて初めて見たものを親だと認識するその現象と同じように作られて初めて見た俺の事を兄だと感じ、それを好きになるというのは極めて当然のことだと思う。
だってこの子は俺しか知っている人がいないのだから。
「わ、分かった、お兄ちゃん。でも、好きなのは嘘なんかじゃなくて、ほんとだよ………?」
「ぐぁっ……ッ…」
俺は血反吐を床に散乱させる、そんなイメージで這い蹲った。
くそ、なんて可愛いんだ。妹最高かよ。
妹以外の女性になんと言われようと嬉しいという感情はあまりなく、ただただ虚しいだけだったが、これは、ほんとに素晴らしいとしか言い様がない。
妹が屈んで俺の背に触れた刹那、俺の第六感が危険を察知した。
本当は第六感などではなくただの聴覚だけど。
俺の部屋の前の廊下を通る足音が聞こえたのだ。そして次の瞬間、扉がノックされる。
「ベル兄、入っていい?」
扉の向こうから声がした。この声はティアか。まずい、隠さなきゃ、という本能で俺は妹の手を取ってクローゼットの中に押し込む。
「きゃっ……」
「ごめん…! ちょっと隠れてて……」
俺は小声で妹に話しかけた。妹は無言で頷く。クローゼットの扉を音を立てないように閉める。俺はスマホを片手にベッドにゆっくりと腰掛けた。
「入っていいぞ〜」
ガチャ、という音と共に弟が入ってきた。三つ下の中学生だ。
その名はアヴァリティア。通称、ティアだ。
七宮兄弟の中では一番の常識人で俺のよき理解者でもある。将来、改名しようと俺と固く誓った仲だ。その両手には二冊の漫画が掴まれていた。
「なんか、女の人の声が聞こえたんだけど」
「え? ……ああ、ちょっとギャルゲーやっててさ。気にしないでくれ」
「あ、なるほどね。あんま知りたくはないから深く詮索はしないけどね………。漫画返しに来たんだけど……ってなにこの縄の輪っか」
「ああ、ただのインテリアだよ。かっこいいだろ?」
「いや輪っかの下に台があるし、リアルさ追求し過ぎでしょ。ったく死なれたら迷惑だからやめてよね」
「わーってるって。漫画、適当に置いてってくれ」
「おっけー。次の巻も借りてっていい?」
「ダメって言っても持ってくだろ、お前」
「もちろん。んじゃあ、あざっす」
そう言ってティアは部屋から出ていった。幸い、妹のことはバレなかったようだ。
俺は冷や汗を拭ってからクローゼットの扉を開けた。そしてベッドに肩を並べて座り込み、小声で会話する。
「急に押し込めてごめんな」
「いや、大丈夫だよ。それにしても、さっきのお兄ちゃんの弟さんのアヴァリティア君、だよね?」
「……え? 弟のこと、知ってるのか?」
「うん。私、お兄ちゃんのことならなんでも知ってるよ。だってお兄ちゃんの妹なんだから」
「そう言われると、確かにそうだな」
妹が兄の事情を知らないなんて逆に不自然だ。
「ということは俺の名前とかそれ以外も諸々、知っているってことか?」
「うん、そりゃもちろん、ベルフェゴールお兄ちゃん」
「くぅー………」
弟以外からその呼称で呼ばれるなんて思わなかった。俺は今、幸せだ。
「えっと、みんなにご挨拶とかした方が良かったのかな」
兄弟の中では妹に関する発言は暗黙の了解となっていて決して、その話題は決して口に出さない。
だが、ティアも妹が欲しいに決まっている。そんな奴に妹がいる、なんて言ったらどうなるか検討もつかない。まず家族中に情報が行き渡り、みんなで妹のことを愛でることとなるだろう。
つまり、何が言いたいかって言うと妹は俺が独占したい、という事だ。
「俺が七人兄弟ということは知ってるよな?」
「そりゃもちろん。お兄ちゃんの妹ですから」
妹は自慢げに胸を張る。可愛い。
「さすが俺の妹。結論から言うと、俺の他の兄弟にお前のことがバレたらお前の貞操がやばいことになる」
「て、ていそう?」
「まぁ、とにかく他の兄弟には妹のことは隠す方向性で行きたい」
「分かった。お兄ちゃんの言う通りにする」
「よーし、いい子だ」
俺は妹の頭を撫でた。なんて、手触りだ。可愛い。
「えへへ」
そして可愛い。
ただ可愛い天使か? 天使なのか? いやもはや女神かもしれない。
そこで俺は初めに聞こうとしていたことを思い出す。
「凄い今更だけどお前の名前ってなんて言うんだ?」
「えっとね、お兄ちゃん。私の名前はね、お兄ちゃんが決めていいんだよ?」
「えっ?……俺が?」
「私はお兄ちゃんによってつくられた。そんな私に名前を付けるのはお兄ちゃんしかいないでしょ?」
「た、確かに」
「だから、お兄ちゃん。私の名前、好きに決めていいよ?」
「分かった……」
アバターを作るタイプのゲームで俺は丸一日を潰せるくらいキャラメイクに凝ってしまう。
キャラの名前を決めるのに半日かけるなんて日常茶飯事だ。
もちろん、妹を模してアバターを作り、妹を使ってプレイするのが俺の定石。
名前に拘る理由は変な、といっちゃ胸が痛くなるのであまり言いたくないが普通じゃない名前をつけられた俺からしたら、名付けるという行為に人よりも重大性を感じているからだ。
名付けるという行為はそう簡単に行ってはいけない。
至極神聖な行為なのだ。
人に名前を付ける場合の鉄則、それは“無難”であるか、ということ。
決して『ベルフェゴール』や『アヴァリティア』、『サタン』なんて名前を付けちゃいけない。名前はその人物の人生を大きく左右する。
そして、さっき名前はいかに無難であるか、なんて言ったがそればっかりに安直な名前を付けるのも素人のやることだ。無難過ぎてもいけない。
極端に奇を衒う必要は無いが少しの独創性も必要だ。
名前は記号だ。同じ環境の中で万が一記号が被ってしまうなんてことあってはいけない。
熟考に熟考を重ね、俺が導き出した答え、それは────。
「………………
「いやいや普通過ぎるよ〜。お兄ちゃん達みたいにかっこいいのがいいなぁ」
「そ、そうか?」
一応、ベルフェゴールのベルと鈴が掛かっていたのだが、さすがに無難過ぎたか。
「でも、妹にも俺らと同じ枷を嵌める訳には………」
「いやだもん。お兄ちゃんの妹だって分かるようなのがいい」
「お前がそう言うなら、そうだな………」
俺ら兄弟は全員七つの大罪をモチーフに名前を付けられている。
要するにオタク同士が結婚して生まれたのが俺たちってわけだ。うん、それで納得する方がおかしいよな。子供に七つの大罪関係の名前つけるとか頭がおかしいとしか思えない。
俺はベルフェゴール、つまり怠惰を担当している。改めてどういうことなのと思わざるを得ない。
そして俺は前々から少し考えてた痛めの名前を冗談げに口に出す。
「百歩譲って、七の罪って書いて
「七罪………。うん、すっごいいい……。めちゃくちゃセンスいいね! 流石お兄ちゃん!」
「名前に罪とか入れるなんて頭おかしいけど、お前がいいなら別にいいか」
子供にキラキラネームをつける親の気持ちがよく分かった。
可愛いしな、仕方ないな。
「うん、凄い嬉しい。お兄ちゃん、改めてよろしくね」
「宜しく、七罪」
「えへへ」
七罪はにへらと微笑んだ後、その手を口に当てた。
可愛い。悶死してしまう。
しかしそう思った直後、その僅か一瞬の七罪の動作に俺は何処か既視感、そして違和感を感じてしまった。
そして俺は気づいてしまったんだ。
妹の本当の正体に。
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